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 朝の支度をメイドや侍従に手伝わせる貴族はまだいるが、最近の服は一人で着られるものが多い。夜会でもない限り着替えに人を使う必要はない。


 シファヌは着替えが終わった頃に新聞と朝の確認に来るが、今日はいつもよりも遅くにやってきた。昨日やり残していた仕事に目を通していたので特に困らない。


「申し訳ございません、すぐにお茶を」


「いや、気にするな」


 アリアの世話を任せている。そちらの仕事に問題なければいいと思っていた。後から入ってきたアリアに目を向け、頭を抱えたいのを堪えた。


 シファヌは少し髪に寝ぐせがある程度だが、きっちりとメイド服を着ている。


 だが、アリアは以前に切られた短いスカートのメイド服だ。エプロンと白いソックスはつけておらず、黒いワンピースの下には長い生足が伸びている。それなのに頭にはホワイトブリムがきっちりと乗っている。


 シファヌはアリアのその恰好を一瞥し、こちらに目を向けた。それに気づいて私は視線の先を変える。


「アリアさん、お茶をお願いします。私は新聞を取って参ります」


 短く指示をしてから、シファヌが生暖かい視線をこちらに向けて部屋を出て行った。妙な気遣いと的確な判断が今は辛い。


 アリアはまだ状況が理解できていないながらもお茶を淹れる準備を始めた。まだ寝ぼけているらしく、目を擦りながら茶葉の入った瓶を読みずらそうなほど近くに持ってきていた。


「んにゅ……お茶?」


 後ろ姿から、アリアの尻の形がよくわかる。中にパニエを履いていないのだ。


 邪な視線を向けていることに気づいて頭を振る。


 アリアは護るべき尊い存在だ。非道なことを行ったあの男達と同じ視線を向ける自分に酷い嫌悪を感じる。


 あのままアリアを実家に返せば、婚約破棄発言を間に受けたゴミの誰かが手を出していた可能性もある。屋敷に連れてきたのは正しかった。だが、メイドの仕事をさせる必要はあったのか。自問するが他に策が出てこない。ただ説明して理解する相手ではない。


 会社の新規企画でもここまで煮詰まった事はない。


 陣車の魔法陣特許のおかげで高額所得が約束され、農産業に対しても貢献した。魔法が発動しにくいという特殊な土地であるサナリア国は他国に遅れをとっていたが、私のおかげで工業面でもかなりの強みを持てるようになった。


 国王と交渉し、爵位も得た。


 そう、全ては計画通りに進めている。前世の記憶のおかげもあるが、今生の私には商才と魔法陣学の才があった。


 多少力技を使っても、望む結果にしてきた。


 だが、アリアだけは思うように動かない。


 学校に行きたいと言い出したのも、今回の婚約破棄も。今の艶めかしいメイド姿も。全て想定外だ。


「えっと、ご主人様。お茶になります」


 アリアが少し前屈みで気をつけながらカップを私の目の前に置いた。


 視線の先の胸部には、尻とはまた違う立派な双丘が揺れている。


 E、いや、FかGはあるのではないか。そう考えていると、形が普段見慣れたものでないと気づいてしまった。


「……」


  唾を飲み込む音を聞かれていないだろうか。


 アリアは、胸につけるべき下着を付けていないと、確信してしまう。


 たわわな胸が、黒い布を押し上げている。不躾な視線に、アリアは気づいていない。さらに、胸の一番高さがある場所のボタンがきっちり留まっていなかった。それがぴっと外れ、服に隙間を作り、谷の間を眼前に晒す。


 気を落ち着けようと、カップに手を伸ばす。


「ぐぶふっ」


 一口飲んで思わず咽込んだ。


 口に広がる雑草を絞ったような青臭いエグ味ある風味、咽せたことで鼻にまで入り、鼻腔いっぱいに広がる青い臭み。なんとも形容し難くも、まずいと一言で言えない奥深い不快な味わいだ。


 まるで正気を取り戻すための気つけ薬のようだった。そして効果は抜群だ。


「……アリア」


「はい」


 お茶の感想を待っているのか、期待に満ちた顔でこちらを見ている。流石にもう目は醒めたようだが、自分の惨状には気づいていない。


「婚約者でありながら、メイドの仕事をさせられることに不満はないのか? 嫌ならば、対応は考えてもいいんだぞ」


 もう婚約破棄などと言い出さなければいい。もしくは、私が納得できる相手を連れて来るならば私は喜んでアリアを送り出そう。


「一年働けば、融資とかの借金はなしになる?」


「……ああ。卒業式までのものに対しては、今後返済を求めることはない」


 馬鹿なアリアでもわかるように匂わせたつもりだが、全く理解していないようで納得したように頷いている。


「なら、一年後には家族にも迷惑をかけずに婚約を破棄できる。だったら、私は完ぺきなメイドさんになって、借金を返しますっ」


「そうか」


 だが、卒業式以降に出した金は別だ。無論、アリアの最終学年でかかる学費は全て私持ちだ。彼女の実家への融資も変わらず行う。それらに関しては返済を求めないとは言っていないのだ。そんな簡単な策略になぜ気づかないのか……。


「私との結婚は強要しない。もし、アリアが好きな相手ができればこちらも鬼ではない。相手によっては考えてもいい」


「?」


 アリアが理解できなかったのか首を傾げている。


「他に好きな男ができたから、婚約破棄を求めたのではないのか?」


「えっと、そんな人いないし。そもそも、友達すらいないのにいつ出会えと」


「……」


 学校内でアリアに群がろうとする蠅は多かったが退けた。


 同性に関しては、友達作りまでは邪魔していない。


 アリアの馬鹿だがずば抜けて外見がいい。アリアは他者とあまり話す機会がなかった結果、馬鹿であることは知られていない。結果として異性だけでなく同性にも妙なファンが発生し、互いに牽制し合った結果、直接の接触を禁じるようになったらしい。結果、アリアに友達はいない。


 そんな問題あり、アリアが二年に上がるときに私も入学した。早々に特別進級を果たして同級生の二年になり、アリアに勉強を教える立場になった。出来の悪いアリアの成績を保たせるために厳しく接していた自覚はある。


 そして予定外にもう一段階特別進級をさせられてしまい、四年のところを二年で卒業してしまった。


 後一年。ひとりで通わせることは正直怖い。いっそアリアを退学させたほうが安心だ。だが、アリアは嫌がるだろう。


 生徒でなくなった以上、学内に安易に入ることはできなくなった。


 夏季休暇の間に何とか態勢を整えられるか……。


「あっ、そうだ。他に大事なひとができたのはあなたの方じゃない。別に、婚約破棄してって言われれば私はしてあげたし、その人のためにしばらく婚約を継続したいっていうなら、そうしてあげた。なのに、なんで私に嫌がらせしたり、友達候補に酷い事したりしたのっ」


 思い出したようにアリアが文句を言う。


 アリアが魔力漏れを起こし、机に置いていた書類が舞った。魔法の発動が他の土地に比べて何倍も難しいのにこれだ。


「付き合っている相手も、他に好いた相手もいない」


 アリアに付きまとうゴミムシの幾人かは退学や退職にさせたのはした。アリアに対する害意が酷いものも処理はした。それを友達候補への酷い事と言うならば否定はしない。


 だが、アリア以外に大事な護るものがいると誤解されるのは癪で訂正を入れた。


 私が大切なのはアリアだけだ。これまでもこれからも変わらない。


「でも、平民の女学生をいつも連れているって、マッカス公爵令息が言ってたし、確かに、近くに女の子がいた気がするし」


 私が他の女性を帯同させていてもアリアの興味はこの程度だろう。わかっていながらどこかでむなしさを覚えてしまう。


「それは……はぁ、正式には公表していないし、公表するつもりもないが、腹違いの妹だ」


 嘘ではない。


「ええっ、妹がいたのっ!」


「父親に認知されていないから平民だ。私の妹と分かれば色々と面倒に巻き込まれるだろうからと公表もしていないが、学内ではまだ貴族が幅を利かせているからな。保護のために一緒にいることもあっただけだ」


 義母妹のユナには、学内の偵察をさせるために入学させたが、言う必要はない。


「なんだ。兄は妹が大事だものね。なるほど」


 何か納得しているようだが、アリアの家のシスコンと一緒にされるのは心外だ。


「マッカスが言った事は私への悪意からだ。やつが始める商売に私が邪魔だからその嫌がらせにお前を使っただけだ。それに、お前に渡された証拠は全て推測で、私が直接行った事実や命じたと言う証拠もない」


「えっと、つまり、全部嘘、だと」


「………」


 全てではない。こういうことは、わずかでも事実を織り交ぜることが重要だ。そして否定するときはそれらを直接否定してはならない。


「アリア、少なくとも私はお前に金も時間もかけてきた。嫌がらせをしたいならば実家への融資を止めれば済むことだ。騙されたとはいえ、その挙句卒業を祝う場で恥をかかされた身にもなってみろ」


「ゔぐぬ。ごめんな、さい」


 騙されやすく、素直で影響を受けやすいアリアが素直に謝罪した。


 こんな些細なすれ違いで婚約破棄をしてもいいと思う程度の関係だった。


 それは、自分が作ってきた希薄な関係性で、対アリアでは思い通りいかない中、珍しく予定通りに進んだことだ。


 なのに、寂しさを感じる勝手な自分がいる。


 ふと、またアリアの胸元に目が行った。下で手を握ってしょんぼりとしている。胸が両サイドの腕で寄せて上げられ、谷間がより深く影を落としている。


 気付け薬の茶を手に取り飲み干す。


 目の奥に響くようなまずさが邪な視線を罰するようだ。


 アリアを全ての害悪から護り、平穏で幸福な生活を送らせたい。だと言うのに、護るべき相手が一番の敵であり。護り手である私も敵かも知れない。




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