22話 裏切りの男子生徒
小林から農作物の種を受け取った隼人は、正面門に向かった。
なお女性教師陣の強い主張により、米袋も追加で10キロほどもらった。
車を修理したことは伝えたので、持ち帰れると思ったのだろう。
――もっとヘアケア用品を持って来いという圧力だな。
現在は、農作物の種各種を詰めた段ボール箱と、10キログラムの米袋を台車に乗せて、ガラガラと押している。
いつも通りに門を跳び越えたら拙いよなと思いながら歩いていると、3回の取引で3度という奇跡的な確率で、同一人物に出会った。
「ああ、リュックサックか!」
菜月がリュックサックを抱えているのを見て、隼人は勘違いに気付いた。
前回、菜月に物資を渡した際、隼人は自分のリュックサックごと渡していた。
それで隼人が来校したことを知り、わざわざ返しに来てくれたようである。
「また3日振りですね」
「そうだな。今回は、奇遇じゃないようだが」
「ええ、無いと困るかなと思いまして」
菜月が差し出したリュックサックを受け取った隼人は、小さく頷いた。
異世界転移した隼人は、その際に空間収納の力を得た。
空間収納について隼人は、超文明の装置に端末を埋め込まれたと思っている。
その端末は、現代のスマホの超進化版で、物質をデータ化することで収納して、データを実体化させることで収納空間から出していると予想する。
つまり空間の広さは、スマホのように、情報端末のデータ容量と考えている。
異世界に転移させられる技術があれば、物体を消したり出したり出来るだろう。
隼人の能力で動物を収納できないのは、セーフティなどで説明できる。
だからリュックサックが無くてもさほど困らないが、一応は自宅から持ち出した品でもあった。
「中学の時から使っていたやつだから、あったほうが良いかもしれない」
「大切なリュックじゃないですか。それなら、ちゃんと取りに来て下さいよ」
少し呆れたような表情を浮かべながら、菜月はリュックサックを差し出した。
それを受け取った隼人は、段ボール箱の上に置きながら訴える。
「取りに来いと言われても、どこに居るのか分からないんだが」
すると菜月は、正面門から左側を進んだ先にある、クリーム色の4階建ての建物を指差して言った。
「あれが女子寮の2号棟で、201号室がわたしの部屋です。2人部屋で、最初に隼人さんが来たときに一緒だった未亜ちゃんが、同室者です」
「へぇ」
普通科で寮とは無縁だった隼人は、興味深そうに高校の女子寮を眺めた。
大森の話では、霧丘農業高校は全校生徒が450人ほどで、生徒の約7割が寮暮らしだったという。
すると寮生は300人強で、男女が同数で有れば150人が寮暮らしとなる。
女子寮が2号棟までとすれば、1つの建物に75人。
4階建てであれば1階につき20人弱で、2人部屋なら1階につき10室。
隼人が女子寮を眺めていると、菜月が念を押した。
「勝手に入ったら、怒られますよ。玄関に来て、誰かに声を掛けてくれたら、わたしが出ますから」
「別に女子寮に不法侵入しようと思ったわけじゃないが」
但し、どのような構造だろうかとは妄想しなくもなかった。
「でも隼人さんなら跳び越えて来られますね。2階の一番右が、201号室です。未亜ちゃんには、来るかもしれないと言っておきますので」
「いや、勧められても流石に行かないが」
明らかにふざけて、隼人をからかおうとする菜月の様子に、隼人は困った表情を浮かべた。
菜月から聞いた二つの言葉が、隼人の脳裏を過ぎる。
『中に入れてもらえなくて、目の前で死んだ人だって居ますし』
『行きたいですね。もう、あまり帰属意識もありませんし』
菜月は空元気なのか、自棄になっているのかもしれない。
――俺が一人だったら、連れて行くことを検討しなくもないが。
異世界から送還されて、最初に出会ったのが結依だった。
3年間の情報を欲していた隼人は、ゾンビウイルスに感染して追放され、家族とも縁の切れた結依を協力者にした。
結依は情報を提供するほかにも、料理や掃除を担当してくれたり、物資の重要性を指摘してくれたりと、役割を果たそうとしてくれている。
そして互いに、ウイルスを治せることや治ったことがバレたら困る身の上だ。
悪くはない関係だと思っている。
翻って菜月は、現状では隼人が同情しているだけだ。
ここからは強く出たがっており、隼人が誘えば喜んで付いてくるだろう。
だが隼人にとっては、メリットが無い……わけでもない。
――結依より、大人なんだよなぁ。
どこがとは言わないが、概ね全般的に大人だ。
――農業の知識とか。
大人の知識で助けてくれる意味なのだと、隼人は菜月の身体の一部から目を逸らしながら、脳裏で華麗に弁明した。
ただし大人な菜月を連れて行くと、結依が怒ると予見できる。
難しいなと思って、気持ちを切り替えるように周囲に視線を向けると、正面門の先からトラックが近付いてきた。
苦労して自動車を修理した隼人は、動いているトラックに目を見張る。
「あれは?」
「物資を取引してくれる人達です。確か……」
◇◇◇◇◇◇
霧丘農業高校の正面門が開けられて、トラックが入ってきた。
土煙を上げながら進み、正面門を通り抜けると、直ぐに霧丘農業高校の生徒達によって、門が閉じられる。
隼人と菜月の傍を通り過ぎたトラックは、しばらく進んで倉庫の前で停まった。
そして停まったトラックの運転席と助手席から、二人の男が降りて来た。
「どうも、交換に来ました」
首筋に大きな入れ墨をしている壮年の男が、タバコを片手に挨拶した。
そして挨拶した後、タバコを口元に運ぶ。
たまたま出迎えることになった小林は、馴れているのか気にした様子を見せず、平然と応じた。
「いつもありがとうございます。今回は冬キャベツ、冬レタス、ほうれんそう、冬大根が沢山揃っていますよ」
挙げられた野菜を聞いた男は、タバコを咥えたまま頷いた。
そして助手席から降りた紫髪の少年に告げる。
「逸平、開けろ」
「分かりました、鬼瓦さん」
応じた少年がトラックの後ろを開けると、中にはホームセンターに置かれている資材が、山のように積まれていた。
それを見た小林は、校門から駆けてきた生徒に声を掛けた。
「黒原君、悪いけど人手を集めてきてくれ」
「うい、もう折原が行きましたー」
「そうかい。だったら野菜を出すのを手伝ってくれ」
小林が付いてくるように言うと、黒原と呼ばれた生徒は右手を左右に振った。
「自分が行くんで、大丈夫っす。逸平も中学のダチっすから、二人でやりまーす」
すると鬼瓦もタバコを咥えながら、紫髪の少年に顎を上げて行けと指示を出す。
「うちの逸平は、そちらの黒原君とは中学の同級生らしいんで、使ってやって下さい。二人で話もしたいでしょうし」
「そうですね。じゃあ黒原君、頼むよ」
「ういーっす」
軽い返事をした黒原は、逸平を連れて、倉庫の中に入っていった。
扉が内側に押されると、僅かに錆びた蝶番が軋む音を立てる。
中は薄暗く、黒原が照明のスイッチを入れると、天井から下がる裸電球の一つが、ぼんやりとした光を投げかけた。
その光は十分とは言えず、倉庫の奥までは影が濃く沈んでいる。
「電気、足りてねぇんだよなぁ」
黒原は周囲を見回し、以前は明るかった倉庫を見渡した。
外部からの電力供給は途絶えており、太陽光発電は使えるものの、かなり節電しているのが現状だ。
彼の声は空間に反響し、少しばかり不気味な響きを伴って耳に届く。
「電気を使えるだけで、充分だろ」
逸平は軽く肩をすくめて言い、ポケットから取り出した懐中電灯を点けた。
その光が、積まれた野菜の箱や、足元の床を照らし出す。
「逸平、奥で話すぞ」
黒原が逸平に向けて顎をしゃくる。
二人は慎重に歩を進め、足元に置かれた箱を避けながら、倉庫の奥へと進んだ。
足音を立てないように気を遣いながら、黒原は周囲の気配を窺うように時折振り返った。
倉庫の隅にある棚の陰に辿り着くと、二人はようやく立ち止まった。
「ここなら聞かれねえだろ」
「そりゃそうだろ」
黒原がそう言うと、逸平は臆病すぎるんじゃないかと笑いながらも、懐中電灯の光を下に向けた。
「で、今日の深夜2時で良いのか?」
低い声で問う黒原。
その目には期待と焦燥が入り混じったような色が浮かんでいた。
逸平はポケットに手を突っ込み、口角を吊り上げた。彼の顔には薄暗がりの中で不気味な影が差している。
「準備は整った。お前が内側から門を開ければ良いだけだ。後はトラックに積んだゾンビが、仕事をしてくれる」
逸平の声には自信が滲んでいる。
彼の手がポケットの中でゆっくりと動き、何かを弄る音が微かに聞こえた。
「ゾンビをトラックに積むとか、どうやったんだよ?」
黒原が問いかけると、逸平は鼻で笑いながら口を開いた。
「生きている奴をトラックの荷台に縛り付けて、ゾンビに群がらせる。ゾンビが荷台に詰まったら、ユンボで閉める。それでゾンビトラックの完成だ」
「それ、誰が考えたんだ」
「俺だけど?」
逸平の声はどこか楽しげで、それが黒原の緊張をさらに煽った。
「なあ、約束は守られるんだろうな?」
「お前が食料を作れる霧農を、鬼瓦さんに売る。お前はここに詳しいから、これからも役に立つだろ。だから当然仲間だ」
「女は?」
黒原は念を押すと、逸平は薄く笑いながら、肩をすくめた。
「ここで手に入らなくても、俺達のグループには他所で捕まえた女どもが居る」
「ババアじゃないよな?」
「お前が選べる。だけど鬼瓦さんにしつこく聞いたりするなよ。怒ったら、マジで怖いからな。最初は黙っとけ」
逸平に注意された黒原は、自分を納得させるように何度も頷いた。
「いい加減、ウンザリしてたんだよな。規律だとか何だとか。俺は去年卒業してんのに、まだあれこれ縛りやがる」
「これからは、お前も色々楽しめるぜ」
逸平の「色々」という言葉を聞いて、黒原は嫌らしい笑みを浮かべた。
























