表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/61

04話 痍の左腕

 自宅から出た隼人は、相変わらず人気の無い市内を歩き始めた。

 人間の姿が見当たらないのは当然として、ゾンビが居ないのは何故なのか。

 学校の校舎やスーパーには居たので、暗がりが好きなのかもしれない。屋内に入ったらバッタリ出くわすのは、まさにホラーである。


「とりあえず、自転車でも確保するか?」


 異世界に召喚された時、隼人は高校に居た。

 自分の自転車は高校に置いていたが、流石に3年間も置きっ放しで片付けられたのか、見当たらなかった。


 どこで手に入れようかと悩みながら歩いて行くと、やがて異音が耳に入った。

 ゾンビの呻き声と、何かを叩く音が重なって聞こえる。


 ――アウトドア派も居たか。


 ゾンビにも個性があるらしい。

 そんな風に思いながら、雨にも負けず、風にも負けないゾンビのほうへ目を向けると、民家の玄関に3体ほどが群がっている姿が見えた。


 ――何をやっているんだ?


 眉を潜めた隼人は、ゾンビが群れる先に、生存者が居る可能性に思い至った。

 ゾンビが玄関のドアを叩くのは、訪問販売をしたいからではなく、ゾンビウイルスが感染を広げるためだ。

 ゾンビは人間に噛み付いてウイルスを感染させ、死亡させた後に身体を操り、新たな人間に噛み付かせる。

 ゾンビウイルスの訪問販売と考えれば一緒かもしれないが、押し売りである。

 なお植物が光合成を行うように、ゾンビが活動するエネルギーには魔素を取り込んでおり、餓死してくれない。


 ――元々、死んでいるんだけどな。


 ゾンビは玄関を激しく叩いており、まるで借金取りのようだ。

 生存者が家に籠もっている可能性を考えた隼人は、ゾンビの排除を決めた。

 さしあたって欲しいのは、情報である。

 空間収納から槍を取り出した隼人は、無造作に掴みながら一気に駆けた。

 ヒグマ並の高速で駆け抜けると、槍の先端を一体目のゾンビに突き出した。槍の先端がゾンビの頭を貫き、ゾンビは一撃で倒れる。


 ――こういうのって、役不足って言うんだっけ。


 だからといって、魔族に出てきてほしいわけではない。

 そんな風に自分に言い訳をしながら、隼人は立て続けに槍を振った。

 槍は軌跡を描きながら、二体目のゾンビの喉元を貫いていく。

 二体目の身体を蹴り飛ばした隼人は、三体目に槍を向けた。


「お前で最後だ」


 最後のゾンビは、先程までの二体に比べると、少しだけ動きが早い。

 人間の身体で動いているゾンビは、成り立てのほうが能力は高い。

 三体目は、まだ若干の知能が残っているらしかった。


「ほかの2体を盾にするとか、ズルいだろ」


 振われた槍が突き刺さり、最後のゾンビも呆気なく倒れていく。

 それを見届けた後、槍をヒュンと振るって槍先の汚れを飛ばした隼人は、家のドアに手を掛けた。

 だが鍵がかかっており、開く気配は無い。

 壊すことも考えたが、相手から情報が欲しいのにドアを壊すのは悪手だ。

 報復として、楽園だと嘘を吐かれて、ゾンビパラダイスを紹介されかねない。

 隼人は玄関から離れて、二階の窓を眺めた。

 すると二階の窓際には、少女の姿が見えた。


 ――ゾンビでは無さそうだな。


 隼人は窓際の少女が、自分とゾンビとの戦闘を見ていたのだと理解した。

 しかしゾンビは倒れているが、少女が出てくる様子は無い。

 その理由は、明白だ。

 ゾンビ3体に玄関を叩かれていたところに、ヒグマが現れて倒してくれたとして、ヒグマに感謝して家の中に招き入れるだろうか。

 隼人が一般人であれば、「山に帰れーっ!」と強い念を送る。


 ――大声で呼び掛けるのは、ゾンビを引き寄せるか。


 どうしたものかと悩んだ隼人は、屋根に跳び乗ることを思い付いた。

 隼人の筋力や瞬発力は、ヒグマ並だ。

 そして身体の構造は、ヒグマよりもジャンプに向いている。


「よし、やるか」


 ここ3年ほど異世界暮らしだったヒグマは、山に帰ったりはしなかった。玄関から外に向かうと見せかけて、そこから逆走して、助走をつけて跳躍した。

 隼人の身体が、高らかに宙へと跳び上がる。

 そして右足が、1階の屋根を踏みしめた。

 屋根に乗った隼人は、屋根伝いに二階の窓に近づくと、軽くノックをする。

 窓際の少女は、驚いた表情で目を丸くし、隼人を見つめ返してきた。


 少女の服装は、市内にある中学校の制服だ。

 居るのは少女自身の部屋らしく、学習机やベッドがあり、10代の少女らしくピンク色の椅子もあった。


「すまないが、ゾンビに見つかるかもしれないから、家の中に入れてくれないか」

「……どうぞ」


 少女が否応なく窓を開けたのは、隼人が「このままだとゾンビが来るぞ」と言ったからかもしれない。

 もしかして脅迫になったのかと思い、警察に通報されたら困るなと思いながら、隼人は行儀良く靴を脱いで屋根に置き、靴下で少女の部屋に上がった。

 少女はキャスター付きのピンクの椅子を引っ張って、隼人に差し出してくる。

 そして自身は、ベッドに腰掛けた。


「お邪魔します」

「はあ、こんにちは?」


 隼人が在り来たりな挨拶をすると、少女は困惑気味に挨拶を返した。


「突然お邪魔してすまない。家がゾンビに襲われていたようだったからな」

「うん、ありがとう。ちょっと煩かったから、困っていたかも」


 少女は感謝を述べたが、その言葉は軽かった。

 玄関を破壊されて突入されれば、噛まれてゾンビ化してしまう。

 それにもかかわらず落ち着いた様子の少女に、隼人は疑念を抱いた。

 すると隼人の様子を察したのか、少女は自分の左腕の袖をまくって見せた。

 白い細腕にある噛み傷は、既に黒く変色している。


「もう噛まれているから、時間の問題だったんだけどね」


 隼人が沈黙する中、少女が説明を続けた。


「家族と一緒に近くの中学校に避難していたけど、物資調達班の人が噛まれたことを隠していて、ゾンビ化して噛まれたの。だから、追放されちゃった」


 少女の説明で、隼人は概ねの事情を察した。

 その場で殺されなかったのは、避難所側の過失で感染したことや、少女の家族も居たことなどが理由だろう。


「あと何時間かな。長くても、今夜寝たら終わりだと思うけど、ありがと」


 少女は熱が出ているのか、気怠そうに御礼を述べた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の投稿作が、TOブックス様より刊行されました。
【転生陰陽師・賀茂一樹】
▼書籍 第6巻2025年5月20日(火)発売▼
書籍1巻 書籍2巻 書籍3巻 書籍4巻 書籍5巻 書籍6巻
▼漫画 第2巻 発売中▼
漫画1巻 漫画2巻
購入特典:妹編(共通)、式神編(電子書籍)、料理編(TOストア)
第6巻=『由良の浜姫』 『金成太郎』 『太兵衛蟹』 巻末に付いています

コミカライズ、好評連載中!
漫画
アクリルスタンド発売!
アクスタ
ご購入、よろしくお願いします(*_ _))⁾⁾
1巻情報 2巻情報 3巻情報 4巻情報 5巻情報 6巻情報

前作も、よろしくお願いします!
1巻 書影2巻 書影3巻 書影4巻 書影
― 新着の感想 ―
生存者コミュニティはある ゾンビ化の概要も知られていている 結構情報量が得られた中で、普通だったらこのままゾンビ化の最期を待つ少女を救えるのは主人公しかいない! でも、感染初期は見分けがつかない上に(…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ