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41話 鉢合わせ

 塀を乗り越えた隼人は、目の前に広がる整然とした庭を見渡した。

 樹木や植え込みは、枝先こそ揃っていないが、均等に植えられている。

 庭には砂利が敷き詰められており、雑草が生えないようにされている。


 その砂利の上を歩き、早速カーポートの下に停まっているSUVを確認した。

 状態は悪くはなく、少なくとも現在の車よりは傷んでいない。

 ドアノブを引いてみたが、当然ながら開かない。


「さて、鍵はどこだろうな」


 隼人は母屋のほうに視線を移した。

 二階建ての日本家屋は、少し年数は経っていたが、しっかりとした造りだ。

 日本家屋で定番の全開口窓は無くて、外壁と二重窓で防寒対策が施されている。

 玄関のドアや窓は閉まっており、裏手に回ると倒れたハシゴがあって、二階の窓が割られていた。


 ――家捜しは、されるよな。


 屋内に食料は無いように思えたが、そもそも隼人が欲しいのは車だ。

 その場から軽く助走した隼人は、1階の屋根部分に跳び乗った。

 そこから屋根伝いに、2階の窓へ近寄っていく。

 そして開錠されている窓を開け、2階から屋内へと身体を滑り込ませた。


 隼人が入ったのは、寝室だった。

 ベッドや家具があり、本棚には標準救急医学、外傷初期診療ガイドラインなど、医療系の難しそうな本が並んでいる。

 部屋の住人は、医者か救急系の看護師であろうか。

 もっとも年単位で車を動かせていないので、現状は察せるが。


 ――鍵はどこかな。


 前のSUVの鍵は、盗難防止の電波遮断ケースに入れて、寝室に置かれていた。

 机の引き出しを漁ると、一段目の引き出しに入っていた小さなケースから、車の名称が刻印された鍵を発見した。


「意外に早く見つかったな」


 鍵を空間収納に入れた隼人は、家捜しすべく、寝室から2階の廊下に出る。

 そして次の部屋のドアを開け、不意な出会いを果たした。それは作業服を纏い、ゆらりとした足取りで近づいてくるゾンビだった。


「……医者じゃないんかい」


 サッと周囲を見渡すと、部屋の足元に大きなリュックサックが置いてあった。

 窓を破って侵入した探索者を想像した隼人は、空間収納から槍を取り出した。

 槍は足元のリュックサックが汚れないよう、左側から軌跡を描いた。


 ダマスカス鋼の穂先が、ゾンビの頭部を斬り裂いていく。

 それはスイカに包丁を入れたときのような抵抗と破壊だった。

 突き入れた槍が、ゾンビの頭部を貫いて、動く死体を動かない死体に変えた。


「元から噛まれていて、ここで発症して、ゾンビ化した感じかな」


 ゾンビが居た状況に納得した隼人は、床に落ちていたリュックに目を留めた。

 サイズは20Lくらいで、中身がギッシリと詰まっている。

 恐る恐る口を開けると、中には缶詰が詰め込まれていた。

 いくつか手に取り、消費期限を確かめると、まだ期限切れにはなっていない。


「今日の収穫は、これで良いな」


 今日の目的は車だが、収穫ゼロでは、穴場を教えてくれた桜井に申し訳ない。

 缶詰は魚やフルーツで、主食ではないが、人間は主食だけを食べるに非ず。

 隼人は頷きながら、缶詰を空間収納にしまい込んだ。


 ――家の中には、まだ何かが残されているかもしれないな。


 ゾンビが排除されていないなら、家の物を持ち出せていないはずだ。

 隼人は多少の期待を抱きながら、2階から1階へと歩みを進めた。

 1階の廊下を歩くと、水のペットボトルが入った段ボール箱が、積まれていた。だが中貫天然温泉ホテルで得る水のほうが、新鮮だろう。

 残念に思いつつも回収は行わず、1階の部屋のドア前に立ち、ノブを引いた。


「うおっ!」


 ドアの先には、家の住人と思わしきゾンビが5体居た。

 中年夫婦、そして夫婦の子供と思わしき兄と姉妹。


 居間に集まるゾンビ達の姿は、家族の団らんを想起させたが、絵面は酷い。

 隼人は咄嗟にドアを閉めて、玄関まで走った。

 背後では、バンバンと居間のドアを叩く音が聞こえるが、ドアノブを引く知能は残っておらず、ドアを叩いて突破しようとしている。


 家の中から玄関の鍵を開けて外に出ると、隼人は扉を閉めて、深呼吸した。

 家の内部では、居間のドアをバンバンと叩く音がしばらく続いたが、次第に音は小さくなっていった。


「ああ、ビックリした」


 家捜ししていたら、家人と出くわしたときのような驚きだった。

 だがSUVを持ち出しても、家人が困らないと確認出来たことは、幸いだ。

 どう考えても運転できないし、むしろゾンビに運転させてはいけない。

 有り難く車を頂戴することにした隼人は、カーポートの手前に移動して、空間収納からフロントガラスが壊れたSUVを取り出した。


「まずは、データを消しておくべきだな」


 車内に乗り込んだ隼人は、桜井が登録してくれたカーナビの地点を消去する。

 それは万が一にも新秩序連合の人間がバッテリーを取り付けて、ナビの登録地点を確認することを防ぐためだ。

 せっかく登録してくれた桜井には申し訳ないが、隼人は全ての地点を削除した。


 次いで車のエンジンを切って、ボンネットを開けた。

 現在のバッテリーを取り外して、新しい車に取り付けるためである。

 バッテリーは複数を確保しているが、使い捨てるのは勿体ない。

 ラチェットを取り出して、少し慣れた手付きでバッテリーを外していった。


「問題は、新しい車が動いてくれるかだけど」


 隼人に出来そうな作業は、バッテリーとタイヤの交換くらいだ。

 それ以外はお手上げで、動かなければ新しい車を探さなければならない。

 それは面倒だと思いながら、隼人はボンネットを開けて、新しい車からバッテリーを取り外し、前の車から取り外したバッテリーを取り付けた。

 そしてボンネットを閉じて、車に乗り込み、エンジンを掛ける。

 すると車は、しっかりと始動してくれた。


「よーしよし、よーしよし」


 隼人の口から、謎の鳴き声が発せられた。

 まるでセミのようだと自嘲しつつ、隼人は車から降りた。


 今日の仕事は、これで終わりにしよう。

 そんな風に思って隼人が佇んでいると、遠くから、バイクのエンジン音が聞こえてきた。その音は、次第に大きくなっていく。


「新秩序連合の連中かな」


 生憎と空間収納には、2台の車が同時に入る空きは無い。新しい車だけを入れた隼人は、家の裏手に回って塀を乗り越えて隠れた。

 近付いてきたバイクの集団は、家の前を通り過ぎず、手前の道路で停車する。

 隼人は息を潜め、ヒグマ並の聴力を発動させて、聞こえる声に耳を澄ませた。


「この車、兄貴が殴った奴です!」


 若い男の興奮した声が、隼人の耳に届いた。


「どんな連中だ」

「中年と大学生くらいの男、それに中高生くらいの姉妹です」

「ほう」


 中高生くらいの姉妹と聞いた時の声色は、どんな集団かを質した時の冷たさとは異なり、興奮の色を帯びていた。


「顔はどうだ?」

「どっちも、凄い上玉でした」

「男共は、どんな武器を持っている」

「中年は鈍器でしたが、左腕を折ってやりました。大学生の奴は、素手でした」

「よしお前ら、突っ込むぞ」


 5台から6台ほどのバイクに二人乗りしていた10人ほどの集団は、民家の塀を乗り越えて、砂利を踏み歩き、玄関へと駆けていく。

 そして施錠されていないドアを開けて、ドタドタと屋内に踏み込んだ。


 居間のドアが、勢い良く開け放たれる音が聞こえた。

 そして居間のドア前に居た何かが、廊下に倒れ込んでいった。

 直後、野太い悲鳴が上がった。


「ぎゃーっ!」


 血気盛んに突撃した先頭の3人ほどが、ドア前に居た何かに、のし掛かられた。


「あーーっ!」


 勇猛果敢な男から、貴い犠牲が出たらしい。

 だが彼らの戦いは、これからだ。


「あああっ、くそおおっ!」

「離せええっ!」


 2人目、アウト。

 3人目、多分アウト。


 ――美人姉妹にネットリと絡まれて、良かったな。


 これは本人達が口にしていた通りの展開だ。

 ところで彼らの鳥頭では、家人と隼人達が同一人物だと、誤認するだろうか。


 閉じられた門の先に、フロントガラスが割れた車があるのは、ポイントが高い。

 中年男性と、兄と姉妹が揃っているのも、かなりの一致率だ。

 ゾンビ化して時間が経っていた点はマイナスだが、ウイルスの変異で急速なゾンビ化が進行したとでも思ってもらえれば、辻褄は合う。

 鳥頭の彼らなら、半々くらいの確率で誤認するかもしれない。


「さて、帰るか」


 そう呟いた隼人は、裏手から自転車で走り去った。

 背後では、未だに野太い雄叫びが上がっていた。

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― 新着の感想 ―
まるでドリフのコントを見ているようだw
恭賀新年 >よーしよし、よーしよし 畑正憲さん……。 >閉じられた門の先に、フロントガラスが割れた車があるのは、ポイントが高い。 今回の奴らが戻らなくても、通りかかった奴らの仲間が 「あっコイ…
なんか全滅しなさそうと思ってしまいましたが、いやさ生き残りがいないと車の持ち主はゾンビ化したと思い込む説は検証できませんね 1人だけ帰ってもらおう
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