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ミルク色に染まる風呂からは、ほんのりと甘い香りが立ち上がっていた。先に湯場に入ったアリアはすでに湯船に入っている。湯気の中でも、湯船にアリアの谷間が浮かび上がっていた。
心頭滅却という言葉がある。
雑念を配して集中すれば、苦難も乗り越えられるという。だが、甘い香りの邪念しかない空間で集中するものは肢体以外にない。
貯めた水を魔法陣で温めて排出する管から湯が出る。水を魔法陣であえて作らないことで魔力を大幅に削減でき、安定した湯水の供給が行える。その放水機から湯を出して、乱暴に頭を洗う。メガネを外してろくに見えな苦なっているアリアが、じっとこちらを見てくる視線を感じる。
「っ」
誰かの手が、頭に伸びて、体が跳ねた。これでアリアの手でなければホラーだが、アリアの手でも困る。
「後ろ向いて」
湯船から身を乗り出して、アリアが両手を頭に乗せるのがわかる。指で、頭皮をマッサージしているのか、泡で遊んでいるのか判断に困る。
「アリア……言っておくが、お前に夫婦としての義務を強要するつもりはないし、娼婦の真似事を求めるつもりも、ないんだぞ」
「えっと、お風呂、いや?」
私の護るべき対象が、ネギを背負って自ら火に飛び込んでくる。
嫌かと言われれば、吝かではない。
いや、ダメだ。貴族の閨事は跡取りを作るための義務的行為になることが多い。アリアの家のように、恋愛結婚であることの方が珍しいのだ。
現に、私の生物学上の父親は、正妻との間に息子を二人作ってからは愛人やメイドに手を出している。
「ふふ、あわあわ」
途中から遊びだしたので、無視して湯を出して頭を洗い流す。
「にゃっ」
アリアが小さな悲鳴をあげるが振り向くつもりはない。
そもそも、断固として拒否するべきだった。
いまだに、初夜の後に書き置きをして旅に出たアリアへのトラウマは残っている。また、目が覚めてアリアが消えていれば、一生不能になりかねない。
「そもそも、誰から渡された本に感化されたんだ」
髪の水気を絞り、このまま出るか悩みながら問う。
「えっとね、お母さん」
「………」
母親とは、娘の貞操を守るべきではないのか。娘を大事にしていたリリア夫人からこんな裏切りを受けるとは思わなかった。
「ふーふのマンネリ? を防止するのも妻の役目だって」
家族とのやりとりに間で検閲をするつもりはなかったが、必要かも知れない。
「お前はそんな心配をしなくてもいい」
「でも、お妾さん、持って欲しくないから。頑張る」
頑張らなくていい。
「アリア、無理にこういうことを」
迂闊に振り返ってしまった。
猫足の湯船から身を乗り出して、水に滴るアリアがこちらを見上げている。
以前の薄暗い寝室よりも、ずっと光量がある。湯気はあるものの、ピンクに染まる肌を隠すほどではない。
無意識に唾を飲み込んでいた。
「えっとね……。前に、いっぱいぎゅうってしてもらったの。嬉しくって……でも、ヴァーナードいつも忙しそうだったから、わがまま言っちゃダメだって思ってて。でも、今日は早く帰ってきてくれたから。お風呂なら、前みたいにぎゅってしてもらえるかなって」
濡れた谷間に水が流れていくのが見えた。
アリアの髪を乾かさないと風邪を引く。冷静か冷静でないのかわからない頭がそんなことを考えていた。
「嫌だから、旅に出ると書いたんじゃないのか」
「やじゃないよ?」
知識はある。実践経験は前世でならば申し分はない。だが今生では無様だった。アリアが相手なのだから余裕があるはずもない。
二度目も、大変に不様を晒した。違う点は、アリアに足枷をつけて、逃げられないように
したことだろう。
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