06話 熊倉隼人と白石結依
「ゾンビ化前であれば、ウイルスの除去が出来るとする。それを俺が行った場合、大人の結依は、対価を払ってくれるか?」
空間収納から槍を取り出して見せた隼人が、再度結依に尋ねた。
大人を強調したのは、「それで結依ちゃんは」と言ったところ「18歳、大人!」と、大人の扱いを求められたからである。
すると今度は、まったく信じていない状態から半信半疑、どちらかと言えば信じるほうに寄った結依が、隼人に尋ねた。
「俺は3年前、異世界に召喚された」
結依は口を閉ざして、続きを促すような目を向けた。
「次元を超えると、特別な力を得る」
隼人を召喚したのは、中世ほどの文明を持つ異世界の人類国家だった。
召喚の目的は、魔族の王を倒すための力を求めてだ。
ちなみに、どうやって召喚したのかは、隼人にもよく分からない。
一つだけ想像しているのは、地球を遥かに超える超文明の存在だ。
――過去に超文明が、転移装置を設置したのかもしれない。
・身体強化は、利用者が転移に耐えられるように、装置が自動的に強化した。
・神聖魔法は、装置利用時に、遺伝子改造とナノマシンの植え付けが行われた。
・空間収納は、超文明による埋め込み式の端末で、物体をデータ化している。また容量制限があるのは端末のデータ量、生物を入れられないのは安全機構。
・異世界人との会話は、埋め込み式の端末による自動翻訳。
・異世界人が自分で装置を使わないのは、地球側に無いのと、装置への理解不足。
・転移の期間が開くのは、超文明が管理しておらず、エネルギーを溜めるため。
・過去に転移者を殺して装置が使えなくなった件は、単に装置が壊れたから。
・地球と異世界の惑星環境の類似は、超文明のテラフォーミング。
・地球と異世界の文化の類似は、転移者による物資や知識の持ち込み。
それらの理由であれば、隼人にも理解が及ぶ。
事実であるのかは、定かではない。
いずれにせよ隼人は、異世界召喚で力を得た。
「召喚されて、魔族と争っているから戦えと言われて、扱き使われた」
「……うん」
「そして戦いが終わると、猛獣が残っていると危険だと言われて、追い返された」
結依の目には、理解と同時に、哀れみや同情の光が灯った。
「だからウイルスは除去できると思っている。なぜなら異世界にもゾンビが居て、神聖魔法で治せていた」
「もしかしてウイルスって、隼人が召喚された時に、流れ込んだんじゃない?」
「……可能性は有る」
可能性が有るどころか、タイミング的に真っ黒だ。
「俺の力は、ほかの奴に話せない。ワクチン扱いされて監禁されたら困るし、ウイルス流入を責められても困る。それは俺のせいではない」
「その力が有れば、逃げられるんじゃないの?」
隼人は一瞬考え込むようにしてから、首を横に振った。
「無理だろう。ヒグマの力が有っても、自衛隊の機関銃には勝てない」
ブラック国家を渡り歩くのは、まっぴら御免である。
「俺は、大規模なコミュニティに入れない。感染して追放された結依なら、良いかもしれないと思った。死にかけを助けたら、命の恩人ということになるし」
隼人の説明に、結依の表情が一瞬強張った。
だが結依は、即座に反撃の糸口を掴んで攻勢に出た。
「……ウイルスの原因!」
「だから、それは俺のせいじゃないって」
地球の状況や自身の立場に鑑みて、隼人は溜息を吐いた。
中世レベルの異世界人達には、おそらくウイルスの概念が無い。
転移装置の設置者だと想像する超文明は、どこにいるのかも分からない。
地球で隼人の推論を広めても相手には届かず、ただ隼人が責められるのみだ。
「それで、俺が転移特典と共に暮らすにあたり、独居老人として朽ちていくのもどうかと思うので、誰か協力者になってほしいんだが、どうだろう」
隼人の問いかけに、結依は思案顔で黙り込んだ。
その瞳には、様々な感情が浮かんでいる。
しばらくして、結依は静かに口を開いた。
「あたしが隼人のことを誰かに売るとかは、考えないの?」
隼人は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに冷静さを取り戻した。
「ゾンビウイルスから治ったと知られたら、結依も免疫を調べるために、一生監禁されるかもしれないぞ」
「うっ」
隼人の指摘に、結依はうめき声を上げた。
隼人の神聖魔法を受けなければ、このままゾンビ化する。
だが助けられたら、一蓮托生になる。
「組んだほうが楽だろう。どうだ後輩」
結依が後輩を名乗ったことを思い出した隼人は、先輩と後輩の協力体制という点も指摘してみた。
結依は戸惑いを見せたが、ほかに道はないと考えたのか、やがて頷いた。
「ちなみに俺は霧丘北中学の卒業生だから、どっちにしろ先輩な」
念を押す隼人に対して、結依の口元が引き攣った。
「結依は、ちゃんと高校生なんですけど?」
もしかすると結依は、文明が崩壊していなければ高校に入学できていた中学生だったのかもしれない。
だからゾンビが溢れる理不尽な世界への反発で、高校生を名乗っている。
そんな風に、結依が知れば怒るであろうことを妄想しつつ、隼人は頷き返した。
「でも、あたしの対価が、見合ってない気がするんだけど」
大まかな交渉が妥結したところで、結依が若干気にするような素振りを見せた。
その瞳には、不安の色が浮かんでいる。
隼人はその様子を見て、自分と結依の立場を入れ替えて考えた。
隼人は感染して、家族と一緒に居た避難所から追放された。
死まで数時間と迫ったところ、見た目で小学6年生くらい、推定中学生の少女が現れて、家の玄関を叩いていたゾンビ達を蹴散らした。
そして隼人を治療して、これからは水、食料、安全なども提供するという。
隼人が提供できるのは、少女が不在だった3年間の情報くらいだ。
誰でも可能で、協力者は隼人でなくても良い。
隼人であれば、自分が提供できる対価が少なすぎて、もっと良い協力者が現れたときに自分が切り捨てられないか、不安になるかもしれない。
隼人が提供できるのは、安全地帯における雑用などの労働力だろうか。
「……身体か」
肉体労働であれば、提供できるかもしれない。
むしろ、それくらいしか出来ない。
それは気にするだろうと隼人が考えながら結依を見ると、結依は複雑な表情を浮かべていた。
そして隼人と目が合うと、蔑む眼差しをしながら尋ねる。
「隼人、ロリコンの人?」
「なん……だと……」
どうしてそうなったのかと、隼人は思考を巡らせた。
そして「対価が見合っていない気がする」に対して、「身体か」と言ったのだと、状況に思い至った。
「そうかもしれないと思ったけど、はあ、ロリコンの人かぁ」
「いや、お前は18歳じゃなかったのか」
隼人の咄嗟の反論に対して、結依はやれやれと溜息を吐いた。
「そうだね。でも、もう少し活躍して好感度を上げてね。それじゃあ、治癒して」
「うぐっ」
隼人は、誤解だと訴えたかった。
だが誤解された状態で「活躍して好感度を上げればオッケー」と言われた状態であることに悩んだ。
高校時代の隼人には、彼女が居なかった。
友人と馬鹿をやっていて、楽しかったのである。
そして異世界における3年間は、馬車馬として働かされて、女っ気は無かった。その状態で、にんじんをぶら下げられれば、はたしてどうなるか。
「よし、治癒する」
隼人は誤解を解かず、神聖魔法で結依を治癒したのであった。