13話 薬局での収集品
商店街で収集を終えた隼人は、結依の家に戻った。
冷たい風が頬を刺し、帰り道も荒廃していたが、隼人の心は軽やかだった。
薬局で得られた成果が、想像を遥かに超えていたためだ。
ゾンビに気付かれないように声を出さず、渡されている鍵で静かに玄関を開けて中に入り、そっと閉じる。
そして二階に上がり、結依の部屋の前で声を掛けた。
「帰ったぞ」
「おかえり」
ドアのロックが外されて、隼人は部屋に入った。
結依が視線で、どうだったのかと結果を問う。
隼人は笑みを浮かべて、成果を報告した。
「商店街の薬局、シャッターが下りていて、中の商品が全部無事だった。使用期限が切れていない物は、根こそぎ持ってきた」
「……マジで?」
「おう。ああ、湿布薬だけは、ちょっと切れていても使えるかと思って、一応持ってきた。霧農にでも渡そうと思う」
隼人が誇ってなお、結依は驚きと信じがたさを含んだ目を向けてきた。
そのため隼人は、栄養ドリンク10本入りのケースが5個入った段ボール箱を、空間収納から出してみせた。
「ほら、大量だぞ」
段ボール箱を両手で抱えて見せた隼人に対して、結依は「自分の部屋に、いきなり巨大な段ボール箱を出すな」と言わんばかりに、抗議の声を上げた。
「分かったから、とりあえずしまって」
「おう」
隼人が段ボール箱をしまうのを待って、結依が尋ねる。
「それって、霧丘農業高校との取引に使うんだよね」
「おう。もちろん自分達が最優先で、いらないものだけ渡すけどな」
隼人の物資提供は、バッテリー交換の知識を得る対価だ。
文明が崩壊した世界では、使用できない車を動かせるようになるという知識は、それなりの価値がある。
塩だけでは、理解力の乏しい自身への指導には不足かもしれないと思って追加を探しに行ったのであり、何か渡せれば目的達成である。
「結依も、好きなだけ選んで良いぞ。空間収納に入れておけば、期限切れにならない。空間は余っているから、8畳の空間1つ分、好きに使って良い」
隼人の空間収納を一部使わせてくれると聞いた結依は、目を見張って驚いた。
「だったら、何を持ってきたか、リスト化して」
結依は勉強机にあった紙とペンを取って、隼人に差し出した。
それから二人で確認を行った結果、次の物品を確認した。
・医薬品
頭痛薬、湿疹・皮膚炎治療薬、解熱鎮痛剤、鼻炎薬、性機能改善薬、ビタミンサプリ各種、ムシ歯予防薬(フッ素)など
・栄養補給品
栄養ドリンク各種、粉ミルク、ベビーフード、肝油ドロップ、粉末ドリンク(緑茶、紅茶、黒酢、レモンタルトチェリー)など
・衛生用品
育毛・発毛剤、大人用紙おむつ、湿布薬、ヘアケア・ボディケア・スキンケア用品各種、抗菌スプレー、マスク、歯磨き粉、歯ブラシ、デンタルフロス、ティッシュペーパー、トイレットペーパーなど
・サポーター
手・足・腰用の各種サポーター
・プロテイン各種:
シリアルカロリーバー(チョコ、ホワイト、ストロベリー味)、ゼリー(ミックスフルーツ風味)、粉末(コーヒー、ココア、キャラメル、バニラ、マスカット、グレープフルーツ味)、錠剤(ラムネ味)
・その他
使用期限切れの一部の湿布薬
「全部要るから、逆に捨てても良い物だけを選んだほうが、早いかも」
「……はい」
結依から冷静に指摘されて、隼人はションボリと頷いた。
翌朝、物音が聞こえて隼人は目を覚ました。
ゾンビがはびこる世界において、物音を立てるのは避けるべきだ。
屋内には届いていないだろうが、不用意であることは否めない。
もっとも隼人が居れば安全であり、万が一で噛まれたとしても治癒できるので、隼人が居る現状であれば問題は無いが。
――何をしているのやら。
眠気を振り払って起き上がると、隼人は台所へと移動した。
「あ、おはよ。もしかして煩かった?」
「いや、俺の耳が良いのかもしれない」
隼人は異世界で戦場を経験しており、身体能力も上がっている。
ちなみにヒグマの聴力は、人間の2000倍。
普段は無意識に抑えているが、本気で聞き耳を立てれば、大変なことになる。
「何をしていたんだ」
「朝食。昨日もらった物資、使ってみようと思って」
隼人が近付くと、結依からふんわりとした良い匂いが漂っていた。
良く見れば、髪はさらさらと揺れており、肌も普段より艶やかに見える。
そういえば栄養補助食品のほかにも、ヘアケア・ボディケア・スキンケア用品などを受け取っていたなと、隼人は思い至った。
「お湯は使えないだろうに、洗ったときに寒くなかったか」
結依の家には、異世界から持ち帰った水桶を何個か置いてある。
普段は水で濡らしたタオルで身体を拭くだけに抑えているが、昨夜はそれなりに使ったらしくあった。
「もちろん寒かったけどね」
だが対価には、満足しているらしい。
女性がお洒落をした時は褒めるべきだったかと思い至り、隼人は結依に感想を述べた。
「髪がサラサラで、肌も綺麗だな。あと良い匂いもする」
「うん」
結依は、頬を赤らめながら頷いた。
隼人の語彙力は乏しかったが、結依の耐性も無かったようで、結果として釣り合いが取れるに至った。
朝食の準備は出来ており、今朝は隼人が提供する糧食だけではなく、薬局で入手したシリアルカロリーバーや、粉末を溶かした緑茶も並んでいた。
「なかなか贅沢な食卓だな」
「うん、食事は大事」
「それは同感だな」
着席した隼人は、カロリーバーを手に取り、一口かじってみた。甘さが程良く、噛むごとにチョコの風味が口の中に広がる。
久々の甘味が、隼人の口内で暴れ回った。
「これは贅沢だ」
隼人は緑茶に手を伸ばして、コップを口に運ぶ。
緑茶の渋みが口内に広がって、甘ったるさを中和していった。
「結依の判断は、大正解だったな」
「判断って、捨てても良いものしか渡さないって判断?」
「それだ。ちょっと舞い上がっていたかもしれない」
栄養補助食品は、自分達で使ったほうが良い。
消費期限が無い物は、隼人と結依では使い切れないかもしれないが、霧丘農業高校以外の人間との取引にも使える。
消費期限がある医薬品は取引に使えないが、自分達では使用できる。生産工場が止まっており、今回が入手できる最後の機会だったかもしれない。
結果として、今回渡すことになったのは、使用期限切れの湿布薬、手・足・腰用の各種サポーターの一部、電子計測器の一部だった。
サポーターや電子計測器は数が多すぎて、今回渡しても構わないと判断した。
ちなみに育毛・発毛剤もいらないが、相手も要らなそうに思えたので、候補から外した。
「それじゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
食事を終えた隼人は、結依に見送られながら霧丘農業高校に向かった。
◇◇◇◇◇◇
隼人は前回と同様に、正面の塀を越えて、霧丘農業高校の敷地内に入った。
まだ2度目の来訪であるが、数日で隼人の存在が周知されたのか、今度は武装した教師たちが駆け付けてくることはなかった。
隼人は大森の居場所を聞き出して、まるで生徒の1人であるかのように平然と校内を歩き、職員室で大森に物資を渡した。
「よく安全に移動できるね」
「いえ、ゾンビには追われますよ。自転車のほうが速いだけです」
隼人は、職員室の空いている机の上に物品を取り出しながら答えた。
成り立てゾンビの知能や能力は、酔っ払った人間並みだ。
酔っ払いにも程度があって、走れるゾンビも居れば、千鳥足のゾンビも居るが、走れても自転車より速いということはない。
もっとも一本道の前後を挟まれたら終わりなので、自転車で移動する人間は、3年間で概ね噛まれただろうが。
「まあ車を動かすまでの暫定措置です」
大森は、隼人の説明を噛み締めるようにゆっくりと頷いた。
「そうか。だが物資を運ぶよりも、自分の安全を優先してくれ」
「どうもありがとうございます」
隼人が会話をしながら取り出したのは、次の品々だった。
・『湿布薬』 大判7枚入り6箱 ※数ヵ月前に使用期限切れ
・『手・足・腰用の各種サポーター』 各3セット
・『電子体温計』 3本
・『血圧計』 2台
・『体重計』 1台
・『塩分計』 1本(2000回使い切りタイプ)
「ドラッグストアのバックヤードに残っていました。湿布は、数ヵ月前に期限が切れていました。使えないことはないかと思って、一応持ってきた感じです」
隼人は両手を使ってジェスチャーしながら説明する。
大森は真剣な表情でそれを聞き、湿布薬を手に取りながら頷いた。
「まだ残っているものなんだね」
「はい。意外でした」
隼人が入手先を偽ったのは、何かの機会で現場を確認されると、ヒグマ並の力を持っていると知られるからだ。
教師と生徒しか見当たらない霧丘農業高校からは「我々の集団に所属して馬車馬のように働け」とは言われないかもしれないが、念のためである。
「そういえばここって、教師と生徒しか居ないんですか?」
「受け入れは断っている」
大森が、厳しい口調で答えた。
そのトーンに隼人は驚きつつも、自分が所属を望んでいるのではないと伝える。
「大丈夫です。私は所属したいという意思はありませんので」
「そうなのかい?」
「はい。大集団に属すると、自由が無いでしょう」
隼人が訴えると、大森は頷きつつも質した。
「それはそうだが、水や食料は足りるのか?」
大森は腕を組んだまま、隼人の顔を見つめる。隼人は自信満々に両手を広げ、自分の健康な姿を示した。
「ご覧のように、元気に生きています」
大森は隼人の姿を見て、納得したように頷いた。