12話 取引品探し
「霧農との取引が纏まった」
霧丘農業高校から帰った隼人は、結依に結果を報告した。
「俺が物資を提供し、あちらは車について教えてくれる。少し手こずりそうだが」
「手こずるって、何?」
「その辺にあるバッテリーを拾って、今あるバッテリーと交換すれば動くわけではないらしい。ガソリンの確保もあるし、面倒そうだ」
面倒な話を思い出した隼人は、溜息を吐いた。
「面倒だけど、出来そうっていうこと?」
「そうだな。頑張ってみる」
結依の家に引き籠もる状況は、永続できない。
最たるは水で、現在は空間収納の水を出しているが、いつか尽きる。
人間は水を飲まなければならないし、トイレを流すにも水が必要だ。
水を安定して得られる地への移動は必須で、結依を安全に移動させるためには、車の利用が不可欠となる。
「初回は塩を提供したけど、塩ばかり提供するのも微妙だ。明日は、追加で渡す物を探しに行こうと思う。それが現況だな」
「どこに探しに行くの?」
「駅前の商店街を考えている。薬局とかがあったはずだ」
隼人の記憶にある商店街は、ほぼシャッター街だった。
だが駅前には夜の繁華街があり、需要があるのか、薬局は潰れず営業していた。
異世界で3年を経たが、それで潰れるようには思えなかった。
「あたしは、待っていれば良いの?」
「ああ。ゾンビが来たら、速攻で逃げてくれて構わないが」
「逃げた時の合流先、隼人の家で良いの?」
「とりあえずそこで頼む」
万が一の逃げ先として、隼人は結依に自宅を教えていた。
もっとも逃げる状況は、まず起きないだろうと考えている。家に引き籠もれば、ゾンビに気付かれるリスクが低いためだ。
ゾンビは、人間以下の視覚、聴覚、嗅覚である。
家に引き籠もった人間を路上から見つけることは、人間には出来ない。
「早く帰ってきてね」
「頑張ります」
ツンデレのデレという貴重な一言を聞いた隼人は、努力を約した。
◇◇◇◇◇◇
2月の早朝の空気は冷たく澄んでいる。
隼人は肌寒さを感じながら、自転車のペダルを漕ぎ出した。
道中、周囲には注意を払い、特に人間を警戒する。
隼人が1人で歩き回ると、この世界を単独で移動できる力があると認識される。そして新たな仲間、情報、物資などを得ようと話し掛けてくるかもしれない。
相手が結依を追放した集団だと、さらに困る。
――相手をしても、俺にはメリットが無いんだよな。
そのため隼人は、早朝に移動を行った。
早朝の散歩中だったゾンビを引き離して進むと、やがて商店街が見えてきた。
アーケードの入り口には車が停まりっぱなしで、車では入れなくなっている。
その横を自転車で擦り抜けると、殆どの店がシャッターを下ろしていて、下ろしていない店はガラスが割られて、中の商品が持ち出されていた。
服屋ではマネキンが倒されて転がっており、服も剥ぎ取られていた。
倒れているのが人間ではなかったことは良かったが、マネキンから服を剥ぎ取る有り様には恐れ入る。
なかなかの世紀末な状況であろう。
目的の薬局に到着した隼人は、店のシャッターが下りていることに安堵した。
「とりあえず、第一関門は突破だな」
シャッターが上がっていれば、生存者に物資を回収されていないはずがない。
薬局前で自転車を停めると、後ろから二体のゾンビが歩み寄ってきた。
早く感染させたいと、ウイルス塗れの手を伸ばしてくる。
隼人は自転車を収納して、代わりに槍を取り出した。
「南無阿弥陀仏、ないし南無妙法蓮華経」
隼人は、自分の家の宗派をよく分かっていない。
父方と母方の宗派が違っており、両親は隼人にどちらだと強要しなかったので、どっちでも無いのかもしれない。
とりあえず両方唱えた隼人は、一番近くにいたゾンビに槍を一閃させた。
鋭い槍先がゾンビの頭を貫いて、そのまま突き倒す。
ゾンビを地面に叩き付けた槍を引き抜いた隼人は、軽やかなステップを踏んで、槍を横に振り抜いた。
穂先が二体目のゾンビの首筋に当たり、豪快に骨を折る音が響いた。
ゾンビは弾き飛ばされ、転げながら薬局の向いにある店の壁に激突した。
そして崩れ落ちて、そのまま動かなくなる。
「やっぱり、頭か首だよな」
二体を片付けた隼人は、周囲に三体目が居ないことを確認した。
想定よりもゾンビの数が少ないが、シャッター街に居ても仕方がないと考えて、他所に行ったのかもしれない。
納得した隼人は、シャッターの隙間に槍の穂先を差し込み、隙間を作った。
そして隙間に指を差し込み、強引に引き上げていく。
「うらあっ」
隼人が叫ぶと、シャッターがガラガラと音を立てながら、持ち上がっていく。
ゾンビを引き寄せかねない音に、隼人は渋い表情を浮かべた。
だがシャッターの高さが目の位置より上がると、今度は顔を綻ばせた。
薬局には、手付かずの商品が残っていたのだ。
「おおっ、大量に有るじゃないか!」
シャッターを引き上げた隼人は、素早く薬局に潜り込んだ。
そして一息吐いて、薄暗い店内に並べられた商品を見渡す。
そこは宝の山だった。
車で入れず、ゾンビが居たことから、シャッターを上げられなかったのだろう。
商品は整然と陳列されており、店長が持ち出せなかったことが窺えた。
「そもそも薬局には、何が置いてあるんだ」
3年前の隼人は、ドラッグストアには入ったが、薬局には出入りしなかった。
最初に目に入ったのは、入り口付近に積まれた栄養ドリンクである。
「夜の繁華街で、お姉さんと元気にイチャイチャするためかな?」
入る店を間違えただろうかと思った隼人は、栄養ドリンクの成分に思い至った。
栄養ドリンクには、様々な成分が入っている。
エネルギー代謝を助けるビタミン、血流を促進して疲労回復を助けるアルギニン、肝機能を助けるタウリン、免疫機能を助けるグルタミンやオルニチン、集中力を高めるカフェインなど。
血行促進を行う高麗人参や、覚醒作用のあるガラナが入った栄養剤もあったが、いずれにせよビタミン類は良いものだろうと判断した。
「賞味期限は、セーフか」
積み上げられた栄養ドリンクの賞味期限は、残り3ヵ月から半年ほどはある。
ゾンビの発生が3年前、日本人が秩序を保てたのが2年前、文明崩壊が1年前。2年前に店主がゾンビに襲われたなら、まだ大丈夫な商品はあるかもしれない。
そして隼人の空間収納は、収納した物が、収納した時点の状態で出てくる。
収納しておけば、賞味期限や使用期限は切れないのだ。ラベルの期限が切れると人には渡せないが、自分と結依が飲むだけなら何も問題ない。
ケース入りの栄養ドリンクを残らず収納した隼人は、次いで棚に目を向けた。
そこには医薬品が並んでおり、頭痛薬、湿疹・皮膚炎治療薬、痛み止め、解熱鎮痛剤、鼻炎薬などが揃っている。
使用期限を見ると、棚の手前にある薬の一部は期限が切れていた。
だが奥のほうにある薬は、切れていなかった。
――神聖魔法だって、万能じゃないからな。
神聖魔法は、隼人が魔素に働きかけて行使している。
つまり働きかける隼人が分からないと、上手く治せない。
薬があるのは有り難いし、霧丘農業高校に渡す取引材料にもなる。
「使用期限が少し切れているのを渡しても、怒られないかな」
流石に駄目だろうかと悩んだ隼人は、期限が切れていないものだけを収納した。
次に、医薬品コーナーの隣へと移る。
すると性機能改善薬、育毛・発毛剤、大人用紙おむつ、湿布薬、手・足・腰用の各種サポーターなどが、ズラリと並んでいた。
最初の商品は、お姉さんとイチャイチャするためだろう。
次の商品は、おじさんが自分でフサフサするためだ。
湿布薬などは、ちょっと頑張りすぎたのかもしれない。
教頭の大森は、髪が元気だったかなと失礼なことを思い浮かべつつ、隼人は取引材料になる可能性を考慮して、全てを収納していった。
「小さい店舗なのに、かなり色々とあるな」
店の奥には、粉ミルク、ベビーミルク、ベビーフードの棚もあった。
ベビーミルクの賞味期限は切れていたが、粉ミルクとベビーフードは大丈夫で、それらは収納した。
ほかには、プロテインのバランス栄養食が並ぶ棚もあった。
プロテインは、タンパク質を豊富に含む栄養補助食品だ。肉、魚、卵、大豆などの食品から摂取できるが、いずれも現状では入手困難だ。
シリアル(穀物)でコーティングされたプロテインのカロリーバーは、チョコ、ホワイト、ストロベリー味がある。
プロテインゼリーは、ミックスフルーツ風味と書かれていた。
水に溶かして飲む粉は、コーヒー、ココア、キャラメル、バニラ、マスカット、グレープフルーツ味と豊富にある。
錠剤はラムネ味で、それらがプロテインコーナーだった。
「この店は、一体何を目指していたんだ」
プロテインで、商店街にマッスル消防団でも作りたかったのだろうか。
プロテインコーナーの隣には、ヘアケア、ボディケア、スキンケア用品があり、そちらも全回収した。
最後に肝油ドロップを見つけて、これは何だと首を傾げつつ回収した。