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〔ライト〕な短編シリーズ

魔法学校で好きになった人は、エタりそうな異世界転生者でした。

作者: ウナム立早


 私の名前はローメリア。ランダロン王国の国立魔法学校で、日々魔法の勉強にはげんでいる、ただの学生。


 今年から高等部に進級した私は、女友達のクレリーからこんな噂を聞いた。


「私たちの学校に、異世界から転生した男子が転校してくるんだって」

「えっ、転生者が?」


 異世界よりの転生者……今までいろんな転生者の話を聞いたことがあるけど、実際に目にしたことはなかった。


「そう、今までは田舎の学校にいたらしいんだけどね、あまりの魔力の高さに、学校長が惚れ込んじゃったらしいの」

「へえ、転生者らしい経歴だね」

「この学校でも上位……いや、トップを狙える実力らしいよー」

「トップかー、いいなぁ」


 転生者たちは、私たちの世界からは考えもつかない技能や知識を持っていたり、反則チート級の実力を生まれながらに備えている場合が多いそうだ。


「おまけに一緒に転校してくる女子生徒が何人もいて、エルフの貴族や魔法使いのドラゴンの一番弟子、それに古代人の末裔までいるんだってさ。ハーレムと言ってもレベル高すぎよね」

「あはは、錚々(そうそう)たるメンバーってやつだね」


 運にも人にも恵まれている。私たちとは、まさしく済む世界の違う人なんだと思ってた。


「ローメリアもさ、大賢者ハムスの末裔で、成績も上位なんだし、もしかしたら彼とお近づきになれるかもしれないよ」

「滅多なこと言わないでよ、クレリー。私なんか、親の期待に答えられない凡庸な子なんだから……」




「そりゃあっ!」

「ぐおっ……ま、まいった!」


 彼は転校してから三十日も経たずして、早くも頭角を現わしてきた。


「うおおっ、すげえ!」

「何だあの魔法は!?」

「今まで見たこともないぞ!」


 他の男子生徒が言うように、彼は今までにない特殊な魔法を操っていた。そして強さも群を抜いている。


「勝者、マルリク!」


 寮内の序列を決めるための、魔法による試合。彼の対戦相手は男子寮の寮長だった。つまり、これからは彼が男子生徒たちのトップだ。


「さすがですわ、マルリク様」

「これで寮のトップ、寮長だね!」

「最年少寮長の記録も更新したようですよ」


 彼のまわりに、煌びやかな服装と、端正な顔立ちをした女子たちが集まる。


「みんな、ありがとう。寮長として上手くやっていけるか不安だけど、みんなのためにもがんばってみるよ」


 穏やかな口調で、表情も柔らかい。第一印象は、間違いなく好青年だ。


「いやー、たまたま男子寮の試合やってたから見てみたけど、やっぱ強いね。それに人柄もよさそうだし」


 私の隣でクレリーが、感心した様子を見せる。


「うん、本当にすごい。トップになるのは、ああいう人なんだろうね」


 我ながら、感情のこもってない返事だった。その時に私が彼に感じたものは、ただ、女神か何かに選ばれた人という印象だけだった。




 その日の午後は、図書館で豊穣の魔法を調べるのに熱中しすぎて、出るときには空がうす暗くなっていた。


「ふう、さすがに肩が凝っちゃったな」


 学校の中庭を通り過ぎる時、ほとんど人の気配がなかったので、私は腕を伸ばしたり、ぐるぐると回したりしながら歩いていた。


 ところが、しばらく進んでいると、花壇の近くに人がいるのに気がついた。


「あれ、あの人は」


 花壇にある色とりどりの花を、物憂げに見つめる男子。その人は、かの異世界からの転生者、マルリクだった。


 その顔つきは、最初に見たときとまったく印象が違っていた。


「おや、どうしたんだい。花壇の花に、何か用でも……」


 マルリクが私に気付き、振り返った。私は慌てて、頭の上で伸ばしていた腕を降ろす。


「あ、いえ。ただ、通りかかっただけです」

「そっか。ごめんね、呼び止めて」


 そしてマルリクは、また視線を花壇の花に戻した。やはり違う。全体的に、孤独な雰囲気が漂っている。


「花が、好きなんですか?」


 私は声をかけてみた。マルリクはゆっくり振り返ると、口角を少し上げる。


「うん。好きさ。転生する前は、花を育ててたんだ。僕が転生者だってこと、君も知っているだろう」

「え、ええ」


 さすがに今となっては、校内でも影響力がありすぎるため、マルリクが転生者だと知らない人はほとんどいなくなっていた。


「さすがに世界が違うから、見たこともない花もたくさんあるんだけど、中にはここの花壇にある花のように、前世の世界によく似たものもあるんだ。だから、懐かしくてね」


 マルリクは私を警戒する素振りも見せず、自分のことを自然に話しているように見えた。


「なぜ、私にそんなことまで話すのですか」


 疑問を投げかけると、マルリクは苦笑いした表情を見せた。


「誰でもよかった、って言ったら、怒るかな?」

「いえ、そんなことは」

「たまには何でもない会話がしたくなるんだ。最近はね、何となく不安で」


 午前中に寮のトップに立った者とは思えないほど、弱弱しい口調だった。


「あなたはつい先ほど、寮のトップになったばかりじゃありませんか。生徒のみんなや先生方からの期待を、一身に背負ってらっしゃるのに」

「だから、余計に不安なんだ」


 その言葉を聞いて、私は、マルリクとの間になにか繋がりを感じた。期待されて、不安になる。私が以前から感じていたもの。


「もうだいぶ暗くなったし、僕は寮に帰るよ」

「あ、あの」

「うん?」

「この中庭、いつも来てるの?」

「いつもってほどじゃないけど……」

「また、一緒にお話できたらと思って」

「……わかった、明日もここに来るよ」

「そうですか! では、今日はこれで……」

「ちょっと待って!」

「あ、はい!」

「ごめん、名前を聞いてなかった」

「ロ、ローメリアっていいます」

「ローメリア、いい名前だね。僕のことも、マルリクって呼んでいいから」

「……はい!」

「それじゃ」


 静かに去っていくその姿は、普通の人と変わりなかった。私の彼に対する印象が、がらりと変わった出来事だった。




「ふーん、それから度々(たびたび)会って話をしてるんだ。やるじゃん、ローメリア」

「ま、まあその、恋人ってわけじゃないけど。マルリクの話を聞いてると、なんだか共感する所があるんだ」


 ランチの時間、私とクレリーは学内の施設で軽食を取りながら、近況を報告し合っていた。


「でも気を付けた方がいいよ、異世界の転生者ってのは、突然()()()ことがあるからね」

「え、エタる、って、何?」

「やだ、知らないの? だったら、今から教えてあげる」


 クレリーの話によると、異世界の転生者たちはある日突然、行方知れずになることがあるらしい。一度エタると、その者が戻ってくることはほとんどないそうだ。


「特にさ、その人が妙に思い悩んでいたり、退屈そうな顔をしていたら要注意だよ。エタる前兆だって、よく言われてるから。まあ今のマルリクを見てると、そんな感じは無さそうだけどね」

「……うん」




 その夕方も、マルリクは中庭にいた。ここ数日は、毎日のようにマルリクに会っている。


「今日はさ、学校長に呼び出されて、王国騎士団の元で訓練を受けてみないか、って言われたよ」

「へぇー、まだ学生なのに。学校長はマルリクを相当気に入っているんだね」

「そうなんだよね。まあ、まだ詳細がわからないから、結論を先延ばしにしたけど……」


 マルリクの表情が、曇り始めた。最近は話している最中に、こんな顔になることが多い。クレリーの話が、頭をよぎった。


「ねえマルリク、最近思い悩んでることとか、ない?」

「え? どうしたの急に」

「マルリクが、なんだか元気ないように見えるの」

「……ローメリアはよく気がつくね」


 マルリクはそっと息を吐くと、花壇の花を見つめながら言った。


「僕の魔法は、花や木や、大自然の植物から魔力を分けてもらって、威力を増幅してるって前に言ったよね」

「ええ、たくさん自然に触れ合うほど、その威力は際限なく大きくなる。条件さえ整えば、無敵の能力になるって」

「確かにそうさ。でも、僕が持っている力は、結局のところそれだけなんだ」


 マルリクの目線の先が、花から自分の手のひらへと変わる。


「これからこの力をどうやって活用するのか、将来にむけてどう役立てていくのか、全然想像ができないんだ。学校長はあれやこれやと僕に何かをやらせようとしている。まるでおとぎ話に出てくる勇者みたいな扱いでね。でも、見えてこないんだ、僕がこれから、成長して何かになっていく展開図が」


 転生者たちがなぜ、エタるのか。その気持ちが、わずかながら感じ取れたような気がした。


「マルリク、聞いて。私も前に話したよね、私は大賢者ハムスの末裔で、試験でもいい成績を取っているけど、両親からは冷たくされていること」


 目線が、今度は私の方に向けられた。弱弱しい眼差しだった。


「冷たくされている理由、あまり言いたくはなかったんだけど、マルリクには聞いてほしいの。両親からの期待が、私にとっては大きすぎたのよ。大賢者ハムスの末裔なら、魔法学校で不動の主席になってもおかしくないと、子どものころから言われ続けてきたの」

「ローメリア……」

「だけど蓋を開けてみれば、私はただの優等生に過ぎなかった。普通なら、ただの優等生でも全然かまわなかったのに。両親は失望し、私を冷たい目で見るようになった。期待に答えられなかっただけで、私はどれだけ苦しい思いをしてきたか」


 胸がだんだんと熱くなる。涙が溢れそうになっている。それでも、じっと私を見続けるマルリクに、私は思いのたけをぶつけるしかないと思っていた。


「マルリク、あなたは自分自身の期待に、自分がし潰されそうになっているのよ。自分の無限の可能性を信じたい気持ちがありながら、心のどこかでは、限界があるように感じている。それがマルリクの漠然とした、未来への不安の原因だと思うわ」


 話している時、頬に涙がいくつもつたっていったけど、ほとんど気にならなかった。


「どうしたらいい……?」


 マルリクは静かに呟いた。目線は、花壇の花よりも、さらに下の方になっている。


「どうしたら、この不安が無くなるんだろう」

「マルリク……まず、手の届く幸せに目を向けたら、どう?」

「手の届く幸せ……」

「この花壇の花のように、高嶺の花ばかりじゃなくて、すぐそばにある幸せを見つけるようにすればいいのよ。そうすれば、今の自分は十分に満たされていると、感じられるようになるはずよ」

「そう、なのかな」

「きっとそうよ、だって私にとってはマルリクが――」


 続く言葉が、出なかった。目頭の熱さが、頬へと伝染していく。


「そうか……どんな力を持っていたとしても、だからといってでかいことを成し遂げなきゃいけないって、決まりはないよね」

「その通りよ、力には色々な使い道があっていいはずだわ」

「僕がもし、大したことができなくなっても、ローメリアは僕のそばにいてくれる?」

「うん……えっ、それって……」


 顔の熱量が、ますます上がっていく。それを見て、マルリクは笑った。自然な、優しい笑顔だった。


「ローメリア、僕は自分の進路を見直してみるよ。僕の力でできることを、もう一度調べなおしてみる」

「ええ、それがいいわ!」

「ありがとう、ローメリア」


 すっかり暗くなった中庭で、私とマルリクの影が、静かに重なった。




「お久しぶりー、ローメリア」

「クレリー、会いたかったわ!」


 魔法学校を卒業して数年後、私はパーティの会場でクレリーと再会した。


「南の国の魔法研究所はさぁ、いつも暑くて、なかなか大変だよ」

「あはは、すっかり日焼けしちゃってるね」


 久しぶりに会っても、クレリーの感じは変わらなくて、なんだか安心した。


「ところでさ、あのマルリク、結局エタっちゃったんだね」

「えっ」

「どの同級生に聞いてもさ、行方がわからないとか、話題になるような活躍も聞かないって言うし、卒業する前ぐらいから、話聞かなくなったなーとは思ってたんだけどさ。ローメリアも残念だったでしょ」

「……そっか、クレリーにはまだ言ってなかったね」

「え?」

「今、マルリクはね……」




「ただいま、ローメリア」

「おかえり、マルリク。今日の魔法塾はどうだった?」

「相変わらず悪ガキのお遊びだよ。でも魔力と精度は日に日に上がっているからね、期待の星たちさ」


 マルリクは現在、生まれ故郷に戻って、子どもたちに魔法を教える塾を開いている。小さな規模で、目立たない塾だけど、塾生はどんどん増えているらしい。そして家庭では、私の夫でもある。


「そう言えばお昼に、魔法学校の卒業生たちでパーティーがあったんだけど、みんな、マルリクのことをエタったと思っているみたいよ」

「ひどいなぁ。たしかに塾の経営が忙しくて、なかなかパーティーに行けない身だけどさ。ああ、そうそう、今日は花屋で、珍しい植物を見つけたんだ」


 そう言うと、マルリクは小さな包みをテーブルに置いた。中身を取り出すと、トゲの生えた丸っこい植物が鉢に植えられていた。


「へえーこんな植物があるんだ」

「暑くて、乾燥したところにしか生えないらしいよ」

「クレリーなら、ひょっとしたら知ってるかもね」


 穏やかな空気が、家中を満たしている。


「じゃあ、こいつも仲間に加えよう」


 そう言うと、マルリクは部屋の一室を開けた。そこには、マルリクと私で集めた、古今東西の花や植物たちが、活き活きと色づいている。


「幸せだよな。手の届く幸せが、こんなにたくさんあるなんて」

「ふふっ、そうね。あなた」


 私はマルリクに身を寄せた。


 エタってしまった異世界の転生者たち。もしかしたら、その何人かは、遠く果てない期待を追いかけるのをやめて、身近な幸せに手を伸ばしたのかもしれない。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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