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第4話 見えない壁


「そういえばこの小屋は長い間放置されていたけれど、動物なんかに荒された形跡はまったくなかったな。もしかするとあの見えない壁のおかげか? でも俺は通れるみたいだ」


 ゴブリンの行く手を阻むあの見えない壁のおかげで命拾いしたようだ。しかし、なぜ俺は問題なく通れるのだろう?


「あっ……」


 ゴブリンが見えない壁を壊そうとしていると、その後ろからゴブリンよりももっと巨大な黒い獣が姿を現した。


「ゲギャアアアア」


 ゴブリンは見えない壁にやっきになっており、先ほど俺が追いかけられたクマもどきに気付かなかった。クマもどきは立ち上がり、その鋭い右爪でゴブリンを紙きれのように切り裂いた。


「グルアアア!」


「ひっ……」


 ゴブリンの青い血が周囲に飛び散りクマ型のなにかが大きな咆哮をあげ、思わず俺の膝が笑う。


 先ほどのクマ撃退スプレーのダメージが残っているのか、まだ目と鼻があまり利いていないようだが、俺を追ってきたのかもしれない。本来ならばもっと長時間効くはずだが、クマ撃退スプレーを使ったのは初めてだし、うまく当たらなかったのか。


 そしてそのまま先ほどゴブリンが壊そうとしていた見えない壁に攻撃を始めた。ゴブリンを引き裂いた鋭い爪、強靭な牙、その巨体での体当たり。ありとあらゆる攻撃を仕掛けているが、どうやら見えない壁はかなり強固なようで、破られる様子はなかった。


「グルウ……」


「ふう……。去っていったか」


 何かあったらすぐにでも鏡を通って元の世界に戻ろうと思いつつ、双眼鏡で様子を窺っていたが、ようやく諦めて去っていった。


 いつの間にか持っていた双眼鏡が手汗でだいぶ湿っており、足もガクガクと震えていた。ブラック企業で働いていた時も辛かったが、命にかかわるような恐怖を受けたことはなかったため、だいぶ衝撃だった。


「あの見えない壁は何なんだろうな? この小屋の周りだけは安全なのか?」


 ゴブリンとクマもどきはあの透明な壁の先へ進むことができなかった。クマもどきは多少の理性はあるらしく、通れなかった場所だけでなく場所を変えてこの小屋の方へ向かおうとしていたが、そこにも見えない壁があった。


 それにしてもゴブリンやクマもどきに見えない壁か、これはもう完全に地球とは別の異世界だな。


 本当に命が無事でよかったよ。


「キュウ?」


「うおっ!?」


 思わず大声で叫び、この場から思いきり飛び退いてしまった。


 クマもどきが立ち去って気が抜けたところで、足元から突然鳴き声がしたからだ。


「……ハリネズミ?」


 俺の足元にいたのは丸い背中に、短くて硬い針がびっしり生えた、30センチメートルほどのネズミのような生き物。針の間から柔らかそうな白い肌と小さな足がちらりとのぞき、パチクリとした黒い瞳が妙に可愛らしい。


 さっきまでクマやらゴブリンやらに襲われていたから、なんだか急に和んでしまった。


「キュ~!!」


「あっ、ごめん! 何もしないよ!」


 俺が突然大きな声を出したからか、ハリネズミが少し後ろに下がる。そしてこちらに向かって威嚇をしながら、背中に生えている針を逆立たせた。


 先ほどのこともあって、もはや何かと戦おうなどという気は微塵も起きなかった。小さくて可愛いハリネズミだが、わけのわからない世界だし、めちゃくちゃ強かったり、毒をもっていたりする可能性もある。腰に携えた手斧には手を出さず、後ろに後ずさりながら敵意がないことを示すために両手を上に挙げた。


「キュウ」


「ふう~わかってくれて良かったよ」


 敵意のないことを察してくれたらしく、背中の針が元に戻っていった。ハリネズミって怒るとあんな感じになるんだな。


 というか、このハリネズミは俺と同じで見えない壁を通り抜けられるのか。もしかすると何か条件があったりするのだろうか?


「キュウ~」


「ははっ、人懐っこいんだな。ういやつめ」


 ハリネズミはそのまま俺の近くまで寄ってきて、俺の足元へすり寄ってきた。


 そうだよな、いくらなんでもあんなふうに好戦的な生物ばかりじゃないよな。地球なら野生動物がいきなり襲ってくることなんて稀なはずだ。


 ああ~クマもどきとゴブリンに襲われた恐怖が和らいでいく。


「そうだ、ちょっと待ってて」


「キュウ?」


 一度小屋に戻って鏡を通り、納屋に戻ってスマホで検索をする。


「ふむふむ、ハリネズミは雑食で、ミミズや昆虫、カエル、トカゲなんかを食べるらしい。おっ、果物も食べるらしいな。確かリンゴがあったはずだ」


 購入してあったリンゴを台所に持っていき、包丁で一口大に切る。そのまま鏡を通ってまた異世界へと戻る。


 ハリネズミは俺の言う通りその場に残っていてくれた。


「甘い果物だけど食べるか?」


「キュウ~♪」


「うまいか? 全部食べていいんだぞ」


 カットしたリンゴを載せた皿をハリネズミの前に差し出すと、少し匂いを嗅いだあとにリンゴを少しかじり、そのまま勢いよく食べ始めた。


 どうやら気に入ってくれたらしい。小動物がなにかを食べている姿はとても可愛らしくて、見ているだけでとても癒された。


「キュキュ~!」


「気に入ってくれてよかったよ」


 結局ハリネズミはカットしたリンゴを丸々一個食べきった。言葉はわからないが、とても喜んでいることはよく分かった。この子のおかげで少しだけ気持ちが癒されたお礼だ。


「それじゃあ元気でな」


「キュ~……」


 ハリネズミはなんだか寂しそうにしている。


 しかしあんなに危険な生物がいるとは俺の考えが甘かった。謎の見えない壁があるとはいえ、もうこっちの世界に来るのは止めた方がいいのかもしれない。


 とりあえず全力で走って逃げてきて死ぬほど疲れたし、もうすぐ日も暮れる。今日はもう家に帰るとしよう。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「キュウ~」


「う~ん……」


 なんだろう、頬が冷たい。まだ眠いのに……。


「うおっ!?」


 思わずベッドから飛び起きた。


「お、おまえ……どうしてこっちに?」


「キュキュウ!」


 寝ぼけていた頭がようやくクリアになる。


 周りは昨日と変わらない引っ越してきたばかりの家のベッドの上だ。しかし、ベッドの上には昨日鏡の向こうの世界で出会ったハリネズミがいた。


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