第37話 久しぶりの時間
「へえ~近くで見るとすごく可愛いな。それにすごく人懐っこいぞ」
「キュキュウ~♪」
お茶を出して一息つく。
雄二はソファに座って、テーブルに乗っているハリーの背中を優しく撫でている。ハリーの背中の針は普通の状態だと柔らかいからな。
「名前はハリーっていうんだ」
「ハリネズミだからハリーか。せっかくだから写真を撮らせてくれよ」
「キュ!」
「ああ、構わないぞ」
パシャパシャとスマホでハリーの写真を撮る雄二。実は俺のスマホの中にもハリーの写真がいっぱい入っている。やっぱりハリーを最初に見た時にすることは一緒らしい。
「最近流行の動画配信者とかになってみたらどうだ? ああ、もうお金はあまり必要ないのか」
「そうだな。配信者になってお金を稼ぐとかは必要ないかな。だけどハリーの可愛さをみんなに見てもらいたい気はするぞ」
「キュウ?」
首をかしげているハリーもこれまた可愛らしい。
人気配信者になって投げ銭をもらってお金を稼ぐ必要性はないけれど、ハリーの可愛さを全世界に発信するという考えは悪くないかもしれない。
「それにしても仮想通貨かあ。勤め先がブラック企業だったのは嫌だが、大金を稼いでこの歳でリタイヤ生活はちょっとだけ羨ましいな」
「俺からしたら雄二の方が羨ましいぞ。いい会社に就職して、仕事も順調みたいじゃないか?」
「ありがたいことに仕事の方は順調だけれど、ストレスがないわけじゃないぞ。これまた上司が口うるさいのなんのって……」
「はは、上司のヤバさで言ったら、絶対に俺の方がヤバい自信はあるぞ。今日は泊っていくんだろう。早速酒でも飲みながら話そうじゃないか」
「おっ、いいねえ! 昼間っから飲む酒は最高だからな。酒とツマミはたくさん買ってきたから、これまでの話をじっくりと聞かせてもらおうじゃないか」
「ああ。そっちの近況も教えてくれよ」
「キュキュ」
雄二はうちに泊っていって、明日の朝に帰るそうだ。ちなみに最近はまったく曜日の感覚がなくなっていたけれど、今日は土曜日だった。無職になると曜日感覚がなくなってくるな。
「そこまでヤバい上司がいるのか……。確かにそれと比べたら俺の上司なんて可愛いものだな」
「ああ、それで文句を言っていたら、全てのブラック企業の社畜たちからぶん殴られても文句は言えないぞ」
お互いの上司の愚痴を言い合いながら、酒が進んでいく。
雄二にはようやく元会社の実情を話せたことがあって、今まで胸につかえていた物が取れた気分だ。
「キュウ~♪」
ハリーの方はというと、好きなサブスクのアニメを見つつ、雄二が酒のつまみとして買ってきてくれたジャーキーをおいしそうに食べていた。
「おっと、そろそろちゃんとした晩飯を食べるか。ちょうど良い肉があるんだ」
「ほう、そいつは楽しみだ」
「ああ、楽しみにしておいてくれ」
雄二とハリーを居間へ残し、台所へとやってきた。
急にうちへ来ることになったので準備はできていなかったが、せっかくなら雄二にはうまいものでも食べてほしかったので、今朝リリスの収納魔法から取り出してもらい冷蔵庫へ入れていたダナマベアの肉を用意する。
リリスの収納魔法は入れた時点で時が止まるらしいので、冷蔵庫に入れておくよりも長持ちするのだ。
「ハリーも好きだったから前回食べた鍋でいいか。鍋のスープもまだ残っているからな」
ダナマベアの肉を薄切りにしていく。野菜はベリスタ村でもらった物がまだ残っている。収穫したばかりの野菜には敵わないが、それでもこっちの世界のスーパーで購入した野菜よりもおいしいぞ。
「うおっ、こいつはうまいな! 肉も野菜も普通の鍋より全然うまいじゃないか!」
「はっはっは、そうだろう。特に肉は他じゃ味わえないと思うぞ」
「ああ。牛とも豚とも違う肉みたいだな。何の肉なんだ?」
「……え~と、クマの肉なんだ。実は知り合いにこの野菜と一緒にもらったんだよ」
……うん、嘘は言っていないぞ。ザイクたちから譲ってもらった肉と野菜だからな。まあ、異世界産の食材なのは言わぬが花というやつだ。
「へえ~クマの肉なんて食べるのは初めてだぜ! すごいな、健太。立派にここの生活に馴染んでいるじゃないか!」
「はは、まあな……」
うん、多少は異世界での生活にも慣れてきたところだ。
「キュキュ♪」
「ハリーもよく食べるな。それにしても、ハリネズミって鍋とかでも食べられるものなんだな」
「あ、ああ。ハリネズミは雑食だからな。大抵のものは食べられるみたいだぞ」
「キュウ!」
……さすがに普通のハリネズミは鍋にした肉とかは食べないと思うけれど、そういうことにしておこう。
そんな感じで夜遅くまで友人である雄二と久々に楽しく過ごした。