33話 警察署の探索
荒廃した街を進んだ車は、やがて警察署前の駐車場で、静かに停車した。
警察署は、かつての威圧感を失っていた。道路側に面した窓ガラスの半分は割れており、出入り口は開きっぱなしになっている。
「着いたね」
助手席の結依が、若干緊張した声を上げた。
シンと静まり返った警察署は、まるでホラーゲームの舞台となる廃墟のような、異様な空気を醸し出していた。
「人間は、明らかに居なさそうだな」
人間は居ないが、ゾンビが居ないとは言っていない。
ここで「結依、ホラーゲームは好きか?」と冗談で尋ねれば、緊張を解きほぐせるだろうか。それとも怒られるだろうか。
――右手で鋭いツッコミを入れた後、絶対に車外に出ないと言いそうだな。
安全地帯を確保した後、隼人だけで探しに行けと言われかねない。
ここまで来て、それは困ると考えた隼人は、思い付きを自重した。
――銃、残っているかなぁ。
ゾンビが徘徊していれば、一般人が家捜しできないので、まだ可能性が有る。
いずれにせよ中を探さなければ、答えは出ない。
「それじゃあ降りて、探しに行くぞ」
二人を車内に残すよりも、隼人の傍に居させるほうが安全だ。
そんな隼人の判断に、結依は応じつつも念を押した。
「ちゃんと守ってね」
「勿論だ。だが銃も準備しておけ。菜月も行くぞ」
「わたしも銃が欲しいですね」
「そのために探しに行くところだ。必要性を再確認できたな」
率先して隼人が降りると、結依と菜月も車外に出た。
車の鍵を掛けると、三人は足早に署内へ入っていった。
署内は、ひどい荒れようだった。
机や椅子が無秩序に倒れており、机の上の物は、床一面に散らばっている。
「パソコンとかは、持ち出されなかったんだなぁ」
「電気、使えないからね」
3年前は、床に落ちているモニターなどにも価値があった。
隼人が昔の感覚で口にしたところ、ゾンビがはびこる3年間を体験した結依が、認識の食い違いを修正した。
署内の壁には、鈍器を用いた戦闘痕らしき凹みや、染みもあった。
そして壁の下には、頭部を破壊されたゾンビが一体、転がっていた。
「あれは倒されて1年ほどかな。白骨化前だ」
「……倒されたゾンビって、骨になるんですか?」
3年前にゾンビが発生した地球では、まだ確認出来ていないのだろう。
恐る恐る尋ねた菜月に対して、隼人は異世界での確定事項を述べた。
「倒されて動けなくなったゾンビは、いずれ骨になる」
「でもゾンビは、魔素で動くから、骨にならないんですよね?」
「いや、4~5年で骨になる。そろそろ初期のゾンビは、白骨化するはずだ」
ゾンビを動かせないウイルスは、限界まで拡大したと判断するのもしれない。
活動を縮小させて、バクテリアに負けて、身体を分解されて骨になるのではないかと、隼人は別の転移者から聞いたことがあった。
もっとも異世界では、だから何だという扱いであったが。
「それを発表すれば、ノーベル賞を狙えますかね」
「どうだろうな。知ったところで、役に立たない知識だと思う」
ノーベル賞を断念した隼人は、探索を再開させた。
床には文房具、破れたファイル、書類などが散乱している。
拾ったFAX用紙には「県内で大規模パンデミック発生。県警本部に集結せよ」と印字されていた。
送信日付は2年ほど前で、指定日時は「可及的速やかに」となっている。
慌ただしかったであろう当時の状況が、容易に想像出来た。
「ここの警察官達は、県警本部に移動したらしい」
「銃とかも、持っていったの?」
「多分、そうだろうな」
隼人は渋面を浮かべながら、署内を見渡した。
通路の奥には、倒れて割られた自動販売機がある。
金属の歪んだ跡があり、誰かが必死に飲み物を取ろうとした形跡が窺えた。
――署員が去った後、探索に来たんだろうな。
窓ガラスは半分以上が破壊され、外の光と風が直接入ってくる。
その奥の通路からは、わずかに金属の擦れる音が聞こえてきた。
誰かが金具を引き摺りながら、ゆっくりと歩み寄っているような異音だった。
「隼人」
「ああ、分かっている。先客が居たようだ」
隼人は空間収納から槍を取り出して、二人の前に出た。
音は次第に大きくなり、やがて廊下の角から、二体のゾンビが姿を現した。
どちらも男のゾンビで、一体は中年、もう一体は若者だ。
二体は隼人を認めると、不気味な呻き声を上げながら、歩み寄ってくる。
隼人は軽く周囲を見渡した。
廊下の幅は、槍を振るうのに十分な広さがある。
「少しだけ下がっていてくれ」
低く告げた言葉に、結依と菜月が数歩後退した。
後退を見た中年ゾンビが、ウイルスを感染させたいという獣の本能的な表情で、途端に駆け出してきた。
ゾンビに襲われた一般人が恐怖で叫ぶのは、無理からぬ話だろう。
――慣れているけどな。
隼人は槍を構えると、鋭い突きで中年ゾンビの首を貫いた。
すかさず槍が振るわれ、槍に引っ掛かった身体が、窓の外へ放り投げられる。
瞬く間に一体が、戦場から排除された。
「成ってから、時間が経ちすぎだな」
二体目も知性は感じられず、愚直に迫って来た。
隼人は振り払った槍を引き戻しながら、横薙ぎに振るった。
槍が二体目の胴体を打ち据え、そのまま振り抜いた。
二体目は、車に撥ねられたように盛大に吹っ飛ぶ。そしてドゴンッと大きな音を立てながら、壁に激突した後、廊下に崩れ落ちていった。
「吹っ飛ばしただけだと、動く可能性がある。トドメは大事だ」
隼人は槍を振り上げて、崩れ落ちたゾンビの頭部に振り下ろした。
ガンッと叩き付けられた槍で、ゾンビの頭部が破壊される。
撃破を確認した後、隼人は槍を振って、穂先の汚れを振り飛ばした。
「排除した」
隼人が告げると、結依と菜月が恐る恐る近づいてきた。
二人の様子を見た隼人は、槍を収納する。
「いつもそんな戦い方だったの?」
「ドラゴンとかは、頭部だけでも噛んでくるから、なお悪いぞ」
「……ドラゴン、居たんだ」
「30メートルくらいの奴は、頑張って皆で倒したなぁ」
なおアフリカゾウが頭胴長で7メートル、ティラノサウルスが12メートルだ。
地球で30メートル以上の陸上動物は、アルゼンチノサウルス、スーパーサウルス、トゥリアサウルスなど、数えるほどしか存在していない。
そんなドラゴンは、隼人の鎧に使われる素材の一部にもなった。
はたして地球と異世界とでは、一体どちらが安全であるのか。
その件について隼人は、言及を避けた。
























