モブとゾンビ鉄道1
-1両目-
あたりを見渡すと大きい荷物を持った家族連れやスマホと睨めっこする人も多く、混雑している。皆避難所へ向かっているのだろう。それにしても、さっきの人は怖かった。なんだったんだあの男は…
「お兄さん」
突然そう呼ばれて、振り返ると、1人の少女がいた。
「これ、落としたよ」
「あぁ本当だ、ありがと」
その子は俺のキーホルダーを拾ってくれていたようだ。
「ギャー!!!」
その声は突然聞こえた。一斉にそちらの方へ目をやると、その女性の家族おもわれる男が、ゾンビと化していたのだ。そして、とある男がこちらへ小走りでやってきた。
「逃げるぞ、少年!」
俺はその男、小淵沢に手を握られて、咄嗟に目の前の少女を掴みながら、足早にその場を離れた。それに続くように、周りの人たちも逃げ出していった。貫通扉をこじ開け、まだ何も知らない2両目の人々を押しのけながら、3両目、4両目と進んでいった。
「ドアを閉めて!」
俺たちが4両目に入った途端、扉の横にいた大男が扉を塞ぎ、開かないようにした。具体的に言うと、入ろうとする人を蹴り飛ばしていた。後ろでは、助けてくれと泣き叫び、パニック状態になっていたが、構わず閉め続け、少し経った頃には叫ぶ人はいなくなり、扉を開こうとする者はいなくなった。
「もういいですよ、そしてみなさん、絶対に大声を出さないでください」
そう白衣を着た男が言うと、大男は扉から手を離した。
「とにかく、私たちは生き残りましょう」
「生き残るって、この状況でどうしたら……」
「WiFiも繋がらないし、どうなってるのよ」
と、スーツを着た男女が言った。俺たち合わせて7人がこの狭いグリーン車の1階部分にいた。
「ていうかここ、こんな感じだったっけ?昔はこんな場所なかったような」
その後、沈黙が続いたので、俺から口火を切った。
「この先には…進まないんですか?」
「えぇ、ゾンビたちが上の階から下の階へそして下の階から上の階へとぐるぐる回っているんです」
「じゃあ、そいつらが下から上に上がるタイミングで前にいけばいいんだな」
スーツの男が言った。
「もしまた後ろの方のゾンビが襲ってきたら、おれたちまとめてゾンビ行きだぞ!」
「ですが、前の車両にもゾンビがもいれな」
「もういい!先輩行きましょう」
「えっ、でも」
「ここから出たら戻ってきても開けませんよ」
「勝手にしろ!行きましょう」
「ちょっと、待って!」
そう言って2人は下の階へと消えた。
「日野くん、俺たちはどうしようか」
「中野まではまだありますよね…」
すると突然、ブレーキがかかり、俺は慌てて小淵沢を掴んだ。
「大丈夫か?」
「すいません」
「どうやら、御茶ノ水についたようですね」
「え、あれ…」
ここまで無言を貫いていた少女が突然、窓越しに絶望した顔をしていた。薄々察したが俺たちも窓から覗くと、人間の姿はなく、ゾンビたちがうろうろと駅中を闊歩していた。
「みなさん、絶対に喋らずに、しゃがんでいてください。そうすればゾンビは寄ってきません」
「わかりました、みなさんも伏せて」
そう俺が言うと、シートや壁側に寄り、窓越しにゾンビが見えないようにした、そしてドアが開いた時…
「ギャー!!!」
前の方でさっきまでいた女の叫び声が聞こえ、ゾンビたちがその方向へ一斉に突進していった。そして列車は、駅で数十匹ほどのゾンビを乗せて、再び動きだした。
「はぁ、怖かったー」
小淵沢がそう呑気に話した。
「あの声って、さっきの人たちですよね?」
「そうでしょうね、これじゃあ車内から前の方に進むのは厳しいでしょう」
「まぁ、前にいったところであいつらがいない保証はないけどな」
「ほんと、どうしたらいいんだよ…」
そう考えていると、少女が突然喋り始めた。
「私、先に行く!」
「やめときな、1人だと危ないぞ」
「その、実は一番前の車両に弟がいて、その弟から連絡があったの」
「それで?」
「後ろの車両で人同士が喧嘩し合ってて怖いから、助けてくれって」
「でも、それじゃあそれより後ろは…」
「……わかりました、みなさんで行きましょう」
白衣の男がそう宣言した。
「とりあえず、グリーン車の一番前の5両目まで行きます、そして次の四ツ谷からはホームを出て、急いで前の方に行きます」
「本当に大丈夫か?特にこの子とか」
「私は大丈夫!だって中学生だもん!」
驚いた。中学生にしては小柄で話し方も幼かった。
「次の四ツ谷まではまだ時間があるので、慎重にタイミングを計って行きましょう」
そう白衣の男が言うと、大男を先頭に白衣の男、少女、俺、そして小淵沢の順で前へ進みだした。




