第8話 お祝い
ハリーと一緒に鏡を通って俺の家へ戻る。
ドローンの検証はうまくいった。バッテリーを充電しておいて、明日も引き続きあの世界を調べてみるとしよう。
「さて、今日の晩ご飯はステーキだ!」
「キュウ?」
「そうか、ハリーは知らないよな。こっちの世界の方だとおいしいご馳走になるんだよ」
「キュキュ~」
しかもただのステーキではない。今日は超奮発して肉屋でとんでもない高級肉を購入してきた。このお店で一番高い肉を売ってくれと、昔から一度は言ってみたかった言葉をリアルで言えたのは嬉しかったなあ。
特選A5ランクの松阪牛のシャトーブリアン、なんと100グラム5000円の最高の肉だ。一人300グラムとして600グラムの合計30000円分を購入してきた。今まで生きてきた中で、一番の高級肉である。
そしてこの家に引っ越してきた時に家電も一新してあるため、この高級炊飯器の真の実力を見せる時がきた。土鍋圧力IHジャー炊飯器という、もはや呪文のような炊飯器は10万円もしたんだよな。
家電は長期間使うものだし、だいぶ奮発したぞ。逆に言うと、そんな高級炊飯器の約3分の1の値段がする肉というのも恐ろしい……。
「普段はこんな豪華なご飯を食べられないからな。今日はこの家への引っ越し祝いとハリーとの出会いを祝ってだぞ」
「キュウキュウ!」
1億円を手に入れたといってもこれから収入がないわけだし、こんな使い方をしていたらすぐにお金が尽きてしまうわけだが、今日くらいはいいだろう。
ブラック企業を退職した時、前からしてみたかった回転寿司でお金を気にせず食べたいものを好きなだけ食べるという、今考えるとみみっちい贅沢をしたくらいだったからな。これまでが貧乏性だったから、それくらいのことしができなかったんだよ。
せっかくハリーと出会ったことだし、俺が考えうる最高の贅沢をしてみた。もっと上だと三ツ星レストランの最高級コースという案もあったが、さすがにハリーを連れてレストランへ行くわけにはいかないからな。
「よし、ご飯の準備もできたし、いよいよ料理開始だ。お店の人に聞いた焼き方でいくぞ」
こんな高級肉を料理した経験なんてないので、一番おいしく焼く方法を肉屋の人に聞いた。こういうのは店の人に任せるのが一番だ。
まずは肉を冷蔵庫から取り出して常温に戻す。冷たいまま焼くと焼きムラができたり、肉が固くなってしまうそうだ。下味は塩コショウのみで焼く直前に少量、焼く際は最初高温で一気に両面を焼き上げ、そのあと弱火で中まで火を通す。
最高級肉の脂が一番おいしく食べられるのはレアからミディアムくらいなので、あまり焼き過ぎずに火からおろしてアルミホイルを被せてから少し休ませる。こうすることによって余熱がじんわり中まで火が入り、肉汁が落ち着くらしい。
「よし、完成だ!」
「キュ~キュ~♪」
美しい焦げ目の付いたステーキ。脂の焼けた香ばしい香りが部屋の中に広がる。
炊けたご飯をよそって、テーブルへと運ぶ。俺はステーキに白米はあり派だ。
「いただきます」
「キュキュ」
両手を合わせて感謝をささげる。こんなにも高価な肉を食べられることに感謝しよう。
「~っ!?」
その肉はほとんど抵抗を感じさせず、ナイフがすっと沈んでいく。焼き色の下には赤みがかったロゼ色が美しく、まるで芸術品のようだった。
切り分けた肉を口に運ぶと舌の上で広がったのは、炙られた脂の香ばしさと、どこまでも繊細な甘み。噛む必要があるのかと疑うほど、ほろりと溶け、肉の凝縮された旨みがじんわりと染み出す。
脂は少しもくどくなく、むしろ後味はすっきりとキレがある。目を閉じれば、芳醇な肉の旨みの余韻が静かに、けれど力強く残る。味付けは岩塩のみだ。そのため肉本来の味がこれでもかと主張してきた。
「キュキュキュウ!!」
「ああ、本当にうまいよな。ハリーもこの肉のおいしさが分かるのか」
今まで食べたどんなものよりも反応を示すハリー。
焼いた肉も食べられるのかとも思ったが、どうやら問題ないようだ。随分とグルメなハリネズミさんだ。いや、これほどの肉ならそれも当然か。間違いなく俺が今までに食べた肉の中で頂点の味だった。
「キュキュウ!」
「残念だけれど、この肉はこれだけしかないんだよ」
「キュウ~……」
うっ、その悲しそうな顔はずるい……。ある意味ここが田舎でよかった。ハリーの悲しそうな顔を見たら、すぐにこの肉を買いに出てしまうところだったぞ。
それに高価な炊飯器で炊いた米は一味も二味も違う。まあこの肉のおいしさ補正があるのかもしれないが。
俺ひとりでは先日食べた肉くらいしか買えなかったが、一緒にうまい肉を食べてくれるハリーがいたからこそ思い切ってこんな高級な肉を買えたわけだ。ハリーには感謝だな。