10話 三級探索者戦
出雲郊外にある倉庫。そこは神在會含む出雲を拠点とするギルドが所有する倉庫である。利用しているギルドは、蜥蜴傘下のギルド。蜥蜴を首魁とするそれらギルドは、横浜を拠点とするランドタイガー同様彼らのフロントギルドである。
だが、ここは西が支配する地。フロントギルドとはいえ真っ白なギルドではない。メインとするところはダンジョンの探索ではあるが、それ以外にも後ろ暗い仕事も当然こなしている。
この倉庫はその一つ。ダンジョン産のアイテムを違法に海外に出荷する際に使われる倉庫だ。この世界には収納があるため、ダンジョン産の輸出には探索者を使う。
容量限界まで収納にアイテムを詰めた探索者を沖合で引き渡し、密入国をさせる。アジア諸国の拠点に着いたらアイテムを全て取り出し、同じように沖合で探索者の引き渡しを行う。こうして、様々なダンジョン産アイテムは国外に流出していた。
そんな倉庫には、六人の男に加え二人の女がいた。神在會に所属する鰐淵のパーティメンバーでもある部下と、雲太の女性メンバーである八雲と雲津だ。
「アニキ、あいつら400万も用意できますかね」
「出来なきゃこいつらを売るだけだ。探索者はいい値がつくからな。400万以上になる」
それを聞き捕まった八雲が鰐淵を睨みつけるが、行動は起こさない。鰐淵たちは二人よりもレベルが高く、人数差も不利な状況だ。それに逃げ出したところで、どこまで逃げればいいのかわからない。
雲太のメンバーは地元が出雲を含む島根のため、例え雲太のメンバーが逃げられても彼らの家族が被害にあう恐れがある。それを示唆するように、鰐淵たちは雲太の拠点を襲撃した時に八雲の両親の名を告げた。元気で余生を過ごせるといいなぁと言った時の鰐淵の顔を、八雲は顔を真っ青にして睨むことしかできなかった。400万を用意するための担保だと八雲と雲津が連れ去られたが、両親の顔がちらつき抵抗などできるはずがなかった。
400万など今の雲太には貯えが無い。この前の探索金や今まで溜めた活動費。それに加え装備や売らずにとっておいたアイテム類を放出する必要があるだろう。前回要求された50万ならまだ対応はできたが、400万は厳しい。あの時は何故か切り抜けられたが、それに安堵して出雲に留まっていたのが裏目に出た。夜逃げでもするように逃げるべきだったか。
そう悔やむ八雲だが、対照的に鰐淵は活路を見出していた。雲太が金を用意できなければ女を売ると言ったが、実はなかなか難しい。蜥蜴は人身売買も行っているが、鰐淵が独断で動けるものではない。それをするなら神在會を通す必要があり、売れたところで鰐淵には一銭も入らないだろう。
だが、風俗に沈めるならば鰐淵が単独で動いてもできる。雲太が例え400万持ってこようが、難癖付けて数百万足りないことにし、二人を風俗に売る。二人の借金にして売り先の風俗店から1000万に足りない分を受け取れば、1000万揃えられたも同然だ。
探索者は見た目も良ければ身体も頑丈だから雑に扱っても壊れにくい、最高の商品だ。特に強い女を屈服させたい欲望を持つ歪んだ性癖の持ち主にはたまらないだろう。売る先は高級店。きっと数百万は風俗店から引っ張れる。
もちろん二人にはたっぷり脅しをかけて言うことを聞かせておけば店側も文句は無いだろう。むしろ探索者のキャストを手に入れられて感謝されるはずだ。あの場で抵抗せずこの場に来た時点でこいつらに逆らう牙は無い。一度折れた者は自分の中でべらべらと言い訳だけを並べて歯向かわない理由を勝手に探してくれる。
再三にわたる勧告も無視して出雲ダンジョンに潜り続けたのだ。こうなることも覚悟の内だろう。
あとは、運よく大金を手に入れたガキから金が回収できるかだな。新人に取りに行かせたが、失敗したら失敗しただ。失敗ってことは新人がガキに振り切られたってことを意味している。ってことは怪我をしたなんていくらでも言えるわけだ。それにかこつけてそのガキが所属するギルドを強請ればいいだけだ。
「アニキ、新人が戻りました」
ノックの後に部下が確認すれば、神在會に入ったばかりの新人共がやってきた。だが、その顔は鰐淵の知るものとは変わっていた。全員が全員赤く腫れあがっており、まるで顔中蜂にでも刺されたような顔をしている。
「定禅寺さん!! こちらです!!」
入室してきた新人共は報告するわけでもなく、それどころか鰐淵を見向きもせずに入り口の方へ頭を下げている。まるでギルドの幹部でも来ているかのような態度だが、定禅寺なんて人間はいなかったはずだ。そして、新人を向かわせたガキの名前が定禅寺であったはず。
「へぇ、こんないかにもな倉庫を使ってるんだ。警察にばれたりしないの?」
「はいッ! 警察は自分らに手出しできないので問題ありません!!」
「出雲やばいね。いや、出雲ってより探索者が居座る地方ってこんな感じなの? 世も末だな」
警察もダンジョンでレベル上げを行っているとはいえ、それは探索者高校にも劣るレベルだ。一部は探索者並みにレベル上げを行っている精鋭部隊もあるが、人数も少なくこんな田舎にまで来ることは無い。一応警察にも対探索者用の魔力を伴う銃器も配備されているが、発砲するにもいろいろな承認が必要であり、現場判断で行うにはリスクが高いのが現状だ。
それにたとえ発砲されたところで、レベル100近くになればマシンガンは厳しくても拳銃程度なら対処できる。つまり発砲した者はほぼ間違いなく殺され無駄死にとなる。結果、一定のレベルを超えた探索者にとって警察は何の抑止力にもならず、周囲の探索者が結託している出雲においては探索者に歯止めをかけられる者は存在しえないのだ。
「おいガキ共。これはどういうことだ?」
鰐淵が苛立たし気に新人に凄むが、あろうことか新人たちは鰐淵に返事をしないどころかなんの反応も見せない。
「オイッ!! クソガキてめぇが何か―――」
「うるさいな。黙ってろよ」
新人共が連れてきたであろう定禅寺が鰐淵たちを一瞥するや否や、金縛りにでもあったかのように身体が動かなくなった。
「は? なんっだこれ……」
理由はすぐに分かった。震えているのだ。身体が。恐怖で緊張し、身体が硬直している。
周囲で部下たちが短い悲鳴と共に尻もちをついていた。そこでようやく鰐淵も理解した。目の前のガキは自分たちよりも格上の存在であると。まるで神在會の幹部たちのように、根源的恐怖を受ける。それは存在進化を経た者のみが出せる上位者としての圧であった。
「八雲さん、雲津さん大丈夫ですか?」
「じょ、定禅寺君? なんでここに……」
「僕のところにもお金回収するってこいつらが来まして、僕の方は大丈夫なんですが雲太も襲われてお二人が連れ去られたって聞いたので助けに来ました」
鰐淵たちがいるというのに、見向きもせずに女二人に対応する定禅寺。
思わずビビってしまったが、どう見てもガキだ。存在進化してるとも思えない。威圧などの特殊なスキルか何かが発現してるだけだろ。
鰐淵は周りを見る。周りにいるのは鰐淵が探索者崩れ時代に従えていた部下たちだ。出雲に来てからは同じパーティとして探索も行っている。全員レベル90前後の存在進化まであと一歩まで来ていた。だからこそ夢だった存在進化を為すために、ダンジョンに入り続けられるよう1000万を必死でかき集めてるんだ。
そんな鰐淵パーティは、鰐淵以外全員フル装備だ。鰐淵もフル装備とはいかずとも、動きやすい装備は着けている。雲太という四級の上限近くまでレベル上げをしたパーティが暴れても対処できるようにしていた。武器だって手元に置いている。これなら一斉にガキを襲えば制圧だって簡単だ。
だからビビってる場合じゃねぇ。まだ部下共は正気に戻っていないから、一度この場の支配者が誰なのか教えてやる必要がある。
「助けにって! 定禅寺君はこんな奴らと関わっちゃダメよ!! 今すぐ帰りなさい!!」
「大丈夫です! 僕こう見えても結構強いんですよ? あんなのちょちょいのちょいですよ」
「おいおい、ガキが随分な物言いじゃねぇか。正義のヒーロー気取りやが―――」
そこから先の言葉を鰐淵は紡ぐことができなかった。
顔のすぐそばを一筋の雷光が駆け抜けた。耳をつんざく迅雷は、顔の脇を通ったことで耳の半分近くを巻き込みながら進んでいった。
鰐淵は何も知覚することはできなかった。ただぴかっと光ったかと思えば、耳を覆いたくなるほどの轟雷。耳に手を当てれば、半ばまで千切れ焼け焦げた耳が痛みを持って何が起きたかを教えてくれる。振り返り見た先は、倉庫に空いた巨大な穴。雷撃の残滓が残っているのかバチバチと明滅していた。
痛みに悶えることもできない。すれば死ぬ。鰐淵が生き抜いた裏社会で培った勘が、目の前の子供の皮を被った化け物の気を引くなと警鐘を鳴らし続ける。
「黙れって言ったじゃん。イライラして思わず手元狂っちゃいそうだよ」
まぁ、魔力操作のスキルあるから狂うことは無いんだけどねぇ、そう朗らかに言いながら定禅寺は八雲たちの方へ向き直る。
「あ、そうだ。チンピラ。お前ら防具脱げ。で、ヤンキーたち。その鰐淵ってチンピラたちボコしてろ。それがお前らの罰であり、そいつらの罰だ」
そう告げられ、鰐淵は即座に防具を脱いだ。部下たちもだ。上位者に対する対応は、絶対に不快にさせないこと。でなければ癇癪一つで殺される世界が鰐淵がいた世界だ。探索者が所属する裏社会の組織など、命が紙より軽い世界だ。
鰐淵達のような探索者崩れは殺されても捜査などされることもない存在のため、裏社会ではよりレベルの高い探索者の食い物によくされる。探索者崩れとして出雲に来るまでの間に、鰐淵達は辛酸という辛酸を嘗めて生きてきた。もちろん探索者ということで好きに暴れたこともあったが、レベルが絶対の世界では鰐淵達が好きに生きるには彼らは弱かったのだ。
逆に戸惑うのは新人たちだ。彼らはグレていたとはいえ、所詮探索者高校を辞めるほどグレていた訳ではない。ストレートで神在會に所属したような、この世界の洗礼をろくに受けていない雛も同然のガキなのだ。
「なにしてる? チンピラたちは準備できてるぞ。早くしろ」
「で、ですが……」
「無抵抗な人間を殴るのは気が引けるとでも? それとも良くしてくれた先輩は殴れないとでも? お前たちがこれから先やろうとしてたことだろ。その胸糞の悪さが罰なんだよ。とっととしろ。次は記憶を消すぞ」
定禅寺の圧が強まったことで、新人たちは謝りながらも鰐淵達を折檻する。それを一瞥し、定禅寺は八雲たちと会話を進める。
「こっちは僕が対応しておくので、お二人は早く帰ってゆっくり休んだ方がいいですよ」
「ちょ、ちょっと待って! 定禅寺君、さっきの魔法は?」
「言ったじゃないですか。僕結構強いって。探索者なんですから、八雲さんも深く聞かずにギルドに戻ってください」
八雲と雲津が顔を見合わせる。彼女たちも探索者なのだ。踏み込むべきではない内容の分別くらいはつく。そして、目の前のまだ学生であろう子供が、自分たちよりもはるかに強いことも理解できた。
「この倉庫ですけど、何となくの地図がこれなんですが場所分かります?」
「あ、この辺ね! わかるわ!」
「私もわかるわ」
「じゃあ、ギルドまで戻れますね。佐香さんたちにも話してあるので、一度戻って休んでください」
そういいながら、倉庫の外へと二人を連れ出す。だが、鰐淵達はそれを止めることはできない。新人たちの中途半端な折檻を受けながら、黙って見ることしかできない。
「ありがとう定禅寺君。定禅寺君が強いことはわかった。けど深入りはダメ。あいつらは協会すら手を出せないような裏社会のギルドと繋がってるんだからね」
「わかってます。とりあえず、神在會ってギルドに話付けるだけですから」
「それも止めてほしいんだけどね……。もうつべこべは言わないわ。終わったらギルドに顔出してちょうだい。ちゃんとお礼させて」
「あ、じゃあまた釣りしておいしい海鮮ご馳走してください。あれマジ美味かったんで!」
「わかった。洋に言っとくわ」
そう言って、二人は出て行った。残ったのは恐ろしい強さを持つ定禅寺と、神在會に所属する探索者のみ。
「なんだお前ら。随分甘いボコし方だな。ギルドで教えてもらってないのか?」
「す、すみません定禅寺さん」
「こんなこともできないならお前らにこっちの才能はないよ。大人しく真っ当なギルド入って探索者しろ。いいな?」
「すみません!!」
定禅寺に頭を下げる新人たち。まだ入って一か月そこらだが、そんな簡単に抜けられるわけないだろと鰐淵はツッコむ。この世は落ちるのは簡単だが上ることは難しいようにできてるんだ。足抜けなんてできるものじゃない。
「さて、鰐淵って言ったか? お前を殺すかどうするかはこれから吐き出す情報次第だ」
倉庫にあった椅子に腰かけ、定禅寺が鰐淵に問う。
「なんでこんなことするの?」
「随分曖昧な質問ですね」
その質問に、鰐淵は嫌な汗が流れる。YesかNoで答えられる質問なら簡単だ。それだけ回答すればいいのだから。それかもう少し具体的な質問であれば端的に答えることができる。しかし、定禅寺は情報次第で殺すと言っておきながらどうとでも取れる質問を投げかけてきた。下手に情報を渋れば待っているのは死。かといってべらべら話せば今度は組織に殺される。何とも嫌な質問であった。
「上から金を集めて来いと指示がありまして」
そう答えた瞬間、もう片方の耳も半ばから千切れとんだ。鳴り響く迅雷。見なくてもわかる。後ろにはまた巨大な穴が空いているのだろう。
「減点1。もう一度言おうか? なんでこんなことするの?」
「う、上から出雲で活動する探索者の締め出しを指示されています。自分ら神在會と同じ系列以外の探索者ギルドを追い払い、この地を、出雲ダンジョンを支配するのが目的です」
「へぇ、ちょっとはましになったね。で、なんで支配するの?」
ましになった。そう言いつつも、定禅寺が発する圧は増すばかり。緊張で喉を震わせながらも、なんとか鰐淵は言葉を紡ぐ。
「じ、自分もそこまではわかっていません。この倉庫しかり違法なことを行ってますので、他の探索者に邪魔されないためにじゃないかと思いますが……」
鰐淵も幹部のように様々な情報を知りえているわけではない。鰐淵が所属する神在會はフロントギルドだ。やましいことは行ってませんよと、表で活動するギルド。もちろんやましいことも当然のように行っているが、裏の舞台と比べたら全然まともな部類だ。だからこそ、入ってくる情報も限られる。
「ふ~ん。その締め出しをするために、俺や雲太のみんなから金を集めて追い出そうとしたんだ。お粗末だねぇ」
本当にだ。こんな化け物が出雲に入り込んでるなんて聞かされていない。探索者協会も目の前の定禅寺は四級探索者で、売却金が高かったとしか言っていなかった。
これが四級探索者だって? そんな馬鹿なわけあるか。今すぐそんなホラを吹いた協会職員をこの場に呼び出してこの圧を受けさせてやりたい。
「ま、下っ端じゃこんなもんか。とりあえずお前たちは探索者辞めてもらおうかな。このまま放置しても探索者崩れとかいうたちの悪い犯罪者になるだろうし」
探索者を辞めたら探索者崩れになるだろ。このガキはただ強いだけで世間の事は何もわかってないのか?
鰐淵が常識的に考えて定禅寺の発言を否定するが、どこかでずっと不安がぬぐえない。その正体がわからないまま、話は進んでいく。
「じゃ、お前ら神在會行くぞ。お前らは辞めますってちゃんと自分たちで言え。俺は事の顛末のけじめ付けさせるから」
そう言って、定禅寺は立ち上がり鰐淵達の元へ来る。一歩距離が近づくだけで、身体の震えが増してゆく。
こんな世界で生きていたのだ。それに探索者としても活動していれば、死にそうなことだって何度もあった。だが、目の前の定禅寺が発する怖さは次元が違った。生物としての格が違う存在を前に、その圧に心が屈服し身体が逃げ出そうと勝手に震えだす。
「さて、お前らには探索者を辞めてもらう。その後は警察にでも行って、自首して来い。今までやったこと自白してな。じゃないと次は生きることを辞めてもらわなきゃならなくなる」
そう言いながら、定禅寺から恐ろしい力が溢れ出す。存在ごと消されそうな、絶対の破壊の力が。
「うん。できそう。じゃ、一般人に戻り給え、チンピラ共」
その言葉と共に、鰐淵達は意識を刈り取られた。何をされたのかもわからない。ただ、自分を支えてきた力の根源が破壊され、身体から力が失われていく感覚だけが、意識を失う狭間で感じ取ることができたのであった。




