表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/61

07話 自転車探し

「一先ず、結依の家を拠点にする」

「どうして?」


 神聖魔法で結依を治療した隼人は、今後の方針を示す。

 そんな隼人の言葉に、結依は首を小さく傾げた。


「ウイルスを除去した結依を移動させると、またゾンビに襲われる」

「そうなの?」

「少なくとも異世界では、そうだった」


 関係があるのかは知らないが、インフルエンザも2回罹ったように思われる。

 実際に襲われるのかを試したいと思うはずもなく、結依は襲われる可能性があることに納得した。


「結依は自宅のほうが勝手を知っているし、一応ゾンビも防げていた。俺の家は、窓ガラスを割られて、家捜しされていた」


 結依の家には3体のゾンビが取り付いていたが、一応侵入は防げていた。

 反対に隼人の家は、窓を壊されて、ゾンビが侵入可能になっている。


 ――俺の部屋の漫画すら、持ち去られていたし。


 隼人の家は、それくらい漁り尽くされたわけだ。

 生活に必要なものは、根こそぎ持ち去られている。

 そのため結依の家のほうが、遥かにマシだと隼人は判断した。


「そっか。良いけど」


 一緒の部屋で寝ることには、躊躇いがあるのだろうか。

 結依の言葉に含まれる微かな不安を感じ取り、隼人は自分で提案した。


「俺の部屋は、1階にしよう。ゾンビに対処できる」

「それなら、お父さんの部屋があるよ」


 明るい声で父親を売り払った結依に頷き、隼人は一室を確保した。


「それじゃあ、物資でも探してくる。まずは自転車が欲しいな」


 隼人は、物資を集めるための手段として自転車を手に入れることを考えた。

 ヒグマ並の身体能力でも、足で走るより、自転車に乗るほうが楽だ。

 現在の霧丘市は平穏ではないので、疲労を避けるのは当然の行動である。


 ――学校の自転車小屋には、鍵が掛かっていないやつがあったかな。


 もしかすると誰かの自転車には、鍵が挿されたままだったかもしれない。

 だが異世界から帰還した直後であり、倫理観が働いて、無意識に避けた。

 今にして思えば、学校に人間がおらず、代わりにゾンビが徘徊していた時点で、持ち主のことを気にする必要など無かったが。


「あたしの自転車ならあるけど」

「うん、まあ流石になぁ」


 結依の身長は、150センチメートル未満で、小学6年生ほどに思われた。

 それに対して隼人の身長は、平均的な日本の成人男性ほどだ。

 自転車のサイズは、体格に合っていない。


「何か言いたいことがあるならどうぞ?」

「俺が悪かった」


 謝罪はしたが、方針は撤回しない。

 隼人は自転車の調達先として、駅の自転車置き場を想像した。

 最寄りの霧丘北駅までは、結依の家から3キロメートルほどだ。


「駅だったら、自転車の鍵を掛け忘れたまま電車に乗って、霧丘市に戻って来られなくなった人も居るんじゃないか」


 平時でも、誰か一人くらいは、うっかり鍵を掛け忘れることもある。

 ゾンビ騒動でバタバタしていれば、なおのこと鍵を掛け忘れるのではないか。

 1台くらいは鍵が掛かっていない自転車がありそうだと、隼人は考えた。


「大丈夫?」


 不安そうに尋ねた結依に対して、隼人は気軽に答えた。


「ヒグマは、時速50キロメートル以上で走ったり、イノシシを狩ったり出来る。ついでに俺には、槍もある」


 取り出された槍の先端がキラリと輝くと、結依は呆れた表情を浮かべた。


「いってらっしゃい」


 気を付けてねとは、言われなかった。


 そのまま結依の家を出て、駅へと向かう。

 街は静まり返っており、ゴーストタウンという言葉が隼人の脳裏を過ぎった。

 途中、複数の車が路肩に置き捨てられているのを目にしたが、それ以外の障害は無かった。


 ――俺を見つけて追いかけたゾンビは、居たかもしれないけどな。


 遠方から隼人を見つけたゾンビは、居たかもしれない。

 だが隼人は、駅まで歩くのではなく、小走りで向かっていた。

 これから探す自転車くらいの速度は、出ていたのではないだろうか。

 その速度には、ゾンビが追い付けるはずもない。

 後方が市民マラソンのような大集団と化しても、追い付かれなければ問題ない。

 前向きな隼人は後ろを振り返らず、何事もなく霧丘北駅に到着した。


 駅の自転車置き場には、沢山の自転車が倒れていた。

 整然と並んで置かれた後、強風で倒れたか、誰かが慌てて乗り捨てたときに倒してしまって、その後に誰も直さなかったのだろう。

 隼人は自転車置き場に歩み寄ると、倒れた自転車を一つ一つ見下ろして、鍵が付いた自転車を順番に探し始めた。


「後輪のロックは壊せば良いけど、前輪のロックも一緒に掛かるからなぁ」


 直すのに四苦八苦するよりは、鍵が掛かっていない自転車を探すほうが早い。

 駅から電車で移動する人間は、年齢的には高校生以上が大半を占めるので、結依の自転車よりも大きい。

 鍵が挿されていれば良いと見渡していると、背後からうめき声が聞こえてきた。

 振り返ると、市民マラソンで優秀な成績を出せそうな三体のゾンビが、ゾンビにしては中々の速度で向かってくるのが見えた。


「エリートゾンビか」


 そんな分類のゾンビは、存在しない。

 勝手に分類した隼人は、自転車探しを一旦中断して、虚空から槍を取り出した。

 穂先には、異世界で鍛えられたダマスカス鋼が輝いている。

 柄の部分には、戦場で血に濡れた木の質感が残っていた。


 三体のゾンビは、普通の人間であれば怯える状況でも構わずに、隼人に向かって迫ってくる。

 駅の自転車置き場に、2月の冷たい風が吹き抜けた。

 次の瞬間、隼人の身体が半回転した。

 その回転に合わせて槍が振われ、刃が一体目のゾンビの首筋を薙いだ。

 振われた鈍い音と共に、刃が首を深く抉る。


「次だ」


 一体目を薙いだ槍が豪腕で引き戻され、弧を描きながら二体目の胸を貫く。

 隼人は槍の柄に力を籠めて、刺さったままのゾンビを持ち上げると、道路に投げ飛ばした。

 槍が自由を取り戻すのと、三体目が迫ってくるのは、ほぼ同時だった。

 薙ぐか、突くか、蹴るか。

 どうとでもなると思った隼人は、振り上げていた槍を振り下ろして、三体目の頭を打ち据えた。

 ゴンッと鈍い音がして、三体目が路上に倒れ伏す。

 隼人は槍を振って汚れを飛ばすと、空間収納に戻した。


「さっさと探そう」


 エリートならざるゾンビは、まだ到着していない。

 その間にと呟きながら、隼人は自転車探しを再開した。

 自転車置き場には、まだ沢山の自転車がある。

 しばらく探すと、ようやく鍵が付いたままの自転車が見つかった。


「ギリギリセーフだな」


 自転車を見つけた隼人が顔を上げると、市民マラソンの後続集団が迫ってくるのが見えた。

 隼人は自転車に跨がると、彼らとは反対方向に自転車を走らせて、霧丘市民マラソンを棄権した。


 自転車のペダルを力強く漕ぎ、スイスイと離れていく。

 そして迂回するついでに、ドラッグストアに寄ることを考えた。

 駅から少し寄り道するだけで良いので、さほど手間ではない。


 記憶に残る店をいくつか回る。

 だがいずれも入り口が壊されており、荒らされた跡が残っていた。

 店の外側から見える棚は、空っぽである。

 おまけに、ゾンビの姿まで見えた。


「どこにでも居るな」


 無駄骨になると感じた隼人は、自転車の向きを変えて、店を後にした。

 幸い空間収納には軍事物資を入れており、水や食料も充分にある。

 自転車は手に入れており、今回の目的は果たせている。

 ドラッグストアで物資を手に入れられなくても、隼人にとって致命的ではない。


 隼人は自転車を走らせて、ゾンビを引き離す。

 結依の家の近所に入ってからは、さらに慎重に動いた。

 追ってくるゾンビが居ないことを充分に確認して、渡されていた合い鍵を使い、素早く家の玄関に入った。

 帰還した隼人は、二階に上がって結依の部屋の前に行き、先に声を掛ける。


「ただいま」


 隼人の声を聞いて、ようやく結依がドアの鍵を開けて顔を出した。


「おかえりなさい。どうだった?」

「自転車は手に入れた。これで物資の探索は、楽になるかな」


 結依の問いに、隼人は平然と答えた。

 すると無事に帰ってきた隼人の報告に、結依は安堵の表情を浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の投稿作が、TOブックス様より刊行されました。
【転生陰陽師・賀茂一樹】
▼書籍 第6巻2025年5月20日(火)発売▼
書籍1巻 書籍2巻 書籍3巻 書籍4巻 書籍5巻 書籍6巻
▼漫画 第2巻 発売中▼
漫画1巻 漫画2巻
購入特典:妹編(共通)、式神編(電子書籍)、料理編(TOストア)
第6巻=『由良の浜姫』 『金成太郎』 『太兵衛蟹』 巻末に付いています

コミカライズ、好評連載中!
漫画
アクリルスタンド発売!
アクスタ
ご購入、よろしくお願いします(*_ _))⁾⁾
1巻情報 2巻情報 3巻情報 4巻情報 5巻情報 6巻情報

前作も、よろしくお願いします!
1巻 書影2巻 書影3巻 書影4巻 書影
― 新着の感想 ―
スーパーでも思ったけど、何でドラッグストアのバックヤード(裏の在庫置き場)も確認しないんだろう? 外からは搬入の為に、シャッターがあり、店内側からも台車が通れる程度の大きさの扉で、一気に運び出すには向…
1位おめでとうございます! 自転車のチューブの空気は3年は保たないっす 真面目に快適に走るなら週一で空気入れ直すのが推奨レベルですので しかし、これがウレタン詰めたノーパンクタイヤなら常人には重すぎ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ