2
どうしてこうなったと首を傾げる。
私に対して色々と嫌がらせをしていたのがヴァーナードだと言われた時も首を傾げた。
なんとなく記憶にあるがあまり覚えていなかったことも多かった。
私は昔から物覚えがよくないから嫌な事もあまり覚えていない性質らしい。
卒業式が終わって、ヴァーナードの婚約者としてパーティーにも出ることになっていたから、ご馳走が食べられるのがとても楽しみだった。用事があるから先に会場に入っていて欲しいと連絡があったのは残念だけど、その分たくさん美味しいものが食べられる。
そう、そこまではよかった。
マッカス公爵令息が近くに来て、もっと酷い事を知らされた。
ヴァーナードは平民の学生と恋仲で、今回エスコートしなかったのは彼女のためだと。私との婚約は、他の女避けに都合がいいから続けているだけだと。
食べていたローストビーフが急に味気なくなって、なぜか凄く不快な気持ちになった。
だから遅れてやってきたヴァーナードを見つけて婚約破棄を言い渡したのだ。
何故か、他に好きな人がいることを聞けなくて、嫌がらせを理由にしてしまった。
ヴァーナードは謝りも認めもしなかったし、婚約破棄もできなかった。
ぎゃふんと言わす代わりに、家の借金と私の学費援助の事実が発覚してしまった。そして彼の家でお仕事をすることになってしまった。
本当にどうしてこうなったのか。
対策と打開案を考えるべく一晩かけて悩もうとしたが、すやぁと眠ってしまい今は朝である。
幸か不幸か元々夏季休暇で実家に帰るための荷物の準備はしていた。
「お迎えに上がりました、アリア様」
黒髪に大柄な男の人のバックスと、緑の髪に小柄なスタラ女の子が迎えに来て、荷物と共に陣車に乗せられた。
高そうな陣車である。
私が小さかったころは馬車しか無かったが最近は田舎でないと馬車は見ない。まあ、馬糞とかの処理が大変だから魔法陣で動く陣車が便利なのはわかる。
でも、馬の方が絶対可愛い。
途中、今の心境を口ずさんでいると、女の子がしくしくと泣き出した。お腹でも痛いのかと思ったが、そんなにヴァーナードのお屋敷に行くのは嫌なのかと聞かれてしまった。
「お仕事は初めてだからちょっと不安だけど、凄く嫌ってわけではない」
と言っておいた。流石に婚約破棄しようとして借金が発覚したとは言えない。
子牛が売られる歌を歌っていたが、よほど子牛に思い入れがあったのだろう。
高級な陣車でしばらく走ると、街の喧騒が徐々に遠ざかり、広々とした緑地が広がり始めた。目の前には、まるで物語の中に出てくるような広大な屋敷が姿を現した。
それに建物よりも土地がとても広い。温室らしき施設も見えた。
「アリア様ですね。お世話役のシファヌと申します」
門のような玄関の前に、青い髪をしたメイドさんが立っていた。
「はじめまして、アリア・アリスティーネと言います」
今日からここで働くのだ。先輩に対して自己紹介をする。
「では、お部屋にご案内します。アリア様」
実家や宿舎にいたおばあちゃんメイドさんと違って、若そうなメイドさんだ。今までにないプロフェッショナルな雰囲気だ。
あんな意地悪を隠れてしてきていたヴァーナードだ。ただメイドとして働くようなことはないだろう。
母が好きな小説で何度も見たことがある。
半地下の物置みたいな部屋か屋根裏部屋に押し込まれ、掃除していたらバケツで水をかけられたりするのだ。
ちょっと、わくわくしていると、三階まで登った。三階建てのお屋敷で、三階は当主や家族の住む場所にすることが多い。つまり、このまま上がって屋根裏部屋コースだな! と思っていたら、普通に奇麗で品のあるお部屋に案内された。
「こちらが、ご婚約者様としてのアリア様の御部屋になります」
「ええっ、屋根裏部屋では?」
「アリア様には、業務時間外はこちらでご婚約者様として過ごしていただきます。業務中は後輩のメイドとして扱いますのでご理解ください」
私の発言は無視され、淡々と説明された。そういう方向での意地悪かっ。
「頑張って働きますっ」
「本日は簡単な案内と基本的な仕事をします。着替えはメイド用の部屋に行きましょうか」
「はいっ」
連れていかれたのはベッドとクローゼットそれと小さな椅子とテーブルがある狭い部屋だった。狭いけれど普段から使っているからか綺麗に掃除されている。
「ここが、私の部屋っ」
「違います。仕事用の部屋です」
これならいびられていると言えそうだったが否定された。
「では、アリアさんもメイド服に着替えていただきます。こちらと、こちら、どちらにしますか」
クローゼットから取り出したのは二着のメイド服だった。サイズの確認だろうかと思ったが、違うのはスカートの丈だ。
「………えっと、メイドさんも短いスカートが流行りですか?」
平民には短いスカートを流行っているが、それにしたって短い。でも、洗濯とかならこっちの方が合理的かもしれない。
「ちなみに、こちらのスカートは失敗ごとに丈を切ります。それを踏まえて初めから諦めてこちらするか、それとも挑戦するか選んでください」
「なぬっ」
これがいびりか。だけど失敗しなければ、意味をなさない。
「もちろん、こっちです!」
膝丈よりも長いスカートのメイド服を選んだ。
別にメイドのお仕事が簡単だとは思っていない。けれどおばあちゃんメイドさんもできていた。
「私だって、少し失敗するくらいで大丈夫……なはず!」
その楽観的な考えが、数時間後には粉々に砕け散ることを、私はまだ知らない。
この少し下にある☆☆☆☆☆をぽちっと押してもらえると大変喜びます。
もちろん数は面白かった度合いで問題ありません!
ついでにイイねボタンやブックマークをしてもらえると、さらに喜びます。