第69話 カオスな状況
「……相変わらず師匠はいろいろとひどい」
ため息を吐きながら右手をこめかみに当てるリリス。
すごいな、俺だったらたとえ師匠が相手であっても、そんな自分勝手な理由でリリスが俺の世界へ渡るのを防いでいたという事実にブチ切れてしまいそうだ。
……いや、これはもう怒るというよりも呆れているか、諦めているのかもしれない。リリスはヴィオラさんと付き合いが長そうだから、こういう人であるのを知っているのだろう。
「その制限はすぐに外せるもの?」
「おう、ちょちょいのちょいだぜ。だけど鏡に入るのは俺が先だからな!」
「……わかった。別に構わない」
……Sランク冒険者と聞いていたけれど、子供みたいな人だなあ。
「そういや俺よりも先にこのちっこいのが入ったのか。まあ、魔物はノーカンでいいだろう」
「キュウ?」
ヴィオラさんがハリーの方を見るけれど、ハリーはヴィオラさんの言葉がわからないからきょとんとしている。
この人ならそんな理由でいきなりハリーに襲い掛かってもおかしくなさそうだから少しほっとした。
「ほう、こいつが異なる世界の物か。それにケンタの服もこっちの世界の服とだいぶ違うな」
そういいながらアウトドアチェアや釣り竿、俺の服を順番に見ていくヴィオラさん。
「師匠、ケンタの世界は魔法がない代わりにいろいろな技術がこちらよりも遥かに進んでいる」
「むっ、推測のひとつではあったがやはりそうか。こちらの世界へ迷い込んできた物の中に魔道具のような物は一切なく、簡単な魔法で可能なことをわざわざ複雑な仕組みを使って再現している道具もあった。実際にそんな世界が存在するのかとも思ったが、本当に魔法がない世界だったとはな」
「………………」
急に真面目な顔をして考え込むヴィオラさん。さっきまでの自由奔放な様子からいきなり真剣な表情をして鋭い考察を語るヴィオラさんに面食らってしまう。
そういえばこちらの世界に流れてきた物を見て、異なる世界の感じて研究を始めたんだっけ。そして実際にリリスと一緒に俺との世界へ繋がる魔道具を開発してしまったのだから、天才というやつなのだろう。
「そういや、リリスが手に持っているのはなんだ?」
「これはタブレットといってケンタの世界の道具。これひとつでこっちでは考えられないほどすごい機能が詰まっている!」
リリスの手には自分の杖と先ほどまで小屋で使っていたタブレットを手に持っていた。
目をキラキラさせながらタブレットの画面を点けてヴィオラさんに見せるリリス。こうしてみると小さな子供が好きな物を親に見せてはしゃいでいるようにしか見えず、なんとも微笑ましい。さすがにリリス本人には言えないけれど。
「こうやって風景を切り取って保存することができる!」
「うおっ、こいつはすげえ! 本当にどういう仕組みなんだ!?」
リリスがタブレットを操作し、写真アプリを起動してスワイプしながら写真を見せていく。
ヴィオラさんもとても驚いた様子で興奮している。この世界の文明レベルで初めてタブレットを見たら、そういった反応になるのも頷ける。
ひとつのタブレットの画面を2人でのぞき込み、楽しそうにあれこれ子供のように話している様子を見るとほっとする。ヴィオラさんも自由奔放で子供みたいな人だけれど、悪い人ではないみたいだな。
「すっげ~! 文字もこっちの世界のものとは全然違うじゃねえか!」
「ケンタの国の言語で日本語という。他にも英語という言葉も使われている」
「なあ、こっちのどういう機能なんだ?」
「師匠、ケンタの世界の物はそれほど丈夫じゃないから、あんまり乱暴に――」
バキッ。
「「あっ……」」
「キュッ……」
俺とリリスとハリーの声が重なった。
リリスが両手で持っていたタブレットを無理に自分の方へ寄せようとしたヴィオラさんの親指がタブレットの画面を貫いた。タブレットの画面にはぽっかりと穴が開き、穴からはタブレット内部の電子回路がみえ、もちろん画面は消えてしまった。
……てかこの人、いったいどんな力をしているんだよ!?
「そういや身体強化魔法をかけたまんまだったっけ……。いや~すまん、すまん」
そうか、こちらの世界には魔法があったんだ。もしかするとさっきヴィオラさんが空から降ってきたのも普通にジャンプしてきただけなのかもしれない。
……あの状態で握手とかしないで本当によかった。俺の手が握りつぶされていたかもしれない。
片手でごめんのジェスチャーをするヴィオラさん。謝罪が軽すぎる気もするが、こういった人なのだろう。
「う、うわあああああん!」
「ちょっ、リリス!?」
起動スイッチを何度入れても画面が点灯しないタブレットを前にして、突然リリスがその瞳から大粒の涙を出して泣き始めた。
リリスと出会ってから、彼女がここまで取り乱したのは初めてだ。これまで常に冷静だったリリスが年相応の女の子のようにガチ泣きしている……。
最近はずっとタブレットを使っていて、自分でいろんなアプリを入れたり、背景画像を変えたりと愛着を持っていたことは知っていたけれど、ここまでだったとは……。




