第87話 冒険者ギルドからの依頼
「ああ、冒険者ギルドマスターのセレナさんから返事が来たんだ。そういえば緊急の案件って言っていたっけ」
「……確かにこれは師匠じゃないと厳しそうな依頼。私だけだったら少し危険がある」
「そうなんだ」
リリスもAランク冒険者だったはずだが、それでも危険のある依頼か。高ランク冒険者ほど無茶な依頼は引き受けないと聞いた。少しでも命の危険がある以上、冒険はしてはいけないらしい。
確かにそうしなければこれまで生き残ってくることができないのだろう。……まあ、ヴィオラはどんな依頼でもビビらなそうだけれど。
「でもヴィオラは受けないって言っていたけれど……」
「師匠はたぶん文句を言いつつ、結局は受けると思う。この依頼はあまり時間が経つと人に害が出てくる」
「……なるほど」
リリスも師匠であるヴィオラのことがよくわかっているようだ。
とりあえず2人にはシャワーを浴びてもらい、そのあとリビングに集合してリリスが話を切り出した。
「師匠、冒険者ギルドから緊急の依頼が来ている」
「ああん、そんなもんパスに決まってんだろ。せっかくケンタの世界を楽しみ始めたばかりじゃねえか!」
予想通りというべきか、ヴィオラは片手を振って依頼を断ろうとしている。
「あんまりそう言っていると冒険者の資格を剥奪される。とりあえず内容だけでも読んで」
「ちぇっ、面倒くせえなあ」
リリスが押し付けるように冒険者ギルドからもらった依頼書を渡すと、ソファに寝そべりながらも依頼書を読むヴィオラ。
「……ったく、これくらい他の冒険者たちでやれってんだ。まあいい、そういや最近は身体を動かしてなかったか。たまには運動するとすっか」
「リリスの言った通りだね」
「キュウ」
「いつもああやって理由を付けて素直には受けない」
リリスとハリーと小声で話し合う。
リリスの予想通り、結局は冒険者ギルドからの依頼を受けるようだ。本当に素直じゃないな。
人のためになる依頼らしいし、俺も俺なりに応援するとしよう。
「頑張ってね、ヴィオラ。確か収納魔法でいろいろと持っていけるんだっけ。ヴィオラが気に入った料理やアイスクリームなんかも持っていっていいから。そうだ、あとはこっちの世界の寝袋やマットなんかを持って行ってよ」
2人の収納魔法は収納した時点で時間が止まる。料理だけでなく、すぐに溶けてしまうアイスクリームなんかも持っていくことが可能だ。
「なに言ってんだ? 当然おまえたちも一緒に行くんだぞ」
「………………は?」
ヴィオラの言っていることがまったく理解できなかった。
俺たちも行く?
「当たり前だろ! 俺だけ省いて楽しもうたって、そうはいかねえぞ」
「いやいやいや、ヴィオラの依頼ってことはSランク冒険者の依頼なんでしょ! 俺が行っても危険なだけだろ!」
「キュウ?」
ハリーはヴィオラの言っていることがわからないから首を傾げている。その動作はとても可愛らしいのだが、今は和んでいる状況ではない。
思わず3回も拒否してしまったが、それくらいヴィオラが何を言っているのか意味がわからなかった。
「安心しろ、ケンタとハリーは俺が守る。おまえらには怪我ひとつさせねえぜ!」
「………………」
いや、そんな格好いいことを言った風に見えるが、俺は騙されないぞ。
そもそも俺たちが一緒に行かなければ怪我をする可能性はゼロなんだから!
「確かに師匠がいる以上、敵の攻撃がケンタやハリーに届くことはないと思う」
「……本当に?」
魔法であれほどの力を持っているリリスが保証してくれるのなら信じてもいい気がする。
「むしろ、怪我をするなら師匠が原因の可能性の方が高いくらい」
「駄目じゃん!」
守ってくれるはずの張本人が怪我をさせるかもしれないってどういうことだよ!
「そうだ、例の鏡を持って行って、夜だけこっちに帰ってくるってのはどう?」
「そいつは止めといたほうがいい。あの鏡は座標を設定している。この場所から近くに移動するくらいならいいが、あまり長い距離を動かすとズレてケンタの家に帰れねえ可能性はゼロじゃない。座標は覚えているが、念のために遠くまで移動させない方がいいだろう」
「……なるほど」
確かにその点については俺も賛成だ。忘れてしまいそうになったが、あの異世界を渡るという鏡は非常に緻密な魔道具となっている。
位置情報も設定しているというのなら、できる限り遠い場所に動かさない方がいいだろう。