12話 蜥蜴
広島。探索者にとってその地は危険だとされている一方で、住民には特にそのような認識は無い。広島ダンジョンでは探索者高校も普通に開校されており、卒業生が所属するギルドも数多くある。
一見すればよく見られるダンジョンがある街。しかし、裏では蜥蜴と呼ばれる組織が牛耳るエリアである。だが、それがいちいち住民に影響を与えるかというと、そうではない。川崎のような探索者が好き放題できる無法地帯ではないのだ。むしろ蜥蜴がいることで探索者崩れの秩序が保たれ、下手な地域よりもよほど安全である。
他の探索者ギルドもそうだ。他のダンジョンと同様に探索者が普通に探索し、素材やアイテムを得て過ごしている。他のダンジョンと少し異なるのは、暗黙の了解がいくつかあるくらいだろう。それさえ破らず真っ当に生きていれば、彼らと関わることは滅多にない。
東西の不仲によって度々揉め事が起こり、その際の実行部隊として蜥蜴が起用された背景があることで、広島は危ないと言う噂が独り歩きしているのだ。
そんな広島地区にある彼らの拠点では、一人の幹部が報告を受けていた。
「昨夜我々が管理している倉庫に雷が落ちたとの通報を受け、現場の確認を行いました。結果、使用していたギルド員が襲われたことがわかっております。襲われたギルド員は出雲地区から探索者の締め出しを行っており、その一環で追い詰めたギルドに関りがある者が強襲したようです」
幹部はパソコン作業をしながら、書類を見ている。報告している彼らに一切の興味がないとばかりの態度だが、レベルが高い者は知力も高いため、聞いていないようでいて内容は把握されているだろう。
「倉庫を襲った探索者はその足で神在會本部まで襲撃を行いました。私たちがいましたので相対いたしましたが、レベル150は確実に超えている圧を感じました。国内の特級探索者とは合致する容姿ではなかったため、恐らく一級の上位かと思われます」
定禅寺については彼らも国内の一級や特級の探索者にあたりを付けて調べてみたが、目ぼしい情報にはたどり着けなかった。容姿については恐らく何らかの認識阻害のアイテムかスキルを使用していたのだろう。定禅寺の顔の印象が幹部によってまちまちであったことからも、間違いないはずだ。
一級以上の探索者で目ぼしい探索者が見つからないため、彼らに向けられたプレッシャーまでスキルによるものかとも疑ったが、直接感じたあの圧と掴まれた腕を締め上げられる強さはまやかしではないと断言できる。
「襲撃者の要求は三つ。締め出しを行っていたギルドへの補填として2億、襲撃者への賠償としてアイテム、出雲ダンジョン3層の独占の廃止です。結果、ギルドへの補填として現金8千万とリュックサイズの収納袋、襲撃者への賠償として魔導仙嶽の肉とチーズを引き渡しました」
無条件降伏に等しい結果を伝えても、幹部は何も反応をみせない。
「襲撃者については特定を進めていますが、断定には至っていません。宿泊先のホテルと協会から情報を抜きましたが、どうやら偽の身分証を使用しているようです。定禅寺という名前は襲撃時に聞いたものと一致しましたが、年齢が15歳となっていてあからさまに誤情報だとわかる内容のものでした」
15歳がどうすれば一級以上の力を身につけられるというのだろうか。確かに見た目は子供の様に感じたが、そのまま子供だと認識する馬鹿なことはしない。容姿を偽れるのならば、いくらでもやりようはある。簡単に情報が抜けるような状態であったことからも、その身分が用意された偽の物であることは容易に想像がつく。
「定禅寺? 下の名前は?」
だが、蜥蜴の最高幹部である、灰ヶ峰が反応した。パソコン作業を中断し、真っ赤に染まった濁りきった眼を神在會の代表たちへと向ける。
「定禅寺鈴鹿です。灰ヶ峰さんはご存じですか?」
「ああ。あれが相手で損害はその程度か。手を出さなくて正解だ。あれは災厄みたいなものだからな」
灰ヶ峰に珍しく、いや初めて評価された代表たち。蜥蜴の最高幹部である灰ヶ峰を以てしても災厄と言わしめる人物。それはつまり特級の位まで上りつめた正真正銘の化け物ということであろう。
だが、特級探索者の中で定禅寺に該当しそうな探索者に心当たりがない。特級探索者ということは不可思議なアイテムの一つでも所有しているだろうから、それによるものだろうか。もしくは海外の特級探索者か。中国地方であればそんな存在がいても不思議ではない。
「損害ですが、他にも一つ気がかりなことが。倉庫で襲撃を受けたギルド員ですが、探索者としての力を失うという異常事態が発生いたしました」
「失うとは?」
「本人が力を失ったと騒いでおり、私も確認しましたがレベル90はあったはずが一切の力を感じませんでした。ステータスも表記されないと言っており、ダンジョンに連れて行ったところステータス表示はされましたがレベル1になっているとのことです」
「レベル90だった探索者がレベル1? ステータスやスキルは?」
「初期値の様です。スキルもゼロとのこと。収納も綺麗さっぱり失われていると言っていました」
「そんなことができるのか。化け物だな」
今の荒唐無稽な報告を違和感なく受け止めた灰ヶ峰に、代表たちは動揺する。
最初彼らは鰐淵が代表たちからのケジメから逃れるための言い訳だと踏んでいた。それも当然だろう。探索者としての力を失ったと言われても意味が解らない。ステータスが見れないと言っていたらしいが、他人のステータスを見ることはできないのだからどうとでも言える。
だが、実際に鰐淵と対面した代表たちは困惑する。本当に力を感じないのだ。レベル10とレベル1の微妙な違いを見分けるのは難しいかもしれないが、レベル90とレベル1の違いなら容易に見分けがつく。彼らから見ても、鰐淵達は力を失っていた。それに容姿も変化していた。彼らのレベル1だった時の容姿は知らないが、明らかに以前よりも劣った容姿に変化、いや退化していたのだ。
その後ダンジョンに連れて行かせたが、結果は先ほど話した通り。鰐淵達の動揺も絶望も、そして何より彼らから感じる矮小な力が演技ではないと教えてくれる。
しかし、実際に鰐淵達を見た代表たちですらにわかには信じられない現象だ。しかし、灰ヶ峰はそれをすんなり受け入れた。定禅寺ならそんな理外の技すら使えると灰ヶ峰が踏んでいるということでもある。
あの子供のように感じた定禅寺がそんな存在だったとは、今になって代表たちはよくあの場を生き残れたなと、あの時の采配が正しかったことを再確認した。
「あの定禅寺という探索者は誰なのですか? 国内の特級探索者でしょうか」
「わからないか? 15歳、突出した強さ、そして一人で事務所に来た。一人でだ。名前を知らずとも察せるだろ」
「まさか……狂鬼ですか?」
狂鬼。突如現れ世間に衝撃をもたらしたダンチューバーだ。
どのギルドにも属さず、探索者高校すら通わず、トップギルドすら探索していない4区5区を探索する探索者。謎めいた存在だが、その強さは折り紙付き。エリアボスとの戦闘をノーカットで撮影している稀有な探索者ということもあり、撮影した動画は国内外でかなりの再生数を叩き出していた。
本人の弁を信じれば弱冠15歳というのだから、まじめに探索者をしている者たちからしたら笑えない話だ。自分たちの常識とはかけ離れた存在。世界広しと言えど、あのレベルに到達した15歳などいないのではないだろうか。
動画撮影をしているので存在していることは確かなのだが、一種の都市伝説のような扱いを受けている、そんな存在が狂鬼である。
「そうだ。定禅寺鈴鹿が狂鬼の中身だ」
灰ヶ峰が知っているということは、狂鬼は蜥蜴に目を付けられているということだろうか。はたまた、情報収集の一環で知りえただけか。
全ての情報が共有されるわけではないため、代表たちは知らされていないことの方がずっと多い。だが、それでいいのだ。この世界、必要な情報だけを知っていればいい。好奇心猫をも殺す。知らないことが重要な時もある。
「それにしても、なぜ出雲に狂鬼が……東が寄こしたとも思えないな」
灰ヶ峰が珍しく思案する。膨大な情報をもとに常に的確な指示を飛ばす灰ヶ峰が、狂鬼の扱いには即断即決できかねている。それだけ狂鬼という探索者は異常な探索者なのだろう。実際対面した代表たちもその強さの一端に触れているため、灰ヶ峰が警戒するのも理解できる。
出雲の地は蜥蜴にとっても重要な拠点であった。
まず探索者を傘下のギルドに限定することで資源の独占が行える。特に宝箱の独占が大きい。一定の確率で収納袋が得られ、ポーションや収納できる武器、防具が入手できる宝箱は大きな収入源になる。ここでいう収入は輸出が目的の収入である。
東アジア地域では日本と中国しかダンジョンが出現しておらず、中国は国外のダンジョン利用を厳しく制限しているだけでなく、ダンジョン産アイテムについても輸出規制を敷いている。当然日本含め各国も似たようなもので、収納にしまえる武器や収納袋などは犯罪への利用を懸念され厳しく取り締まられている。
そのため、ダンジョン産の有能なアイテムはダンジョンのない国にとっては高い値が付くということでもある。それに目を付け、出雲ダンジョンで得たアイテムの多くは国外へ違法に輸出が行われていた。
もちろんそれだけではない。出雲ダンジョンでは外国人向けの私設部隊のレベル上げビジネスが行われていた。
本来、日本国籍以外の者がダンジョンへ入れるのは九州にある低層ダンジョンの博多ダンジョンだけである。例外的に存在進化するために、別の中層ダンジョンを探索する許可が下りることもあるが、基本は博多ダンジョンだけである。そして、ほとんどの利用者は軍や警察などの治安維持を目的とした部隊、または特権階級の人間のみであった。
ちなみにだが、育成所の利用に限り全国の低層ダンジョンの利用が許可されている。ダンジョン保有国の国民はダンジョンによって容姿が良くなり丈夫で健康な体を手に入れられるが、ダンジョンのない国はそれらの恩恵にあずかれない圧倒的な格差が生まれてしまう。それを防ぐために、日本は育成所のみ広くダンジョンの利用を許可している。
だが、育成所も認可を受けた限られた育成所のみ利用可能であり、各ダンジョンで利用できる人数もかなり絞られているので、予約は毎年凄まじい倍率の抽選を達成しないといけないハードルの高さはあるのだが。
レベル10までなら脅威にもならず、暴れたりした場合は国外追放は当然、その国のダンジョン利用を規制される場合もあるため、皆礼儀正しく育成所へと通っている。当然だ。そのせいで国民全員に迷惑をかけることになるのだ。国に帰った後に待つ仕打ちを考えれば、馬鹿でも大人しくなる。
だが、出雲ダンジョンは違う。外国人も普通に探索しレベル上げを行っている。当然正規のルートではなく、裏社会に潜むような者たちが探索を行っているのだ。これを斡旋しているのが蜥蜴であり、これによって蜥蜴はアジアの闇と深く友好を結んでいる。
自分たちとの繋がりのあるギャングやマフィアたちが、探索者の力を使って各地域の裏社会を牛耳ってゆく。広島ダンジョンでも秘かに行っていたことではあるが、出雲ダンジョンができたことでより大々的に実施できるようになった。
これによる収益は金だけでなく、アジア各地域との強固な結びつきも大きな利益となる。彼らは探索者を育て上げ、違法な売買ルートを構築しているのだ。
そして、3層を独占していたのにも当然理由がある。雲太のようなギルドを排斥する目的もあったが、3層2区のあるエリアが彼らにとって極めて重要なエリアだからだ。
理由は一級探索者ですら天国へ連れて行ってくれる麻薬の栽培をしているからである。
探索者は強靭な身体を手に入れる代わりに、アルコールや麻薬成分についても耐性ができる。状態異常耐性などあれば最悪だ。効き目がすこぶるわるい。自分自身でその毒を受け入れる気持ちがあるからこそ完全に機能しないわけではないが、それでも常人よりかは強くなってしまう。
そんな探索者を一発で依存させられるのが、この麻薬だ。名をイエローモンキー。別に黄色人種に対する差別用語から来たわけではない。1層5区に出現する奇猿、このモンスターのアイテムが原料となるからつけられた名前である。
奇猿の毒は夢を見させる。探索者であろうとも最高な夢を。この奇猿が落とすアイテムである、『沈静の雫』。本来はただの解毒薬であった。エリアボスである猿猴の毒や、奇猿が行使する毒にも効果のある薬。
しかし、薬は時として毒となる。『沈静の雫』を過剰に摂取すると、奇猿の毒の効果のように強い幻覚作用や多幸感がもたらされるのだ。しかし、奇猿は1層5区のモンスター。『沈静の雫』を数多く入手することは困難であり、ましてやそれで商売をするのは現実的ではない。
だが、この『沈静の雫』に光を見出した探索者が検証に検証を重ねた結果、『沈静の雫』がもたらす幻覚作用を抽出したイエローモンキーを創り出すことに成功したのだ。
3層1区に出現する鈴日灯という植物型のモンスターがドロップする『魔力の種子』というアイテムがある。通常は栽培することで魔力回復薬の原料となる葉っぱを咲かせるアイテムであるが、この魔力を回復させるというのが肝だ。探索者は魔力が多い。だからこそ丈夫なのだが、その魔力に作用する効果が『沈静の雫』の効果を劇的に変化させる。
『魔力の種子』を『沈静の雫』の液体に浸す。すると、青黒いはずの種の色が変わり、まるで奇猿のような黄色へと変色するのだ。その状態の種を魔力が豊富な3層2区の亜熱帯のような多湿地帯に植えることで発芽し、鮮やかな黄色の葉を持つイエローモンキーが採取できるようになる。
魔力が豊富なダンジョンで育ち周囲の魔力を吸収したイエローモンキーは、探索者に麻薬のような効き目をもたらす。薬物を血液に直接流し込むように、『沈静の雫』がもたらす多幸感あふれる幻覚作用が『魔力の種子』の効果である魔力の回復と共に、魔力を通して直接体内に作用するのだ。魔力が豊富な探索者だからこそ劇的な効果を発揮する。
そんなイエローモンキーの栽培が、出雲ダンジョンで行われている。3層2区に植えてもすぐに発芽して収穫できるわけではないため、部外者が立ち入らない方が好ましいのだ。
イエローモンキーは発芽するともの凄いフェロモンのような匂いを周囲にばらまくため、モンスターや探索者が寄ってくるのだ。広島では3層2区で甘い匂いがしたら近づくなという暗黙のルールが存在するが、出雲では立ち入れる探索者を絞ることでイエローモンキーの栽培方法を秘匿している。
アイテムの独占、海外ギャングのレベル上げ、違法薬物の栽培。それらを行っている出雲の地は、これから蜥蜴が力を付けていくのに必要な地であった。だからこそ、狂鬼とはいえはいそうですかと明け渡すわけにはいかない。
ついこの間川崎を発端とした東西の小競り合いがあったばかりだ。ギルド間がピリピリしている中、わざわざ西の、それも蜥蜴が管理する出雲ダンジョンまで足を運ぶ理由がわからない。
灰ヶ峰は狂鬼が八王子ダンジョンで活動していることを知っている。そして、今は3層を攻略していることも。ならばまだ八王子で良いはずだ。拠点を変えるにしても、中層か深層ダンジョンに行けばいい。西や東以外にも中層ダンジョンはあるし、低層ならなおさらだ。
そんな中わざわざ出雲へとやってきた。出雲の地には明確な理由があって来たと考えていいだろう。
「この件は俺が預かる。狂鬼については猛虎伏草が気にしているからな」
「承知しました。3層独占の取り止めについてはいかがいたしますか」
「解除しろ。ヤクの管理は徹底しておけ。それと、協会職員とホテルから狂鬼の居場所は常に把握するようにしろ」
狂鬼相手に張り込みや尾行をするわけにはいかない。確実にばれることがわかっているからだ。そのため、ホテルの滞在日数や探索スケジュールなどから、狂鬼の居場所の把握を行う必要がある。
話は終わりだとパソコン作業に戻った灰ヶ峰に、代表が思わず質問した。
「狂鬼と、戦う可能性はありますか?」
それは否定してほしい問いかけでもあった。代表たちも狂鬼の動画は見たことがある。それはもう無茶苦茶な存在であった。思わず笑ってしまうくらいには。そして、直に対面して思い知らされた。これには勝てないと。本能が屈していた。
目の前の最高幹部である灰ヶ峰を筆頭に、蜥蜴は強力な探索者が構成員として在籍している。しかし、あの種として格が違うとわからされるような狂鬼に、果たして勝てるのだろうか。どれだけ戦闘員を揃えても、勝てるビジョンが浮かばなかった。
「必要であれば」
しかし、灰ヶ峰にとって狂鬼はどっちでもよい存在であった。西につくなら問題なし。東につくなら出雲にいるこのタイミングで殺せばよいだけ。どっちにもつかないにしても、狂鬼の強さは異常だ。敵に回ればそれこそ手が付けられない。蜥蜴の本家である猛虎伏草が将来の敵の可能性があるなら消せと言うのならば、消すだけ。そこに感情など何もない。
「た、対面したからこそわかるんです! あれは異常でした! それこそ特級レベルの力があるはずです!」
「はぁぁ」
大きなため息を吐きながら、灰ヶ峰が血染めのような赤い濁った瞳で代表たちを睨めつける。その瞳に、代表たちの背筋がざわつく。
「強いのは当然だろう。だからどうした?」
それは戦闘員にはいちいち考える必要はないということだろうか。そう代表たちは邪推したが、灰ヶ峰が言わんとしていることは違った。
「相手は人間だぞ? エリアボスでもユニークモンスターでもない。人間だ」
その発言に、代表たちは灰ヶ峰の言葉の意味を正しく理解した。そして自分たちを恥じる。何を当たり前のことを失念していたのだと。どうやら狂鬼のインパクトが強すぎた様だ。
「すみません。動揺していたようです」
「理解したならいい。所詮この世は人の世だ。強さなど何の意味もない」
そう、彼らは裏社会で生きる探索者。探索者を幾人も闇に葬り去ってきた歴史がある。彼らにとって強さは絶対ではなく、その強さを無効化することこそが、彼らの仕事でもあるのだ。




