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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

捨てる

作者: 白川明

 私の父は十人の兄弟を殺して王位につき、十人の我が子を殺し、その玉座を温めた。



「ニシャ」


 大きな籠を背負って前を行く侍女の名を呼ぶ。

 彼女は立ち止まって、振り返る。

 自然と、彼女に見下ろされる。

 普段ならば、彼女は決してそんなことはしない。けれど今はそんなことに構っていられない。

 周りは木々に囲まれ、下はごつごつとした岩が多く、歩きづらい。腐った卵のような嫌な匂いがしている。

 私たちは黒狼山こくろうさんを登っていた。

 私はニシャと違って身軽だが、慣れぬ山歩きに疲弊しきっていた。まだ中腹にも辿り着いていないのに。


「少し休ませて」

「アデラ様、いけません」


 息を荒げる私を見下ろしたまま、ニシャは行った。彼女の呼吸は一切乱れていなかった。


「休んでる暇はございません」


 鉄のような無表情で、淡々と彼女は告げる。

 私とて、わかっている。

 私たちには、いえ、私にはしなければならないことがあった。

 王の娘である私には。

 

 ニシャに背負わせた籠の中身をこの山の火口に投げ捨てなければならない。


 私は深呼吸する。

 私が始めたことなのだ。これくらい耐えなければ。

 わかった、と言おうとしたところ、ニシャがすばやくこちらに近寄った。


「アデラ様、こちらをお願いします」


 ニシャは背負っていたものを軽々と地面に下ろし、私に押し付けた。


「ニシャ……?」

「追手です」


 籠の重さにふらつく私を背に、ニシャはスカートから短剣を取り出し構えた。

 彼女の目は殺気立っていた。


 それからすぐに四人の騎士が現れた。

 彼らは誰何することなく襲い掛かってきた。

 ニシャはすぐに短剣を投擲する。私の方へ来ようとした騎士の眉間に短剣が深々と刺さった。

 ニシャのもとに騎士が殺到する。彼女は慌てることなく、別の短剣を取り出し、応戦する。


 ニシャは私の侍女だが、べディア族の戦士でもある。

 昔、南方の亡国からこの国へ渡ってきた高い戦闘能力を持つ一族。それがべディア族だった。

 ニシャを私付きにしたのは、母方の祖父だった。王家に反旗を翻した過去を持つべディア族を王宮に入れることに父は反対しなかった。

 そもそも父は私に関心がなかった。

 無理もない。

 私は側室の子で、しかも女だ。

 私の他にも娘が四人いて、皆美しかった。外交の道具にする価値もなかった。


 ニシャに騎士たちは二人同時に襲い掛かる。彼女は騎士たちの剣を両手それぞれに持った短剣で受ける。

 残った一人が私に向かって来る。

 私は逃げ出したくなる気持ちを無視して、籠にしがみ付く。


「裏切り者め」


 騎士が振り下ろした剣を、私は籠で受け止める。

 ニシャが用意した籠は頑丈で、壊れはしなかった。しかし、衝撃に耐えきれず、倒れる。私も支えられず、手を離した。

 そうして蓋が開き、中身が飛び出る。


 それを見た騎士はヒッと悲鳴を上げる。


 身体を丸め、目と口が縫い合わされた男の死体が転がり出る。

 

 私の父である。

 父の手足を籠に入れるよう折り曲げ、目と口を縫ったのはニシャだった。


 隙を見せた騎士の首が胴体から離れた。


「お怪我ありませんか、アデラ様」


 騎士から奪った剣を持ったニシャが立っていた。返り血が顔にも飛んでいる。

 いつの間にか二人を片付けていた。


「なんともないわ。あなたは?」


 震える声で私は言った。ニシャはすかさず「無傷です」と答えた。

 人間の死体は散々見てきたが、慣れるものではなかった。

 私の無事を確かめると、ニシャは父の死体を無造作に掴むと籠に戻した。籠を背負ってから、騎士から奪った剣を再び手に持った。


「急ぎましょう」

「ええ」


 私が騎士の亡骸に目をやるとすかさずニシャが告げた。


「そのままにしましょう。獣たちが片付けてくれます」

「……そう」


 そうして私たちは歩みを再開した。



 父にとって、私はいてもいなくてもどうでもよい存在だった。

 けれど私は父が嫌いではなかった。


 自分に歯向かう者には一切の容赦がない父は、自分の兄弟を一人残らず殺して王位に就いた。王の座を望まなかった者も殺し、子がいる者はそれも殺した。兄弟を支持した貴族たちも例外ではなかった。

 王になってからもその性質は変わらず、粛清は日常茶飯事だった。対象は妃や己の子にも及んだ。

 王を皆恐れた。私もそうだ。

 王は孤独だった。


 私はその姿にどこか慰められていた。

 父と同じように私は孤独であったから。


 父の横暴に耐えかね、私の兄弟たちは王座を奪おうとした。

 上手くいかず、皆殺された。

 兄弟たちの死体は城壁に吊るされた。

 夫と共に父に反旗を翻した姉妹もいたが、皆同じように城壁に吊るされた。


 そうして、子は末の弟と私の二人になった。弟はまだ元服前であり、他の兄弟と違って父に従順だった。

 娘が一人になって、やっと父は私の存在に気付いた。

 私はまもなく三十になる。婚期はとうに過ぎていた。

 私のことを思い出した父は、私を騎士団長である侯爵家の男に与えようとした。


 その矢先、父は弟によって心臓にナイフを突き立てられて死んだ。

 弟はその場で騎士たちに滅多刺しにされて絶命した。


 そこで終われば、よかったのだ。


 父に仕える魔術師が、父の復活を予言しなければ。

 王子の時代から父の傍にいた魔術師の予言は一度足りとも外れることがなかった。侍女の子であり、庶子であった父が王になると告げた最初の予言から、全てが。



 私はその晩、ニシャと共に遺体が安置された場所に忍び込み、遺体を盗んだ。

 この黒狼山の火口に投げ捨てて、蘇生を阻止するために。

 黒狼山はべディア族が守る土地であり、この山に流れる火は永遠に消えることがないという。

 元々べディア族は不死者を殺すことを使命としていた。昨晩、初めて聞かされた話ではあるが。


「王族に不死者が現れたときに殺すよう、ご主人様に言いつけられていました」


 ニシャは平然とした口調でそう言った。彼女の主人は死んだ私の祖父だ。


 私はニシャ以外頼れる人がいなく、決死の覚悟で父の復活を阻止したいと彼女に懇願した。そのときの反応がそれで、拍子抜けしてしまった。



 私たちは黙々と進んだ。木々が疎らになっていき、腐った卵に似た匂いがさらにきつくなっていった。

 

 とうとう、木々が途切れ、剥き出しの岩肌だけとなった。


「頂上はまもなくです」


 ニシャの言葉に私はホッとする。


 そのときだった。


 顔色を変えたニシャが私を突き飛ばした。

 私がさきほどまでいたところに、突然騎士が現れた。彼は地面に深々と剣を刺していた。


「コンラッド殿」


 彼の名を呼ぶ。

 すると騎士はにっこりと微笑んだ。


「どうして避けたのですが、アデラ様」


 私は寒気がした。婚約者であるこの男に。

 すかさず、ニシャが私を庇うように前に出る。籠は無造作に投げ捨てられていた。


「なぜ、貴方がここにいるんですか?」

「魔術師殿に送って頂きました。返して頂きますよ、陛下の御身を」

「……嫌です」


 私の言葉にコンラッド殿は片眉を上げて見せた。


「貴女はその蛮族の女に騙されているのですよ」

「いいえ。これは私自身の意志です」

「なぜ陛下の復活を拒むのです? 陛下がいなければ我が国は滅びますよ」

「それでも、駄目です」


 自分の声が震え出しているのを私は感じた


「おかしなことを言う人だ。陛下が復活なされば、この大陸は、いえ、世界は我が国の物となるのですよ」


 それが、魔術師が王の復活と共に予言した内容だった。

 王は蘇り、大陸を統べる覇者となるだろう、と。


「だからです。父上を止めるのが最後に残った私の役目。父は世界を滅ぼしてしまう」

「違いますよ、陛下が世界を救ってくださるのです」


 コンラッド殿はずっと笑顔だった。


「アデラ様、この男と話しても時間の無駄です」


 痺れを切らしたニシャが言った。


「黙れ淫売」


 虫けらを見るような目でコンラッド殿が言った。


「アデラ様、この男も殺してよろしいですね?」


 私は一瞬言葉に詰まる。

 ニシャは強い。コンラッド殿にも決して負けない。殺してしまうだろう。


「……ええ」

「かしこまりました」

「はは! 最後まで貴女は不出来な婚約者殿でしたね!」


 楽しそうにコンラッド殿が笑う。

 以前の彼はこうではなかった。父の死と予言で、おかしくなった。

 いや、それは私の願望かもしれない。


 ニシャとコンラッド殿が剣を交える。

 私はそれを見守るしかない。

 素人の私にも二人の実力が拮抗しているのがわかった。


 勝負は思ったよりも早く付いた。


「化け物」


 口から血を吐きながら、コンラッド殿は私を見ながらそう言って、倒れた。剣が心臓を貫いていた。

 同時に、ニシャも膝を付く。


「ニシャ!」


 私は彼女に駆け寄る。が、ニシャは手でそれを制した。


「かすり傷です。行きましょう」



 ずるずると、父の亡骸が入った籠をひきずりながら、私たちは火口を目指していた。

 ニシャが負った傷は浅くはなく、籠を背負うのは無理だった。


 岩だらけの風景はどこか別世界のようだった。



「魔術師は来るのかしら?」

「転移魔術は魔力を大量に消費します。立て続けの使用は出来ないでしょう」

「そう……」



 私たちは時間をかけて、火が躍る火口まで辿り着いた。

 籠を横に倒し、父の死体を引っ張り出す。


 目と口を糸で縫ったのは復活を少しでも遅らせるためだった。

 惨い有様だった。


 ふと、私は思った。

 父の遺体を損壊し、他人の命を奪い、私は何をしているんだろう。愛していないとはいえ、婚約者も殺した。


「アデラ様、手を離してください」

「え?」

「私が御父上を落とします」

「何言っているの、そのくらい私にも出来るわ」


 あとはもう死体を煮え立つ火口に落とすだけなのだ。


「アデラ様、涙が」


 その言葉を聞いて、私は自分が泣いていることに気付いた。

 ニシャが私を気遣っている、ということにも。


「ありがとう、いいの。私がやらなくちゃ。私で最後にしなくちゃ」


 ニシャはまだ何か言いたげだったが、私が微笑んでみせると、いつもの無表情に戻った。


 私とニシャは一緒に父の死体を赤い炎の中に落とした。

 一瞬父の死体が蠢いたのち、真っ赤な炎に呑まれていった。

 そうして最初から何もなかったように、炎は踊っていた。


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