第25話 魔法の力
「おっと、もう日が暮れてきたみたいだ。お腹もすいてきたし、今日はこの辺りにしておこうか」
「……まだ聞きたいことが山ほどある」
「焦らなくても俺の方は時間が山ほどあるから大丈夫だよ」
リリスは少し不満げな表情を見せる。まあ、長年師匠と研究していた異なる世界の研究成果が突然現れたのだから、その気持ちは分からなくもない。
リリスには俺のことについても話した。大金を手にして仕事を辞めてのんびりと暮らしているから時間はいくらでもあると伝えてある。
ぐううううう~。
「うう……」
「「………………」」
またしてもリリスのお腹が鳴った。
ちょうど俺もお腹が空いてきたところだけれど、それはリリスも一緒だったようだ。まだ話したいことはありそうだけれど、お腹の方も正直らしい。
「これから晩ご飯を作るけれど、よかったらリリスもどう? ちょうど食材はたくさん余っているところなんだよ」
「……ありがとう」
「はい、簡単な料理で悪いけれどね」
「キュ♪」
一度鏡を通って元の世界へ戻り、パパっと料理を作って戻ってきた。お盆に載せた3人分の料理を小屋の中のテーブルまで運ぶ。
前にこの小屋を掃除しておいて正解だった。さすがに掃除をする前のホコリだらけの部屋で食事をする気はしなかったからな。
料理の方は野菜と肉を炒めただけの簡単な肉野菜炒めだ。野菜はいっぱいあるけれど、魚はお昼で使い切って、他の食材はほとんど用意していなかったから、本当に簡単なものにした。
「いい香り! それにこの短時間でこんなに」
「ご飯は冷凍していたのをレンジで温めて、スープはインスタントのものを……あとで詳しく説明するよ」
さすがに今からご飯を炊くのは時間がかかるので、以前多めに炊いておいて、冷凍後で保存していたものを電子レンジで温めた。インスタント味噌汁はお湯をケトルで沸かして注いだだけだ。
何気にいつも食べているご飯だけれど、様々な文明の利器を使っているのを忘れてしまいそうになる。
「いただきます」
「キュキュ」
「何かの儀式?」
「ああ、俺の国では食事をする時は食材に感謝を込めてこうするんだよ」
「なるほど。いただきます」
リリスも俺とハリーと同じように両手を合わせる。ハリネズミのハリーとエルフのリリスと一緒に食卓を囲んで、日本式のいただきますをするのはなんだか変な感じもするな。
「少し甘みがあってもっちりとして柔らかいけれど、味は普通?」
「ご飯は俺の国の主食で、それ自体はそこまで味はしないから、他のおかずと一緒に食べるんだよ」
「……っ! こっちの料理は普通の野菜とお肉なのに味付けがすごくおいしい!」
「これは焼き肉のたれといって、いろんな調味料や香辛料を混ぜ合わせたもので味を付けたんだ」
自炊をしていた時も重宝していた焼き肉のタレだが、肉と野菜を炒めながら焼き肉のタレをかけるだけで結構な味に仕上がるのだ。
「確かにこっちの濃い料理とご飯を合わせて食べるとちょうどいい感じになる。それにこっちのスープも初めて食べる風味だけれど、とってもおいしい」
「味噌汁は俺の国特有のスープだけれど、気に入ってくれてよかったよ」
ベリスタ村でも思ったけれど、やっぱりこちらの世界では料理の味は薄めのようだ。焼き肉のタレの味付けは少し濃かったかもと思ったけれど、ご飯とあわせれば問題ないみたいだな。
そして異世界でも味噌汁の味は受け入れられるらしい。昔は味噌特有の発酵した香りや出汁の良さが好き嫌いの分かれるところだったらしいけれど、最近では外国人の方にも広がっているらしいぞ。
「ごちそうさまでした。食べ終わった時はいただきますと同じようにこう言うのが俺の国の習慣なんだ」
「キュキュ」
「ごちそうさまでした。本当においしかった。忘れていたけれど、お昼の分も含めて代金は支払う」
「これくらいはいいよ……って、なにそれ!?」
別にそこまで大した料理ではないので断ろうとした時、リリスの目の前に突然黒い渦が現れ、リリスがその中に右手を突っ込むと、黒い渦を境にしてその手が消失した。
「これは収納魔法といって、物を入れておける空間を出せる魔法。ここに来るまではずっとこの中に入れておいた非常用の食料を食べていた」
「な、なるほど……」
そう言いながら黒い渦の中をまさぐりそこから手を引き抜くと、消えていた彼女の手が元通りになり、その手の中には金色の貨幣が握られていた。
つまりはゲームのアイテムボックスのようなものか。リリスは俺の世界のスマホやドローンに驚いていたけれど、俺からしたらこの世界の魔法に驚かされる。
どういう仕組みなのかさっぱりわからないけれど、収納魔法やあの見えない壁、別の世界を繋げることができる魔法。機械や科学よりも魔法のほうがよっぽどすごいと思うのだが……。昼間にリリスが受けていた世界間規模のカルチャーショックを俺も受けてしまったようだ。