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1話 さようなら全財産

 どうも皆様初めまして。定禅寺じょうぜんじ鈴鹿すずかと申します。


『日経平均株価が大暴落しており―――』


 歳は今年で三十歳を迎えました。あまり年齢は気にしてこなかったのですが、三十歳という節目にはもうこんな歳になったのかと、月日の早さに驚くばかりでございます。


『この下落率は歴史的な数字であり、リーマンショックを超える勢いが―――』


 三十歳を過ぎましたが、生活環境は特に変わりはないですね。会社に行き、家に帰ればゲームかサブスクで動画を見るかスマホをいじるかの、変わり映えのしない日々を過ごしております。


『これに伴い円高も加速しているようです。前日比18円の円高を記録するなど―――』


 そうそう。これからも変わらない生活が続くかと思えば、不意に生活が一変することもあるんですよね。


「あはっ……あはっ……こんな残高になっちゃった……」


 涙を流しながら何故か顔にはみが張り付いている正気を失っている男。そうです。私です。定禅寺じょうぜんじ鈴鹿すずかでございます。


 テレビではリーマンショックを超える暴落だと朝のニュースで取り上げられ、机の上に置かれているスマホからは相場変動に伴う強制決済リスクを知らせる通知が鳴り響き、パソコンの画面では損益がとても直視できない様子が表示されていた。鈴鹿を取り巻くすべてが、彼の胃を締め上げ胃液がせり上がる様な不快感を与えてくる。


 金のかかる趣味もない独り身の男。放っておけば貯蓄もそこそこ貯まっていた。働きたくない一心で資産運用を始めたのがすべての始まりだった。初めはよくわからないからと投資信託に任せていたが、少しずつ前後する資産が面白くなり、気づけばデイトレードを始めFXに行きついた。


 始めは少額でのトレードだった。しかし、負け分を取り返そうと熱くなりレバレッジを上げ、それがたまたま上手くいって大勝したのがすべての始まり、いや終わりの始まりだった。


 ピロリンッ♪


 スマホが鳴り、画面には新たな通知が表示された。見れば『お客様のポジションが清算されました』と表示されていた。意味は、『FXでの損失が残高を上回るため、強制的に決済いたします』ということ。端的にいえば、FXで負けまくったので残高をゼロにしますねということだ。


 視線をずらし画面を見れば、一時は四桁万円を超えるほど輝いていた残高の欄には、334円と四桁を切る数字がむなしく映っている。


 何も考えられなかった。ここ最近の相場に振り回され続け、損失を埋めようと動けば損失が重なっていく日々。目の前が歪み、血の気が引くという体験を初めて味わった。まだ大丈夫。まだいける。次で取り返せばいい。ここからは絶対に上がるから。そう信じ、裏切られ。逆に張れば逆に動く相場。誰かが俺のことを見て相場をいじっているのではないかと本気で思い、頭が狂いそうになった。


 そして本日の清算。

 全てを失った。


 絶望。

 一時はFIRE(早期退社)だってできるんじゃないかと浮かれ切っていただけに、深い虚脱感に襲われる。


 だが、おかしなことにホッとしている自分もいた。あれほどチャート画面を食い入るように見つめ続け、夜も何度も中途覚醒してスマホで相場を確認し、視野狭窄に襲われるほどFXに支配されていた生活から強制的に締め出されたのだ。虚脱感と開放感が混ざり合った結果、とめどなく涙が流れながらも何故か口角は上がっているのだろう。


 俺は勝手に流れ出る涙をぬぐうこともせずスマホを取り、職場に電話を掛けた。


「おはようございます。定禅寺です。課長ですか?」


『おお、定禅寺か。どうした? まだ来ていないが、体調でも崩したか?』


「そうなんです。熱はないのですが、虚脱感といいますか、倦怠感がすごく本日お休みさせてください」


『大丈夫か? 休暇は承知した。本日付で対応が必要な仕事とかあったか?』


「いえ、仕事は大丈夫です」


『わかった。最近調子悪そうだったしな。ゆっくり休んでくれ。お大事にな』


「ありがとうございます。失礼します」


 急な休みだが、こころよく了承してくれた。ホワイトな会社と上司に感謝だな。


 スマホを机に置き、ひじ掛けに手をつき身体を起こす。本当に力が入らず、ふらつきながらなんとか立ち上がってベッドへと向かう。


(フラフラだな。最近ろくに眠れてもいなかったしな。起きたら久しぶりにゲームでもしようかな)


 睡眠どころか、日に日に増す胃痛のせいで食も喉を通らずまともにご飯すら食べれていなかった。鈴鹿の身体は限界であった。倒れこむようにベッドで横になりながら、埃を被りだしたゲームに思いを馳せ、静かに眠りにつくのであった。

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― 新着の感想 ―
な販関無
賭けでも投資でも引き際が肝心よ
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