40話 中貫市での車探し
朝の薄曇りの空の下、中貫天然温泉ホテルの駐車場にエンジン音が響いた。
車を発進させた隼人は、ホテルに来た道を戻り、市街地のほうへと向かう。
目的はSUVで、現在乗っているのと同じ車種だ。
「多分あるよなぁ」
シリーズの国内販売数は5万台を超えており、日本の市区町村は1743。
単純に割れば市区町村に30台ずつほどだが、村より町、町より市の人口が多いので、中貫市にも30台以上はあるはずだと予想する。
但し同じシリーズでも、ディーゼル車が混ざっている。
ハイオクガソリンを持つ隼人が使える車は、半数くらいになるだろうか。
ほかの種類のSUVを見つけても、バッテリーの規格が合うとは限らないので、同じ車種が望ましい。
整然と並ぶ家々の屋根が視界に入り始めると、隼人は車を停車させた。
「さて、ここからは自転車だな」
車を降りて空間収納に入れた後、自転車を出して跨がった。
地面を蹴って自転車を勢い良く発進させると、市内を巡り始める。
蜘蛛状にヒビが入った車で見渡すよりも、遮る物が無い自転車で自由に回ったほうが、よほど見渡し易い。
車では通り難い細道や、駐車場の隅々まで覗き込むことができる。
隼人は自転車を活かして、静寂に包まれた町を探し始めた。
「駄目、駄目、駄目……」
ワンボックスカーやジープなどが停められており、それを見た隼人は、持ち主に対して大変失礼なことを宣った。
そして次に、屋根に赤色灯が取り付けらた白黒の車を見つけた。
「要らないんだが……」
パトカーが停まっている道の横には、民家がある。
警察は、市民の通報ないしパトロール中に呼ばれて、駆け付けたのだろうか。
2人で向かっても、数体に噛み付かれて組み伏せられると、脱出できずにゾンビ化までいった可能性はある。
ほかの警察官が応援に駆け付けるべきだが、同時多発的に被害が発生したら、手が回らない。
――新しい拳銃、手に入るかな。
そんな風に隼人は思ったが、今回は車探しだと割り切り、その場から離れた。
パトカー自体は、ちょっと動かしてみたいと思ったが、目立つにも程がある。
どこかで検問にでも遭ったら、良さそうな言い訳が思い付かない。
なお中古車販売店を探す選択肢は、最初から排除している。
販売所は民家よりもセキュリティがしっかりしていて、鍵の入手が難しい。
それに価値の高い車は、人口が多い県庁所在地に回されて、地方の小さい市には置かれていない可能性が高い。
中貫市でSUVを探すのなら、やはり金持ちの家だろう。
経営者、大地主、地方銀行の頭取など、市の規模なら金持ちは住んでいる。
「無い、無い、無い、無い、政治家の看板……」
看板には、『明るい日本へ』というメッセージと政党名が入っている。
現状で明るさを目指すのであれば、陽キャなゾンビが闊歩する日本が、ちょっと陽気な感じになるのかもしれない。
インドア派ではなく、アウトドア派のゾンビが多い感じで、追いかけっこをする人々で賑やかそうだ。
その政治家が目指す未来は、実現するのだろうか。
道路のカーブミラーに映った政治の看板が離れていくのを見送りながら、隼人は先へと進んだ。
すると公民館が見えてきて、少し良い車が置いてあった。
「おおっ、惜しい」
目的のSUVではない。
隼人は後ろ髪を引かれる思いで、その車を眺めながら、道路を通り過ぎた。
道を下りながら進むと、焼き肉屋があり、普通の車が何台か停まっていた。
店の出入口は壊されており、家捜しは済んでいるようだ。
文明崩壊から1年も経てば、かなりの家が漁られているだろうと納得せざるを得ない。
食料の生産力が落ちている以上、家々を漁らなければ、避難所のような大集団が食べていけない。
そういった民家の食料が尽きた後はどうなるのだろうと思いつつ、自転車は道を下っていく。
すると駐車場があり、レトロなピンクのアメ車が置かれているのが見えた。
それは1960年代から1970年代っぽい、アメリカの車であった。
「確率的に、SUVを見つけるほうが先じゃね?」
なんだアレはと二度見しながら、その場を通り過ぎる。
すると公園があって、その前に高そうな家があり、違う種類のSUVが停まっているのが見えた。
「あれってレクサスか。うわ、惜しい」
価格的には、隼人が乗っているSUVに匹敵するかもしれない。
問題は、バッテリーの規格が合わないことだ。
バッテリーは何種類か確保したが、重点的に確保しているのは今のSUVだ。
それにゾンビからの安全性も、現在のSUVのほうがおそらく高い。
渋々と諦めて、先へと進む。
「おー、良い車。でも違うんだよなぁ」
探し回れば、平均よりも高い車は散見される。
だが高くても、隼人が欲しい車ではない。
渋々と諦めて進んでいくと、道なりにドラッグストアがあり、壊れた出入口からゾンビが出てきたので会釈して走り去った。
「グアァ」
後ろのほうで何か叫んでいるようだが、具体的な言葉ではないので、自分に対する呼び掛けではないだろうと隼人は解釈した。
中貫市民マラソンというフレーズが思い浮かび、首を横に振る。
3月の市民マラソンは非常に元気で、先ほど看板にあった『明るい日本へ』に、精神的には近付く行為かもしれない。
だが中貫市民ではない隼人は、自分を除外して頑張ってほしいと思った。
「無い、無い、無い、無い、おお、なんか高そう」
最低地上高が地面スレスレの改造車が、路肩に停まっていた。
悪路で動かなくなること請け合いで、もちろん使えたものではない。
鍵を持った運転手も、どこに居るのか知れたものではない。
狙い目は、やはり民家である。
道を進むと、スッキリ収納レンタルボックスという貸倉庫置き場があった。
隼人が荷物を減らせば、おそらくボックスを丸ごと収納できる。
もっとも、既に空間収納が出来るので、まったく意味は無い。
それから中華料理店、アパート、交差点、コンビニを通り過ぎていく。
破壊された自動販売機があり、窓を壊された民家があって、意図的には探していなかったのに、小さな中古車販売店も見つけた。
市議会議員の看板があり、ガソリンスタンドがあって、ハイオクガソリンは充分にある状態だったと思い浮かべる。
「ガソリン、結構回収できるんだよなぁ」
ゾンビの密集地帯であれば、わりとハイオクガソリンは残っている。
警察や自衛隊が放棄するようなエリアで、民間人がゾンビを排除しながら燃料を回収するのは困難なのだろう。
そして回収するにしても、普通車はレギュラーガソリン、大型車は軽油なので、ハイオクが残るわけだ。
今回は要らないと思い、ガソリンスタンドで会った中年のオバサンゾンビに軽く頭を下げて、隼人は先へと進んだ。
「ヴアァ」
オバサンゾンビは、手を挙げて挨拶を返してくれた。
それどころか気軽に駆け寄ってきてくれる。
「すみません。私はどちらかといえば、年下が好きなので」
人生には、3度のモテ期が訪れるという。
だが、何にモテるのかも大切なのだと、隼人は強く思った。
そして身体を震わせながら、オバサンゾンビから逃げ出した。
排気ガスの少ない町の空気は、清々しく澄んでいる。
途中にあった田園地帯を自転車で走り抜けると、次の住宅街に入った。
出入口が壊された酒屋があって、こんなご時世で食料ではなく酒を奪うのかと呆れつつ、酒でも飲まないとやっていられないのかもしれないと思い直す。
立派なカーポートの下に高そうな普通自動車が停まっており、SUVではないのかと残念に思いながら、次へと進む。
「中古車販売店、多いんだな」
先ほどとは異なる中古車販売店があり、駐車スペースには何台もの車が停まっていて、フロントガラスの内側に価格の紙が置かれていた。
ざっと見たが、目当てのSUVは無い。
少し残念に思いながら進み、塀に首相のポスターが貼られた家を通り過ぎた。
そして立派な塀に囲まれた家で、頑丈そうな門扉の先にあるカーポートの下に、目的のSUVがあるのを発見した。
「おおおおおおおっ!」
隼人は、言葉にならない歓声を上げた。
車種は同じだが、目の前のSUVは、現在乗っている車よりも状態が良い。
今の車が野晒しで、こちらはカーポートに入っていた差だろう、
「門扉が閉まっていたから、持ち出されなかったのかな」
門を開けられなくても、空間収納を使えば問題なく持ち出せる。
隼人は乗ってきた自転車を収納した後、胸の高さまでしかない塀に手を掛けて、ヒョイッと乗り越えた。
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