12話 ヤスの武器
ヤスと探索することを決めた週末、鈴鹿は八王子ダンジョンがある探索者協会のロビーに来ていた。7月にも入り、外は初夏の日差しが厳しく降り注いでいるが、ダンジョンの中は春の様な心地よい気温が維持されている。
ロビーも涼しくて居心地は良いが、一週間ぶりのダンジョンに入れることもあり、鈴鹿はそわそわしながらヤスを待っていた。
「鈴鹿! 待たせたな!」
「おお! ヤスおはよ……」
ヤスの方へ振り返った鈴鹿は固まった。そこにいたのはヤスだ。鈴鹿と同じで学校指定のジャージを着ている。動きやすい服装ならそれを選択するだろう。普段見ないが、キャップも被っている。外は日差しが強いし、ダンジョンに行くのだから頭を守るという意味でも帽子はあったほうがいいのかもしれない。
問題はそこではない。鈴鹿が固まった理由。それはヤスが手に持っている物が原因だ。
「ヤス……それ何に使うんだ?」
「いいだろ! これが俺の武器だ!」
「武器ってお前……それシャベルじゃねぇか!wwww」
そう。ヤスは何故か立派なシャベルを握って協会に来ていた。シャベルの先端に乾燥した土がこびりついているのが歴史を感じさせる。
「何しにダンジョンに来てるんだよ!www 畑でも耕すのか!www」
「お前シャベル馬鹿にするなよ! ダンチューバーのミリマニさんのおすすめ武器だぞッ!?」
鈴鹿は腹を抱えてひとしきり笑い転げた。
「よくお前俺の金属バット馬鹿にできたなw」
「はぁ、これだから思慮が浅いやつは。シャベルの有用性がわかってないみたいだな」
「有用性ww ぜひ見せてくれw」
シャベルが視界に移るたびに面白い鈴鹿は、前回同様端末に探索スケジュールを打ち込み、セキュリティドアへと向かった。
「やっぱ綺麗だな、ダンジョン」
1週間ぶりのダンジョンは前回と何も変わらず、1層1区のこの場所は牧歌的なのんびりとした空気が流れている。
「ヤスはレベル1だろ? まずは酩酊羊ソロで倒してみるか?」
「ああ、まずは俺一人でやってみるよ」
ダンジョンということもあって気を引き締めてはいるが、それでもシャベルを手に持つヤスに顔がにやける。
10分ほど歩けば一匹で草を食べている酩酊羊を見つけた。タゲが自分に行かないようにと、鈴鹿はヤスの荷物を預かり後ろに下がる。
ヤスは酩酊羊との距離を縮めると、急にシャベルで穴を掘りだした。
「あいつ何やってんだ……落とし穴でも掘るのか?ww」
ヤスは30cmにも満たないくらいの深さの穴を幅1m程度掘り進めた。雑に掘られた穴は、深さも形も落とし穴とは呼べないものだ。
悠長に穴を掘っているが、酩酊羊は襲ってこない。酩酊羊は明確なテリトリーを持っているようで、その領域に人間が侵入すると反応し襲ってくる。そのため、酩酊羊からヤスは見えているだろうが、無視して草をむしゃむしゃ食べ続けていた。
「お、動いた」
穴を掘り終えたヤスは、シャベル片手に酩酊羊に近づいて行く。穴は酩酊羊のテリトリーの近くに掘っていたので、少し近づけば酩酊羊は草を食べるのを辞めヤスを睨み付けた。
我慢も苦手なのか、酩酊羊は威嚇の声を上げるとヤスめがけて突進を開始した。それを見たヤスはシャベルを構えるでもなく、背中を見せて逃げ始めた。
「お?」
助けが必要かと荷物を置こうかと思ったが、ヤスは掘っていた穴を超えると振り返った。どうやら逃げたわけではないようだ。
「落とし穴に引っ掛けるつもりか? さすがに……」
酩酊羊はヤスが穴を掘っていたところも見ていたし、そうでなくても隠してもいない穴は見ればわかる。しかし、酩酊羊は穴など何も気にしないかのように突撃を続けた結果、穴に見事足を取られて派手に転がった。
「嘘だろお前……」
シャベルを構えたヤスは転がった酩酊羊のもとへ向かい、倒れた背中に向かってショベルを振り下ろし続ける。ゴンッゴンッという鈍い音が続いたのち、酩酊羊は黒い煙となってヤスへと吸い込まれていった。
「おお、荷物ありがとな。作戦通りだったわ」
衝撃で開いた口の塞がらない鈴鹿から、ヤスは荷物を受け取った。
「あんなバカみたいな穴に引っかかるのか? たまたま?」
「いや、酩酊羊は引っかかるんだよ。酔っぱらってるから怒ると周りが見えなくなるんだって。かわいそうな奴だよな」
酔っ払いとはかくも虚しきものなのか……。なすすべもなく転がり殺された酩酊羊に憐れみを向ける。
「残念。さすがにレベル1の酩酊羊じゃ一発でレベル上がらないか」
「レベル上がらなかったのか。とりあえず午前中はお前のレベル上げに付き合うぞ」
「おお、ありがとう! 助かるわ! でも、次酩酊羊出たら鈴鹿戦ってみてよ。金属バットでどうやって戦うのか見てみたいわw」
休憩もほどほどに探索を再開する。今度は2匹の酩酊羊が現れた。
「今回は2匹とも俺がやるよ。次からは1匹ずつな」
「おっけー。2匹やれるの?」
「当り前よ。俺のバットさばき見とけよ」
鈴鹿は荷物をヤスに預け軽く素振りをした後、酩酊羊に近づいてゆく。
酩酊羊:レベル2
酩酊羊:レベル2
酩酊羊を見れば、どちらもレベル2のようだ。レベル3に上がった鈴鹿にとっては、レベル2の酩酊羊は脅威ではない。
ヤスも見てるし、スマートに倒すか。
鈴鹿は前回の探索でボコボコに歪んでしまった金属バットを強く握りしめる。見るも無残な姿になってしまった金属バットだが、いかんせん買い替えるお金がない。形は歪だが、それでも叩くことくらいはできる。そう信じ、鈴鹿は戦友となった金属バットを今日も連れてきていた。
酩酊羊は突進しかしないため戦闘のシミュレーションがしやすい。二匹のさばき方を大雑把に決めるのと、酩酊羊が突進を始めるのは同時だった。
初めは避けるだけで精一杯だったスピードの乗った初撃の突進も、今では余裕をもって対応できる。ステータスが上がったことで身体の動きが格段に上がっていた。イメージした通りに動かせるのだ。
一匹目の突進を横にかわすと同時に、走り抜ける酩酊羊の背中に向かってバットを振り下ろす。背骨を狙った一撃だったがタイミングがわずかにズレ、酩酊羊のお尻に着弾。尾てい骨を粉砕し、十分なダメージを与えられたのか1撃で黒い煙となった。
お尻への攻撃だったが1撃で倒せたことにほっとするのもつかの間、二匹目が間近に迫っていた。それに対し鈴鹿は避けもせず、バットを引くと思いっきり酩酊羊の顔に向かってフルスイングした。
今度のタイミングはばっちりだ。しかし、酩酊羊の顔の側面は渦巻のように丸まっている角で守られている。鈴鹿のバットと酩酊羊の角が衝突した。
硬い物を叩きつけた衝撃が反動となって手に返ってくる。思わず手の痺れにバットを離しそうになるが、必死に握りしめた。
一方酩酊羊は立派な角で鈴鹿の攻撃を受けた……が、衝撃が強すぎたのだろう。脳を揺さぶられるどころか首の骨が逝ったらしい。顔が明後日の方向にねじ曲がっていた。
そのまま二匹目も黒い煙となり、鈴鹿へと吸収された。
二匹を二発で仕留めることができた。随分バットの扱いが上手くなった気がする。攻撃位置の微調整とか、インパクトの瞬間に力を籠めるとか、野球やっていたころより上達しているだろう。
二匹目を仕留めた戦いは力こそパワーな戦いであった。こういった戦いもステータス上昇量が高いからこそなせる技。いずれ限界が出てくるだろうし、二匹目を倒したような力任せな攻撃は控えて技量を上げる必要があるな。
「すげーじゃん鈴鹿! 超強いなお前!!」
興奮気味なヤスがリュックを持って近寄ってくる。
「だろ? 金属バットも捨てたもんじゃないだろ」
「正直舐めてたわ。そんな細い身体であんなパワープレイするとは思わなかったわ」
「すごいよなステータスって。俺も驚きだよ」
鈴鹿はステータスの恩恵で多少肉がついたとはいえ、線の細い体をしている。肌が白いこともあってもやしのような体型だ。そんな鈴鹿が豪快に金属バットを振り回してモンスターを倒す様はインパクトが大きいだろう。
「俺もレベル上がってないな……ん? なんかスキル覚えてる!!!」
前回のレベルアップから合計4匹酩酊羊を倒しているがレベルアップはしていない。そうとはわかっていても上がっていないかとステータスを見ると、今まで空欄であった能力にスキルが記載されていた。
名前:定禅寺鈴鹿
レベル:3
体力:23
魔力:22
攻撃:27
防御:22
敏捷:28
器用:26
知力:24
収納:10
能力:剣術(1)
「おお! おめでとう! 何覚えたんだ?」
「剣術って書いてある」
「バットって剣に分類されるのかw」
「それなwってそうじゃない! 俺レベルアップしてないのにスキル覚えたぞ!」
家に帰ってからも自分のステータスは確認していたが、その時には能力の欄は空欄であった。一体なぜ?と疑問に思っていると、ヤスが教えてくれた。
「スキルはレベルアップで覚えることが多いけど、技量に応じてレベルアップしなくても覚えられるって聞くぞ」
「そうなのか?」
「そうだよ。ダンジョンの加護貰った時にスキル覚えてるやつもいるじゃん。あれはレベルアップしてないし」
たしかに、稀だがレベル1からスキルを覚えている人もいる。そう言われれば、スキルはレベルアップと関係ないのだろうか。
「まぁ、基本はレベルアップで覚えるって言うし、運が良かったな。お前も探索者やるならダンチューブとか見て勉強した方がいいぞ」
ダンチューブとはダンジョンに特化した配信サイトだ。前の世界でいうユー〇ューブに相当する。前の世界ではこの頃はまだユーチ〇ーバーも盛り上がっていなかったと思ったが、ダンジョン配信は盛り上がりを見せていた。
「たしかにな。帰ったら見てみようかな」
「おすすめのダンチューバー送っとくよ」
「嫌だよ。俺シャベル持ちたくないし」
「ミリマニさん馬鹿にするなよお前!?」
ヤスに懇々とダンチューバーの良さを説かれながら、次なる獲物を探しに行くのであった。