第22話 謎の少女
振り向くとそこにはひとりの女の子がいた。
小学校高学年か中学生くらいの年頃で、紫色の髪をツインテールにしている。そして彼女の耳は普通の人よりも長く、先端がとがっていた。もしかするとベリスタ村の人たちから聞いたエルフという種族かもしれない。
紺色のローブを身に纏い、先端に水晶のようなものが付いた杖を持っている。
「早く答えて」
「キュキュウ!」
「ハリー、ちょっと待て!」
静かだが有無を言わせない口調で女の子はこちらに杖を向けてきた。
ハリーが針を逆立たせ、臨戦態勢に入るのを止め、俺も足下に置いてあるクマ撃退スプレーに手を伸ばすのを止める。いきなり攻撃してくるのではなく、会話をしてくるということは交渉をできる余地があるはずだ。
それにしてもこの女の子はあの見えない壁を通ることができたのか……。それにこの女の子が背後に近付くまでまったく気付かなかった。草むらをかき分ける音まで聞こえないとはどういうことだ?
「俺はケンタだ。この辺りを旅していて、ここで何日か野営をさせてもらっている。そっちに俺たちが泊っているテントがある。君と戦う意思はないから、杖を下ろしてほしい」
少し奥にある先ほど設営したテントを指差したあと、戦闘の意思がないことを伝えるように両手を挙げた。ハリーはまだ針を逆立たせているが、攻撃はしないでくれた。
だが、それでも女の子は警戒をしているのか、杖を下げてくれない。
「……周囲にある結界はどうやって通った?」
「結界?」
もしかしてあの見えない壁のことか?
「特に何もしていないよ。普通にここまで入って入って来られたけど……」
「確かにあなたは魔法使いには見えない。ちゃんと人払いの魔法式の効果は発動しているのに……」
魔法――それはこの世界にある不思議な力だとザイクたちから聞いていた。この子はきっとその魔法使いなのだろう。人払いの魔法式とはザイクがこの小屋を見えなかったあのことか? それともゴブリンやダナマベアを退けたことだろうか?
「君はなんでその結界のことを知っているの?」
なぜ女の子はこの小屋に来て、あの見えない壁の存在を知っているのだろうか疑問が湧いた。
「……ここは師匠が研究に没頭するために建てた小屋で、結界は私が張った」
「なっ! 君の師匠があの鏡を作ったのか!?」
「っ!? 鏡のことを知っている。まさか、あの鏡を通ってきたの?」
「あ、ああ……」
まさかこの女の子が小屋とあの鏡の関係者だったとは……。
「信じられない、魔力が繋がっている。まさか本当に師匠の実験が成功して別の世界と繋がるなんて……」
「最初は俺の家の納屋にあった鏡が光っていたんだ。それで鏡面を触ってみたら手が吸い込まれるようになって、全身入ったらこの世界に来ることができたんだよ」
エルフの女の子は俺の話を信じてくれたようで、杖を下ろしてくれた。ハリーも臨戦態勢を解いてくれて、今は女の子と一緒に鏡の前にいる。
「しかしなんでまた別の世界を繋げる実験なんてしていたんだ?」
「師匠はすごい魔法使いだったけれど、とても変わり者だった。こっちの世界には極稀にこちらの世界の物とは考えられない物が存在していて、それらを調べた結果、この世界とは別の世界があること師匠は考えていた。そういった物をずっと研究していた」
「なるほど」
この異世界にも俺の世界の物があったらしい。もしかするとこっちの世界でいうオーパーツ的な物は異世界の物という可能性もあるのか。
とりあえずこっちの世界を侵略しようとかいう話ではなくてほっとした。まあ、それならこんなボロい小屋じゃなくてもっと大規模な国家間での研究とかになっていただろうな。
「……入れない。どうやって鏡を通るの?」
「えっ、ちょっと待って! あっ、俺は入れるのか、焦ったあ……」
女の子が鏡に手を触れると、なぜか鏡の中に入れなかった。鏡を通ることができなくなったのかと焦って鏡の中に入ったが、問題なく元の世界に戻ることができた。
「ハリーも入れるよな?」
「キュ!」
ハリーにも確認してもらったけれど、俺と同じで鏡を通って世界を行き来することができた。もう一度女の子が鏡を通ろうとするが、先ほどと同様に普通の鏡のように鏡面に触れられてしまった。
「なんで私だけ……。それにこの子はあなたの言葉を理解しているの?」
「キュウ?」
「俺にもよくわからないけれど、俺の言葉や俺の世界の人の言葉が理解できるんだ。それに俺も本の文字は読めなかったけれど、そっちの世界の人の言葉が理解できるんだよ」
「たぶんそれは鏡に翻訳の魔法式が組み込まれているから、お互いの世界の住人の言葉がわかるようになった。さすがに魔物にまで効果があるとは思わなかったけれど」
どうやら俺が異世界の住人の言葉を理解できるのはこの鏡のおかげらしい。道理でハリーはこの女の子やザイクの言葉はわからないのに俺の言葉が分かったわけだ。
「だけどなんで私だけそっちの世界に行けないのかわからない」
「あんまり鏡をいじって俺が帰れなくなるのとかはやめてくれよ……」
確かにそこだけはよく分からない。女の子は鏡に触れたりして調べているけれど、それで俺が元の世界に戻れなくなったら困る。
ぐううううう~
「「………………」」
「ち、違う! 急いでここまで来たから、全然食べていなかったの……」
鏡を調べていた女の子のお腹から突然ものすごい音が聞こえた。
顔を真っ赤にして首を振っているその様子は年頃の女の子のようで微笑ましい。
「そういえば俺たちも昼ご飯の途中だったな。お互いにいろいろと聞きたいこともあるし、ご飯を食べながら話をしないか?」




