第35話 ひらがなとカタカナ
「ご馳走さまでした」
「キュキュ」
「ご馳走さま。こんなにおいしい料理は初めて食べた」
「そこまで気に入ってくれるとは思わなかったよ。でも確かに揚げたての唐揚げはおいしいよね」
タレの味や漬け込みの時間など、まだまだ改良点はあるのだが、それを除いてもこの出来立ての唐揚げはおいしかった。これは食材の味がかなり良いのだろうな。
やはりこちらの世界の食材はいろいろと食べてみたいところだ。
「ねえ、リリス。さっきの魔法で空を飛びながら、俺とハリーも一緒にここから一番近い街まで行くことはできる?」
先ほどは風魔法で空を飛んでいた。あの魔法を利用して、街までひとっ飛びなんてことはできないだろうか?
「……たぶん可能だけれど、一気に行こうとすると魔力がもつか怪しい。街で何かあった時のために魔力を使い切ることはしたくない。どこかで休憩をして休めば大丈夫」
さすがに3人を一気に運ぶのは魔力とやらをたくさん使うみたいだ。確かに魔物がいる世界でこちらの世界よりも危険が多そうな世界だし、身を守るためにも魔力とやらを使い切った状態で街に入るのは危なそうだ。
「なるほど。ところどころで休憩をして行くとしたらどれくらいかかりそう?」
「ここから一番近い街はテフロアの街で、この湖の反対側からしばらく進んだところにある。ケンタとハリーと一緒なら休憩も含めて二日はかかりそう」
「それでも二日あればいけるんだね。今じゃないけれど、いつかは行ってみたいな」
「キュウ!」
ベリスタ村の方角なら、湖の反対側まではマウンテンバイクで進んで、そこからリリスの魔法を使って運んでもらえばいい。そうすればリリスの負担も軽いはずだ。
「もちろん大丈夫。異なる世界の街へ行ってみたいケンタの気持ちもよく分かる。その代わり、もしも私がケンタの世界へ行けるようになったら同じように街を案内してほしい」
「ああ、約束するよ」
それくらいならお安いご用だ。こちらの世界には車があるからな。すぐに街まで行くことが可能だろう。
それにしても異世界の街か。ベリスタ村へ行く時は事前にドローンで偵察ができたから良かったけれど、今回はそれも難しいだろうな。護身用の道具をいろいろと購入しておいたし、街へ行く時は持っていくとしよう。
「……マジか。もうひらがなとカタカナを覚えちゃったの?」
「キュウ?」
「基本的にはどちらも記号として覚えるだけだから簡単。問題はケンタの世界の物の名前が分からないものだらけで、それを理解する方が時間はかかった」
昨日の昼過ぎにリリスへ渡した小学生用の国語のドリルがすべて解かれていた。俺とハリーがザイクたちと一緒に過ごしていた今日の午前中までで、もうひらがなとカタカナを覚えてしまったらしい。
そりゃひらがなもカタカナもいってしまえば記号だが、それでもこれだけの短時間で覚えられるなんてすごすぎる……。この世界の魔法使いの人ってみんなそんなに賢いのだろうか?
「これはなに?」
「これはくるまという乗り物だよ。こっちはひこうきだね」
そうか、文字自体は分かっても、こちらの世界の物の名前自体がわからないということか。確かにその辺りは俺が教えてあげないと駄目なわけだな。
「キュキュ!」
「そうそう。この車はハリーも一緒に乗ったやつだよ」
ハリーが国語のドリルを見ながら、くるまの絵を指差す。街のデパートへ行く時に乗ったから、ハリーも分かるようだ。
「……ハリーが羨ましい。ケンタ、こっちは?」
「これはね……」
ハリーも楽しそうに国語のドリルの絵を見ているし、これはこれで楽しいのかもしれない。リリスはとても賢いようだが、見た目は完全に小学生か中学生くらいなので、学校で授業をしているみたいだ。
どうやらこの後の時間はリリスの勉強会になりそうだな。青空の下でイスに座ってのんびりと授業をするのも楽しいものである。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして翌日。昨日はリリスが日本語を勉強するのを手伝っていた。意外と異なる言語を学ぶことも面白いらしく、鏡の研究は一時中断してずっと日本語を学んでいたからな。
鏡のおかげで俺の言葉がそのままリリスに通じてしまうからリスニングについては学ぶことはできないが、翻訳の魔法なんかもあるようで、文字だけ学べればいいようだ。
一日中勉強をしていたこともあって、すでにひらがなとカタカナは完全にマスターし、今はもう漢字を学び始めている。ここまで早いとは思わなかったな。この調子なら、すぐにアルファベットと英語を俺よりも深く理解してしまいそうである。
う~ん、リリスにタブレットを渡すか迷うところだな。すでにひらがなとカタカナができるから、ネットに繋がるスマホやタブレットを渡せば、自分で何でも調べることができてしまう。
だけど、必要以上のことを学べてしまうから難しいところだ。近代兵器の仕組みなんかに興味を持ってしまったらいろいろとまずい気もする。今はネットでなんでも調べられる時代だからなあ……。
とりあえずそっちの方は保留にしておこう。リリスが危険なことをするとは思えないけれど、まだ少し早い気もする。それに異世界の街へ行ってみて、文明レベルやこの国の状況はどんな様子なのかを自分の目で見てからでも遅くはないだろう。
「さて、今日は何をしようかな」
「キュ」
ピコンッ。
「んん?」
今日は何をしようか考えていたところで、俺のスマホの通知音が鳴った。