第17話 サイクリング
「いやあ~本当においしかったなあ」
「キュキュ~」
ダナマベアの鍋はあまりにもおいしく、用意していた肉の量では足りなかったので、新たに冷蔵庫から肉を切り分けたくらいだ。ハリーも身体の大きさに比べて結構な量を食べていた。
今では二人仲良くリビングのソファで行儀悪く寝っ転がっている。
「それにしてもあの肉はうまかったなあ。ハリーたちはいつもあんなにうまいものを食べているのか?」
「キュキュ!」
ハリーが激しく首を振る。
「キュ!」
「ああ、あの鍋の味がおいしかったと言いたいんだな。確かに鍋のスープもおいしかったけれど、あれは肉自体がすごくおいしかったよ。ハリーの世界にはおいしい食材がいっぱいあるんだなあ」
ハリーはまだ片付けていない空になった鍋を指差すが、鍋の味だけでなく、ダナマベアの肉自体がとんでもなくうまかった。例えば先日食べたA5ランクの肉は品種改良された優秀な牛を徹底的な管理の下で育てたからこそ出せる味だ。
あのクマは多少珍しい魔物らしいけれど、それでもいきなり出てきたクマがあれだけおいしいとは思わなかったな。あの見えない壁のような不思議な力のある世界だし、そういったことも関係しているのかもしれない。
しかしあれだけうまい肉が手に入るとなると、ちょっとだけ考えてしまう。もちろん俺が命をかけて狩りなんてするつもりはないが、ザイクのいる村や近くに街なんかがあれば食材を手に入れてみるのもいいかもしれない。
「……ちょっと怖いけれど、明日はザイクのいる村へ行ってみるかな?」
「キュウ?」
「もしかしたらこのクマみたいにおいしい食材があるかもしれないし、この辺りの情報を集めてみたいんだ」
「キュ」
ハリーも頷いてくれる。特においしい食材の部分に反応したようだ。
あのクマを倒せるハリーが一緒に来てくれるのならとても心強い。例の壁の外に出るのは少し怖いから、しっかりと準備をしていくとしよう。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「いざ異世界の村へ!」
「キュキュ!」
朝一で街の店へ行き、いろいろと購入してきた。
それとは別にドローンを通販で購入した時に頼んでおいた防刃ベストとアームカバーを着込み、この前アウトドアショップで購入しておいた防刃グローブとスネークガードを装着した。
防刃ベストやグローブはその名の通りナイフや包丁などの斬撃を通さない。防弾チョッキとどちらにするか迷ったが、こちらの世界では銃よりも斬撃や魔物の牙や爪の方が怖いのでこちらの方にした。
そしてクマ撃退スプレーも予備を含めて3本分用意し、ザイクのいる村なら大丈夫だとは思うが他の対人用の武器もいくつか用意しておいた。
「さて、村までの道筋はすでにドローンでチェックしておいた。そしてそこまで行くのはこいつだ!」
「キュウ!」
すでにドローンで村までの道のりは把握済みだ。といっても、この大きな湖を右方向に辿っていけば道に迷うことはない。ドローンから見える範囲だが、危険そうな生物もいなかった。
そして村までは多少の距離もあるので、そこまでの乗り物も用意した。それがこのマウンテンバイクだ。
マウンテンバイクとは山道などの舗装されていない場所を走ることに特化した自転車だ。太いタイヤやサスペンション、頑丈なフレームなどが特徴となる。この異世界ではコンクリートで舗装された道なんてないだろうし、普通の自転車ではあまり走れないだろうからな。
前輪と後輪にサスペンション機能の付いた30万円くらいする結構いい物を買った。ちょっと高い買い物だったけれど、こいつはどちらにせようちの近くでも普段使いできそうだからな。
オフロードバイクというバイクも考えたのだが、スピードを出して転んだら大変だし、そもそも大きくて鏡を通せない可能性が高い。あの鏡を通れるくらいの大きさじゃないと持ち込めないからな。
「結構揺れるかもしれないから、ハリーはこっちの籠にしっかりと掴まっていてくれ」
「キュ!」
このマウンテンバイクの前には自転車用の籠を付けてもらった。こんな本格的なマウンテンバイクに籠を付けるなんて本気かとも自転車屋さんの店員に言われてしまったが、店員さんの気持ちも分からなくはないかな。
前の籠にはクッションを入れて、ハリーが座っても痛くないようにしておいた。
「う~ん、気持ちがいいな。それに景色も最高だ」
「キュウ~」
湖のほとりを走っているのだが、景色がとてもすばらしい。左側には常に綺麗な湖面がキラキラと光っている。
草むらが多いけれど、路面状況はそれほど悪くなく、すいすいと走ることができた。サイクリングというのも良いものだな。