05話 無職と疑われ
「それであなたは、何をしていたの?」
隼人の身体を上から下まで観察しながら、少女は訝しんだ。
自宅に帰った隼人は、動き易さを考えて私服に着替えている。
ネイビーのパーカ、ヘザードグレーのトレーナー、ブラックのスウェットパンツ、厚手のスニーカー。
18歳で召喚されてから3年経ったが、服を着られないことはなかった。
目下の懸念は、召喚直前に取った運転免許証の更新時期が近付いているものの、更新の手続きを行ってくれなさそうなことだ。
世知辛い世の中を思い浮かべて、隼人は溜息を吐いた。
「俺の名前は熊倉隼人。3年前に霧丘高校を卒業して、今は21歳だ」
少女に問われた隼人は、まずは地元の高校を出た人間だと名乗った。
霧丘市には特筆すべき産業がなく、有名な別荘地でもなく、霧丘高校を卒業したと言えば、地元の霧丘市民だと分かる。
隼人は卒業証書を受け取っていないが、召喚されたのは高校3年生2月、学期末テストが終わり、出席日数も足りていた。
卒業式に出られなくても、卒業扱いになっていたはずだ。
『それであなたは、何をしていたの?』
高校を卒業して以降の3年間は、空白期間となる。
さしあたって現在は、ニートの扱いになるのだろうか。
世知辛い世の中である。
「あたしは、白石結依。霧丘高校3年。だから後輩になるかも」
少女は、自身も名乗った。
だが後輩を名乗った結依を観察して、隼人は疑問を抱く。
なぜなら少女が着ている服が、隼人も通った霧丘北中学の制服だったからだ。
さらに隼人が見たところ、結依の身長は150センチメートルにも満たない。
疑わしげな眼差しを向けられた結依は、「ぐっ」と、うめき声を上げた。
「ちょっと懐かしくなって、中学の時の制服を着てみただけだから。結依は、高校3年生の18歳で、大人だから!」
一人称で「結依」と名乗った少女に対して、隼人はさらなる疑惑の目を向けた。
「……それで結依ちゃんは」
「18歳、大人!」
子供扱いする隼人に対して、結依は断固とした抗議の声を上げた。
そして直ちに、反攻に転じた。
「それで隼人は、高校を卒業してから3年間、何をしていたの?」
隼人が子供扱いをして「ちゃん付け」したことに対する報復なのか、結依は隼人に対して、ぞんざいに呼び捨てした。
さらに、就職の面接官が「君は、卒業してから今まで、何をしていたんだ?」と問うような追及を行ってくる。
窮地に立たされた隼人は、ぐぬぬと、苦悶の表情を浮かべた。
「3年前にゾンビが発生したから、それどころじゃないのは分かるけどね」
隼人が苦悶の表情を浮かべたのを見てか、結依は追求の手を止めた。
文明が完全に崩壊したのは1年前ほどだが、隼人が異世界召喚された3年前から世界中にゾンビが発生していた。
進学や就職が困難でも、やむを得ざる状況だと言える。
そんな風に、助け船を出してくれたようだった。
――まあ、ゾンビのせいではないが。
隼人の空白期間は、勝手に召喚を行った異世界人達のせいだ。
事前に意思確認が行われていたら、隼人は応じなかったかもしれない。
死亡率が100パーセント近くあって、魔王を討ち果たせば追放される職場に、一体誰が行きたいだろうか。
「ブラックな組織で3年働いて、使い捨てられた。おかげで人間不信気味だ」
ニートだと推定された隼人は、結依に認識を改めるよう求めた。
そして天井を見上げ、深い溜息を吐いた。
「あ、そうなんだ。なんかごめん」
実感が籠もった隼人の訴えに、結依は申し訳なさそうに謝った。
結依が向けた瞳は、「飲食業で、月100時間のサービス残業を強いられた男」に対するような、哀れみであった。
異世界ブラック帝国と、日本ブラック企業とでは、どちらが凶悪なのだろう。
そんな風に悪の二大巨頭を比べた隼人は、やがて気を取り直して口を開いた。
「それで、大人の結依に相談なんだが」
「何。一応善意で言っておくけど、結依に手を出したら、感染するよ」
隼人が大人と言ったところ、結依は予防線を張った。
ゾンビウイルスは、ゾンビに噛まれれば感染するが、性交でも感染する。
隼人が知るゾンビの性質は、異世界の知識に基づく。
だが地球でも、ゾンビの発生から2年間は文明崩壊にまでは至らず、その間に様々な性質が調べられて、情報共有できたと思われた。
「そういう話ではない」
「じゃあ何?」
結依は、気怠そうな態度で隼人に応じた。
これから数時間、長くても今夜で、結依はゾンビ化する。
隼人との会話は、玄関を叩くゾンビの呻り声を聞くよりはマシだ。
ゾンビを追い払った対価程度に考えて、話に付き合っているのかもしれない。
対する隼人は、結依が異世界からの送還後に初めて出会った生存者だ。
結依は、自分が地球にいなかった3年間の情報を持っており、ゾンビウイルスに感染したという理由で追放されて、孤立している。
情報を得るのに、これほど都合の良い相手はいない。
大規模な避難所なら沢山の情報を得られるが、隼人は拒否的に考えている。
――人に使われるのは、もう嫌なんだよなぁ。
ヒグマ並の身体能力、神聖魔法によるウイルス除去、空間収納。
それらを知られれば、馬車馬の如き扱いになるのは、想像に難くない。
隼人は自分を臨時政府や大集団には売り込まず、自由に生きたい。
そうやって生きていくのに、追放された結依は都合の良い相手だった。
「ゾンビ化前であれば、ウイルスの除去が出来るとする。それを俺が行った場合、大人の結依は、対価を払ってくれるか?」
「……はぁ?」
まったく信じていない結依の反応は、隼人の想定内だった。
隼人は結依の目の前で、空間収納から槍を取り出してみせた。
もちろん、先ほどゾンビを突いたのとは異なる、綺麗な槍である。
結依は驚きに目を見開き、先端がキラリと輝く槍に、視線を釘付けにした。