01話 宴の不意打ち
頭が鉛のように重く感じられ、意識がぼんやりと揺らめいた。
まるで徹夜明け後に夕方まで過ごした時か、40度近い熱を出した時の感覚だ。
それほどまでに意識が、朦朧としていた。
呻きながら身をよじると、背中から冷たい石の感触がひんやりと伝わった。
どうやら硬い石畳の床に横たわっているらしい。
わずかに心地よさを感じたものの、違和感は拭えなかった。
――どうして床で寝ている?
霞がかった思考の中、昨夜の記憶を掘り返す。
帝国が魔王を倒した祝宴が開かれて、高価な酒樽が惜しげもなく振る舞われた。
『次元を超えると特別な力を得る』
そのような理由で俺は、中世ほどの文明を持つ異世界の人類国家に召喚された。
召喚するためには巨大な魔力が必要であるらしく、召喚は10年に1度ほどだ。
3年前に召喚された俺は、召喚された者の中で一番若い。
だがヒグマ並の身体能力、魔力を用いた神聖魔法、そして空間収納という特殊能力を得た。
身体能力は上がるらしく、13年前に召喚されて先頃魔王と相打ちになった男は、アフリカゾウ並の力を身に付けていた。
神聖魔法は、怪我や病気を治せて、こちらに来てから身に付けた。
空間収納は、8畳の部屋10室分、あるいは20フィートコンテナ10個分の物を収納できる。特殊な力で、召喚された者だけが得られる。
それらの力により、俺達は従軍させられた。
――魔王を倒したから、帝国の方針は、大正解だったわけだ。
戦争に勝利した帝国軍は、凱旋を果たした。
俺は城の宴に呼ばれ、断れずに酒を飲んだ記憶がある。
相手が将軍だとか、侯爵だとかでは、流石に断りようがない。
そして目覚めたところ、石畳に転がっていた。
だが城の従者は、なぜこんな場所に運んだのか。
思考の靄を払って薄目を開けると、異世界召喚された時と同じ召喚の間だった。
しかも床には魔法陣が描かれており、儀式を行う神官達の姿がある。
「おい、意識が戻ったぞ。どうなっている」
「申し訳ございません。薬の量が足りなかったようです。ですが半日は、痺れて動けないはずです」
朦朧とする意識の中で、信じがたい言葉が耳に届いた。
視線を動かすと、神官達の中に宰相の姿が混ざっているのが見えた。
宰相は溜息を吐き、冷めた無感情の眼差しで、俺を見下ろしている。まるで野犬が転がっているのを見るかのような、まったく人と見なしていない瞳だった。
「聞こえていたのか。熊倉隼人、貴様は元の世界に戻してやる」
疑いの眼差しを向けた俺に対して、宰相は理由を告げた。
「戦争に片が付いて、用は済んだ。猛獣が残っていると、危険だろう」
当たり前のことを聞くなというように、宰相は呆れた態度で告げた。
俺が聞いていたのは、軍で昇進させ、爵位と領地を与えて、身分に合った貴族の娘と結婚させるという話だった。
だが従軍していた被召喚者で存命なのは、俺だけだ。
俺を送り返せば、約束など守らなくて良くなる。
「過去に召喚した者を殺して、召喚が成功しなくなった国があった。故に貴様は、生かして返してやろう。先人の尊い犠牲に感謝することだ」
その話を聞いた俺は、否と言えなくなった。
残っていたところで、碌でもないことになるのは目に見えたからだ。
残れば殺される危険のある帝国と、高校は卒業していても3年の空白期間がある日本。はたして、どちらがマシなのか。
黙り込む俺を見て、宰相が小さく鼻で笑った。
「貴様の空間収納にある軍事物資は、手切れ金としてやろう。さあ、やれ」
宰相の言葉に呼応して、周囲の神官達が詠唱を始める。
その呪文は何かを読み上げるように明朗で、高らかだった。
身体の下で、魔法陣が青白い輝きを放つ。
光が身体に纏わり付き、染み込んできて、分解されるような感覚を持った。
為す術も無く、俺は光に飲まれて、消されていった。