13話 3層5区
3層5区。眼下に広がる美しい光景を前に、鈴鹿は感嘆の声を漏らしていた。
「何度見てもめちゃくちゃ綺麗だよね。3層お気に入りだわ」
【あの山の向こうがこんな綺麗だったなんてなぁ】
【この光景は自分の目でも見てみたい】
【見せてくれてありがとう狂鬼さん】
【天国みたい】
【スイスとか北欧の景色にも見える】
【日本だと千畳敷カールとか立山のみくりが池とか?】
コメントからもスマカメで映される美しい光景に絶賛の嵐である。
3層は密林と連峰に囲まれた自然あふれるエリアである。3層1区では生命の息吹が感じられる密林エリア、2区では1区よりも多湿であり霧やスコールが頻繁に発生するエリア、密林を抜けた先の3区は峻厳な山、そんな山の8合目から4区となり連峰の尾根が広がる3層を見渡せる絶景のエリアであった。
そんな4区を越えた先、3区の反対に位置するだろう5区は、まるで天上の世界の様に美しい景色が広がるエリアであった。
標高の高さから澄んだ空気が広がっている。空気だけでも地上とは違うと感じさせられるほどだ。鮮やかな緑の絨毯に咲き誇る白や黄色の花々、剥きだされた岩肌は白くまるで雪化粧をされているようにも見える。ぽつぽつと大小さまざまな池がそんな美しい景観を反射しており、近くで見れば透き通るようにクリアな水質だということが見てわかる。
視線を上げれば見えるのはどこまでも高い峻厳な山々。峻厳というよりももはや壁の様に広がるそれらは、恐らく進入禁止区域、5区の終端だろう。天を突きさす様に鋭角に伸びる山々は、まるでマッターホルンやガイスラー山群を彷彿とさせる。そんな山々が不規則に壁の様に連なっている光景は、ここが別の世界だと思わされるのに十分な景色であった。
鈴鹿は神在會襲撃後、8千万と収納袋を雲太のメンバーに渡しに行った。鈴鹿が狂鬼だと理解したであろうメンバーたちだが、真っ先に鈴鹿の身を案じてくれたのは純粋に嬉しかった。お金と収納袋の受け取りも腰が引けてたが、こういうのはきっちり被害額を補填した方がいいんだと無理やり説明付けて渡してきた。もし神在會がまた来たら大人しく返して鈴鹿に連絡するようにとも伝えてある。ただ、探索スケジュールを登録する際に3層1~3区も選択できるようになっていたため、鈴鹿の要求は通っているのであちらも鈴鹿と揉める気は無いのではとも思っている。
今回は神在會の偉そうな人たちがレベル100ちょっとだったからよかったが、これが一級ギルドや特級ギルドだとあそこまで無理が押し通せたかはわからない。
……いや、押し通したかもしれない。相手の話の筋が通っていると思えればまた違ったが、今回はただの理不尽な暴力であった。これが仮に特級ギルドであったとしても、けじめはつけさせただろう。特級探索者に囲まれても戦えるかはわからないが、少なくとも一方的にやられるほど弱くは無い。
善意には善意を、悪意には悪意を。それが鈴鹿のモットーだ。理不尽を押し返せる力を鈴鹿は身に付けた。ならば相手が特級ギルドであろうとも、あの場で動かないなんて選択肢は鈴鹿にはなかっただろう。
だが、衝動的に動いた感も否めない。
神在會とは、蜥蜴という裏社会を生きるヤクザギルドの傘下らしい。蜥蜴については不撓不屈の永田も話していた。西の暗部とのことだが、今も粛清されず生き残っているのなら相当厄介な組織なのだろう。
傘下のギルドとは言え、そこの一つを襲撃してしまったのだ。何か報復が来るかもしれない。来たら今度は蜥蜴の本部まで行ってバチクソ暴れまわってやるつもりだが、蜥蜴には特級探索者もいるらしい。用心する必要があるだろう。
「今日は前回に引き続き3層5区を探索しながら、明日あたりにエリアボスと戦う予定です」
そのためには、強くなる必要がある。鈴鹿のレベルは151。レベル150を超えたことで存在進化が強化されたが、今だ状態は(幼)のまま。鬼神種というカッコいい存在進化に変化しているが、早めにレベル200の二回目の存在進化をしておきたい。
レベルを上げるならエリアボスが一番。そのため、明日はエリアボスと戦うことにした。出雲にいる間にあと一回くらいエリアボスと戦って、東京に戻る予定だ。3層5区のエリアボスはレベル192なので、二回も戦えばレベルも170くらいまでは上がるだろう。その調子であれば、1~2か月後にはレベル200を超えられるはずだ。
ちょっとペースが遅いんじゃないかい。連チャンでエリアボス倒した方がいいんじゃありませんか。そう思うかもしれないが、ばばっとレベルを上げるつもりはない。
だってもったいないから。
それが鈴鹿の答えである。
この前の2層5区での出来事を、鈴鹿は反省していた。狂鬼を倒したことでアドレナリンが過剰分泌され、あまりにも強力なスキルを得たことでテンションが天井知らずに上昇し、衝動に身を任せる様に蠍と蛸のエリアボスを瞬殺してしまった。
あれはもったいなかった。鈴鹿は強くなりたいという思いも強いが、モンスターにも強く興味を惹かれている。どんな攻撃をするのか、どんなモンスターなのか。それらを全然確認する間もなく倒してしまった。1層5区の焔熊羆で学んだ反省点を何一つ活かせていない。
だからこそ、エリアボスは丁寧に1体1体と戦う予定だ。
それに、視聴者との会話も鈴鹿は気に入っている。あのエリアボスああだったよねとか、こんなアイテム出たよ~とか、今まで黙々と一人で戦ってきた鈴鹿にとっては新鮮で楽しかった。戦力にならないパーティメンバーが増えた気分だ。
もちろん可及的速やかにレベルを上げる必要が出てきたら別だが、正直今鈴鹿に足りていないのはレベルだけで、レベル差を覆せる程度にスキルが十分整っている。今の鈴鹿のスキルはこれだ。
能力:武神、剣術(5)、体術(10)、身体操作(9)、身体強化(10)、魔力操作(10)、見切り(10)、金剛、怪力、強奪、聖神の信条、水魔法(1⇒3)、雷魔法(9)、毒魔法(9)、鬼神纏い、滅却の魔眼、見えざる手(9)、雷装、思考加速(9)、魔力感知(9)、気配察知(8)、気配遮断(10)、誘いの甘言、魔法耐性(7)、状態異常耐性(8)、精神耐性(7)、自己再生(8)、痛覚鈍化、暗視、マップ
正直ほぼ上げきった感がある。狂鬼という圧倒的な存在と戦えたことでスキルが飛躍した。逆に、あれほどの存在がバンバン出てくるとも思えないので、これ以上スキルを成長させるのは厳しいのではとも思えていた。
むろん、水魔法はある程度までレベルを上げてしまいたいし、レベル9のスキルたちはレベル10になるように精進していく。だが、それ以外のスキルが十分すぎるほど揃っている現状、焦る必要はない。
体術を極めて武神まで発現してて、狂鬼の力を使えて全てを破壊する滅却の力もあるんだよ。そのうえ殺しても死なないとか、相手からしたら絶望だろ。
そんな訳で、無理に探索スケジュールを押し進めることはせず、当初の予定通り進めるつもりだ。
と、さらっと鈴鹿は考えているが、そもそも当初のスケジュールからしておかしい。普通はそのエリアに生息するモンスターと長い期間をかけて何度も何度も戦いレベルを上げ、装備やアイテムを充実させてからエリアボスと戦うのだ。
観光気分で4区5区を練り歩き、『あの羊美味しそう』とか言いながら軽食を購入する気分でモンスターを倒し、十分堪能したから最後記念にエリアボス倒して帰ろうかとレベルも装備も整えずにサクッと倒して帰るスケジュールなど、『僕が考えた最強のカード』くらいお粗末なスケジュールだ。
普通の探索者から見れば呆れてものも言えないくらいハイスピードな攻略の仕方である。これで時間をかけてもエリアボスと向き合って戦おうなんて言えるのは、鈴鹿くらいだろう。
【今日も水魔法の練習?】
「そうね。水魔法のスキル上げしていくつもり」
【エリアボスでもですか?】
「そのつもり~。相手にもよるけど」
【またあれが始まるのか……】
【次は何時間かかるのか……】
「雷鳥戦の事? 次は大丈夫じゃない? 最近魔法に慣れてきたから成長早い気がするし」
各種魔法のスキルにも慣れ魔力操作のスキルレベルも10となった今、魔法に対する理解度が一気に深まっている。これに加え聖神ルノアの知識も徐々に紐解けるようになったため、成長は早い。
「あ、尖烈龍だ。あいつの肉美味かったんだよねぇ」
【相変わらずモンスターを食料としてしか見ていない狂鬼さん】
【龍種なんて二級探索者程度じゃお目にかかれないモンスター。とても貴重映像】
【狂鬼さん頼む!! 至近距離でもう一度観察させてほしい!! 特に性別は存在するのかと、脱皮をするのか確認したいから鱗の様子とかも間近で見たいです!!】
「ん、オッケー。ち〇ち〇あるか見ればいいのね。他にもあれば倒す前に撮影するよ~」
鈴鹿が尖烈龍に近づいてゆく。尖烈龍は強固な鱗に覆われており、前足から脇にかけて皮膜があり飛ぶことができる飛龍だ。四つ足で普段は地面を歩き、たまに走って飛び去って行く。
鈴鹿は乗れたら楽しそうとまたがってみたのだが、さすがに気配遮断も解除されてしまい思うように飛んでくれなかった。暴れまわってもそのうち飛び立つかと思ったのだが、転がって背中を地面に押しつけるような動きばかりしてくるので諦めたのもいい思い出だ。
視聴者の要求に応える様に、鈴鹿は尖烈龍に生殖器が存在するのか撮影をするのであった。




