第56話 気分は母親
「キュキュウ~」
「一昨日食べたステーキと同じくらいおいしかった」
「2人とも気に入ってくれたみたいだね。また作ってみるよ」
クラウドワイバーンのカツは好評だった。
カツを揚げるためにはパン粉や油の処理など面倒なことが多いけれど、3人分一気に作れる上に余った分は揚げたての状態で保存できるから、多少は手間の掛かる料理を作ってもいいかもしれない。それに時間だけはいくらでもあるからな。
「食後はまたタブレットを見てもいいけれど、しばらくは寝る前に回収するからね」
「……わかった。頑張って我慢する」
予想はしていたけれど、リリスのさっきのタブレットに対する集中力はとてもすごかったから、放っておくとまた徹夜して朝まで触っていそうだ。強制的にできないよう夜中はタブレットを俺の世界へ持っていく。
俺も学生のころに初めてスマホを買ってもらった時は夜遅くまでいじっていたからリリスの気持ちは分かる。そしてリリスの集中力は俺なんかよりもすごいから、たぶん止まらなくなってしまうだろう。
多少リリスの興味が落ち着くまで、夜は没収だ。……なんだか今になってゲームは1日何時間と決めていた親の気持ちが少しだけ分かった気がする。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「キュウ~」
「おはよう、ハリー。やっぱり家のベッドはいいなあ」
「キュ」
家の良いベッドでの寝心地はレジメルの街までの往復の野営や宿のそれとは天と地ほども違う。安全で寝心地の良いベッドで毎日寝られる幸せな日本に生まれたことを感謝しないといけないな。
「それじゃあ朝食を作ってリリスと一緒に食べようか」
「キュキュ」
いつものように朝食を作って鏡を通って異世界へと移動する。
「ハリー、ケンタ、おはよう。待っていた」
「キュウ」
「おはよう、リリス。……目が赤いけれど、ちゃんと寝られた?」
小屋にはリリスがすでに待っていた。
ただ、目の周りが少しだけ赤かった。ちゃんとリリスが寝られるようにタブレットはこちらの世界へ持ってきたおいたはずなんだけれど。
「楽しみ過ぎて少しだけ寝られなかった。あと、ちょっとだけ今日何を調べるか考えていた」
「………………」
どう見ても少しやちょっとだけじゃなさそうである。
遠足が楽しみ過ぎてあまり寝られなかった子供のようだが、しばらくは仕方がないか。
「はい。あんまり集中し過ぎないようにね」
「ありがとう!」
朝食を食べ終わり、さっそくリリスにタブレットを渡してあげる。
リリスは無邪気な子供のような笑顔で喜んでいた。
「今日はドローンで遊ぼうか」
「キュキュ♪」
今日も湖のほとりの小屋でのんびりと過ごすとしよう。リリスもいろいろと聞きたいことがあるみたいだし、ドローンを操縦してハリーと一緒に遊びながら過ごすとしよう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「リリス、悪いけれどよろしく頼むよ。でも無理はしないでね」
「大丈夫、任せて」
そしてさらに翌日。
午前中はのんびりと過ごして、軽い昼食をとったあと、ハリーにはまたキャリーケースに入ってもらった。今日は午後からリリスの飛行魔法でベリスタ村へ連れていってもらう。
レジメルの街でいろいろと購入してきたついでにお土産を買ってきたので、それを渡しに行く。それに加えて街では魚の販売をしていなかったので、以前もらっておいしかった湖の魚や野菜を購入させてもらうつもりだ。ベリスタ村の人たちはあまりお金が必要ないかもしれないから、物々交換できそうなものを持っていく。
以前のように俺とハリーだけでも行けるけれど、収納魔法を使えるリリスがいてくれると、よりたくさんの食材を持って帰ることができるからお願いした。
タブレットをプレゼントしたばかりで申し訳ないけれど、リリスも快く引き受けてくれた。ベリスタ村はそこまで距離がないので、ここからマウンテンバイクを使わずにそのまま飛行魔法で一気に移動してもらうつもりだ。
もちろんリリスとハリーが一緒にいるからといって油断はせず、服の下には防刃チョッキを着込み、すぐにクマ撃退スプレーを発射できるように用意はしてある。
「それじゃあ行こうか。ハリーもちょっとだけ我慢していてくれ」
「キュウ!」
キャリーケースもあんまり大きくないから窮屈だろうけれど、空から落ちたら大変だからな。
さあ、ベリスタ村へ向けて出発するとしよう。