第41話 迫る影
「このあとはこの森を超える」
「……うん、聞いていた通りすごく広い森だね」
お昼ご飯を食べて少し進むと、深い緑色に染まり生い茂った森が見えてきた。空から見ても森の終わりが見えてこないほど広い。
街へ行くためにこの森を迂回してしまうと余計に時間がかかってしまうため、この森の上空を超えていく。
「さらに上昇するから厳しくなったら言って」
「了解だよ」
「キュウ~」
ここまでは地面から5~6メートルのところを飛んできたけれど、森の木々はかなり高く、20メートル近くあるかもしれない。
当然その森を超えるためにはそれ以上高く飛ばなければならない。
飛行魔法でだんだんと上昇していくのだが、めちゃくちゃ怖い……。森の木々があるとはいえ、落ちたら大怪我どころか命に関わるだろう。だけどここまで来たら、リリスを信用することに決めた。
「キュウキュウ♪」
「ハリーは度胸があるなあ……」
かなりの高度だというのに、ハリーは楽しそうにこの景色を楽しんでいる。
確かに景色はとても綺麗なのだが、ここまで高いと恐怖の方が勝ってしまう。バイクや車などとは違って自分が動かしている実感がないからだろう。どちらかというとジェットコースターに乗せられている感覚かもしれない。
アニメや映画とかでヒーローが空を飛ぶシーンを見かけるけれど、よくみんな怖くないよなあ……。
リリスは俺に気を遣ってくれているみたいだし、前を向いていればギリギリ耐えられる。これは下を見ない方がよさそうだ。
「これで半分くらいきた」
「結構早いね。魔力はまだ大丈夫そう?」
「さっき休憩もしたし、まだ余裕」
「さすがだね。でも厳しくなったら、無理はせず休んで大丈夫だよ」
「キュキュウ」
どうやら森の半分くらいは来たようだ。魔力は大丈夫そうだが、本当に無理はしないでいい。魔力が切れていきなり落ちるなんてことはないと思うけれど、それでも気を付けてもらうとしよう。
「……ちょっと、止まる。前方からこっちに何か来る」
「えっ!? うわっ!」
順調に進んでいると思われたその時、突然急ブレーキがかかり、慣性の法則に従って身体が持っていかれた。
「一度地面に降りる」
「だ、大丈夫……」
「キュ、キュウ……」
リリスと一緒にゆっくりと地面に降りる。ここは森の中でも少し開けた場所になっていた。
急にブレーキをかけたことで、キャリーケースの中にいるハリーがケースの前面におでこをぶつけてしまったらしい。
「……本当だ、なんだあれ?」
「キュウ?」
空中でブレーキをかけた時は何も見えなかったが、確かに俺たちが飛んでいたよりも上空から影が見えた。リリスはあれに良く気付いたな。
「ちょ、ちょっとデカくない……?」
初めは小さいと思っていた影だが、近付いてくるにつれてその影が大きくなってきた。そして思ったよりも速度が速い。
「あれは魔力を持った魔物。私の魔力に気付いたみたい」
そうか、俺にはわからなかったけれど、リリスは魔力がわかるんだった。そして相手の魔物もリリスの魔力を探知することができるのか……。
「グロオオオオオ!」
「なっ、ドラゴン!?」
近付くにつれてその影の姿が明らかになっていく。
片翼だけで何メートルもあるほどの大きな青い体躯、鋭い牙を持ち、棘の付いた尻尾を持ったトカゲのような姿。あれはアニメや映画なんかで見たドラゴンの姿だ!
「ドラゴンはもっと大きい。おそらくあれはクラウドワイバーン」
「ちょっ、なんでそんなに冷静なの!? 早く森の中に逃げようよ!」
この際ドラゴンだろうとワイバーンだろうとどうでもいい。明らかにあれはこちらの方に向かってきている。
「キュキュウ!」
「ハリーも逃げるよ!」
針を逆立てて戦闘態勢に入るハリー。だけどさすがにあんなのとは戦っていられない。
護身用の武器なんかはリリスの収納魔法に預けているけれど、万一のためにクマ撃退スプレーだけは身に着けているのでそれを取り出す。ただ、あの巨体の顔にスプレーを当てられる自信はない。
森の木々の中に入ってさえしまえば、あの巨体は邪魔になってスピードが落ちるはずだ。その隙に何とかスプレーを当てて逃げるしかない。
「あれくらいなら問題ない」
そう言いながらリリスは迫りくる青いワイバーンにまったく動じず、持っていた杖を目の前に掲げた。
「グロオオオオオ!」
ガンッ。
「グギャアアア!」
「っ!?」
ザンッ。
「へっ……?」
ダナマベアとは比べものにならないほどの恐怖に手が震え、スプレーを噴射することができず、もう駄目だと思った瞬間に突然ワイバーンが見えない壁のようななにかに衝突した。
そしてそのまま地面に落下していくワイバーンの首が見えない刃に斬られたかのように宙を舞った。
「討伐完了。クラウドワイバーンは食材としても悪くない味。街で解体してもらう」
「「………………」」
淡々とした口調でそう言うリリスに思わず俺とハリーは絶句してしまった。