11話 モテ期
人生には3回モテ期があると言われているが、以前の人生でそんな風に思えたことは一度もなかった。マッチングアプリで彼女ができたこともあったが、何か月もアプリを続けてようやく付き合えた程度だ。その相手とも結局長く続くことはなかった。
だが、そんな俺は、今絶賛のモテ期が訪れていた。
「定禅寺めっちゃカッコよくなったね!!」
「ダンジョン入ったの!? イケメンになりすぎじゃない!?」
「これアタシの連絡先! メールして!」
「ずるい! 私も交換する!!」
顔が変わるだけでここまで違うのか。世の中やっぱり顔なんだな。そんな感想が思わず出てしまうほど、クラスメイト達は鈴鹿に群がっていた。
ダンジョンに入れるのは15歳からだが、ダンジョンでレベル上げを始めるのは早くても高校生になってからだ。中学三年でダンジョンでレベル上げに勤しむ者など滅多にいない。6月末という時期的にも、誕生日の関係でそもそもダンジョンに入れる者も少ないだろう。
そんな時期にダンジョンでレベルを上げた者がいれば注目の的になるし、顔がカッコよくなっていれば惹かれもする。鈴鹿は身長こそ小さいままだが、顔はかなりイケメンになった。ダンジョンで容姿が変わる中ではかなり良い結果といえる仕上がりだ。
つまり、クラスのパッとしなかった奴がいきなり学校一のイケメンになった衝撃はでかい。結果モテる。急にモテれば生まれるのがやっかみ。しかし、ダンジョンで容姿が良くなったということは、ステータスも上がっているということだ。この世界でステータスが上位の者に楯突くバカはいない。下手にちょっかいかければやられるのは自分なのだから。
つまり、この世界では美男美女ほど物理的に強く、ブスブサイクほど力も弱い存在なのだ。なんと残酷な世界だろうか。自分よりも容姿が優れている者には、やっかみこそすれ態度に出せばさらに不細工な顔に変えられてしまうのだ。
だが、そんな常識が時として通じないのが多感な時期の中学生だ。
「なんだよ定禅寺! 親の金で育成所行ってきたのか? まだ中学だしお兄ちゃんにでも付き合ってもらったのか、おい?」
サッカー部の池崎が絡んできた。こいつは面もいいし運動神経も良かったから中学ではカースト上位にいた人間だ。卒業後は交友がなかったから詳しくは知らないが、成人式の時に見かけたときは中学の頃と変わらないダル絡みをしていたのを遠くで見かけたな。地元大好き派の人間だったはずだ。
「俺みたいに探高目指せばいいのに、遠くでビビって銃なんて使ってたら探索者は無理だぞ?」
探高とは探索者高校のことだろう。銃を使ったレベル上げは質が悪く、ステータスが伸びないから探索者としてやっていけなくなるのは有名だ。
というか池崎は探索者高校に行くのか。頭は良くなかったと思っていたが、探索者高校なら学力は重視されないしな。運動神経良かったし、向いてそうだ。
「つぅか、育成所のステータスでそんな顔変わるなら、探高いったら俺かなりイケメンになれるじゃん!! 希望ありすぎだろ!!」
「たしかに。定禅寺でこの化け様なら、池崎やばくね?」
「あー、あたしも親に育成所のお金出してもらおうかなぁ。高校入ったら速攻行きたいわ」
池崎の言葉に周囲の女子も冷静になったのか少し落ち着いた。育成所ではステータスはあまり伸びないし、容姿の変化も少ない。なら、元がモブ顔の鈴鹿よりも、元から面が良くて探索者高校に通う池崎の方がよりカッコよくなると思うのは当然だ。
カースト上位の女たちが離れて昨夜のドラマの話を始めたら、池崎は満足したのか友人がいる方へ戻っていった。
凄いな。俺一言も話してないのに全て終わったぞ。あれがコミュ力なのか? いや、演説力? などと中学生ってこんな感じだったっけ?と首をかしげる鈴鹿。
カースト上位たちがいなくなった代わりに、ダンジョンについて興味のあるクラスメイト達が寄ってくる。それを見ても池崎は興味ないのか、今度は絡んでこなかった。離れていった女子の中に好きな子でもいたなあれは。頑張れ池崎。俺は応援するぞ。
◇
あれからもいろいろあった。代わる代わるに他のクラスの生徒たちも物珍しさにクラスにやってくるし、教師に呼ばれて何かあったのかとメンタルケアまで始まった時はどうしようかと思った。
それも放課後にもなれば、鈴鹿のモテ期も終わりが見えていた。後輩たちがチラチラ見てきているので、まだ完全に終わったわけではない。
鈴鹿としては彼女作って青春したいとも思っているが、中身は30歳のおっさんなのだ。あまりにも同年代が幼く見えすぎて、さすがに付き合いたいという欲求が湧いてこない。枯れているわけではないのだが、鈴鹿はロリコンではなかったようだ。せっかく今ならモテ期を利用できるところ、大人しく過ごしていた。
「鈴鹿! 帰ろうぜ」
隣のクラスの安藤泰則、通称ヤスが声をかけてきた。
「お待たせ。ヤス行こうぜ」
ヤスとは同じ部活だったこともあり、一番仲が良い友人だ。その仲は歳をとっても変わらず、30歳になっても遊ぶほど長い付き合いであった。クラスメイトには友達といえる者も多くいるが、結局卒業したら会わなくなった。それを知っているからか、ヤスは大事にしようと思うのだが、クラスメイト達とは適当な関係でいいかと思っている。だからこそ、だるい絡みをしてきた池崎に対しても、何の感情も湧かなかったのだ。
「それにしても、ダンジョン行くんだったら教えろよな!」
「ごめんごめん。急に行ってみたくなってさ。思い立ったが吉日ってやつだな」
当然話題は今回鈴鹿が行ったダンジョン探索についてだ。
「俺さ、姉ちゃんも兄ちゃんも育成所行ってたからさ、なんとなくわかんのよ。育成所でのステータスの変化って」
ヤスが周囲を軽く見まわし、誰も聞いてないことを確認する。
「お前さ、育成所じゃないだろ。池崎たちが育成所だって言いまわってたけど、そもそも育成所は土日の二日程度で終了するようなものじゃないし」
育成所はレベル上げを手伝ってくれるが、数日でレベル10まで上げるスケジュールではない。銃を使って楽にモンスターを倒すとはいえ、レベル上げはそんな簡単ではない。モンスターを探す手間もあれば、レベル5を超えれば敵も素早くなってくるため1回の戦闘毎にそれなりに神経を使う。そのため、スケジュールを詰めたとしてもレベル10になるには1か月以上はかかるものだった。
「ばれた? 池崎たちうるさいから話合わせてたけど、育成所なんて利用してないよ。そんな金ないし」
「だよな? 兄貴に連れてってもらったのか?」
「いや、一人で行ったよ」
「は?」
ヤスは間抜けな顔で鈴鹿を見る。よく顔合わせてたから老けたとか思ったことなかったが、こうやって見ると30歳のヤスは老けてたな、なんて思った。
「テスト終わった後にどうしてもダンジョン行ってみたくてさ、土曜日に八王子ダンジョン行ったのよ」
「一人で?」
「うん」
「頭おかしくなったのか? 一人でなんて、いくら銃持ってても危ないだろ」
「いや銃は借りなかった。高いし同伴者は必要だしステータスの伸びが悪いって聞いたから」
「はぁ!? まじかよお前。一人でダンジョンってだけで頭おかしいのに銃も使わなかったのかよ!?」
言われてみれば、頭のおかしい行動かもしれない。この世界線の人間からすれば、探索者になるならバックアップが充実している探索者高校に通うのが当たり前で、レベルだけを上げたいなら育成所に行くのが常識だ。
だが、鈴鹿にはそんな常識はない。なぜならダンジョンがあるというだけで非常識な世界なのだから。だからこそ、鈴鹿はこの世界では常識的に選択肢として持ち合わせない行動をとることができた。
「剣なんて、レベル1だと振るだけでも大変って聞くぜ? よくそれでモンスター倒せたな」
「たしかに、剣は振るのも大変か。盲点だったわ」
単純にレンタル料をケチって借りなかったが、借りていても剣に振り回されてうまくいかなかったかもな。刃物なんだし最悪自傷してしまうことも考えられる。やはり金属バットで正解だったか。
「なんだよそれ。銃使わなかったんなら、剣しかないだろ?」
「いや、剣もレンタル料かかるし、もったいないから小学生の時使ってたバット持って行った」
「バット? バットでモンスター倒しに行ったのか?」
「そうだよ。八王子ダンジョンは酩酊羊が出てくるんだけど、1匹倒すのにバカ時間かかったわ」
「……」
返事がないためヤスを見れば、ドン引きしたような顔をしていた。
「狂ってやがる。お前そんな頭悪かったか?」
「ひどい言い草だな、おい。バットってちゃんと金属バットだぞ? 金属バットは全力で振り回せたしいい武器だったぞ! 手の皮めくれるけど、それ以外はおススメな武器だな」
「いや、ええ……? 怖いよお前。良く死ななかったな」
「正直レベル上がる前は死ぬかと思ったわ」
「死にかけてんじゃねぇか!!」
ヤスにダンジョン探索した時の話を詳しくした。ステータスが上がると身体能力がかなり向上するから、探索が余計楽しくなると。
「いいな、ダンジョン。面白そうだな」
「お、なんだヤス。興味あるのか? 週末一緒に行くか?」
日曜日は外出禁止でダンジョンに行けなかったが、基本週末はダンジョンに行くつもりだ。平日も行こうかと考えたが、学校が終わってからでは時間的に厳しいため断念した。
「俺も一緒に? 金属バット一本持ってダンジョン入るような奴と一緒に?」
「任せろ。金属バットも悪くないぞ」
「ダンジョンかぁ……うし、行くか! ダンジョン!! 金属バット以外で!!!」
さすがノリが軽いヤス。朧げなこの世界線の記憶ではダンジョンの動画とか好んで見ていたはずだし、俺以上に考えていることだろう。
その後ヤスの家にお邪魔し、週末のダンジョン探索についてプランを練るのであった。