第3話 オスロへ(その2)
オスロはバイキングの街である。フィヨルドの奥に位置する港は、奥深い。
北海からバルト海へと、船を操る連中に取って港は、心の拠り所であろう。
出船は港に残る人、入船は港で待つ人を思う。その為に長い航海に耐える。
藤原の意識に部屋の中の音が蘇ってきた。まるで氷が溶けるように頭の中の想いが流れ出し、現実の風景に視点が合っていった。
藤原はラウンジへ意識を戻した。ただやはり何の伝手もない船主に、どうやって食らいつくか。高を括る自分が珍しく不安だった。
そんな時、サービスカウンターでコーヒーを入れた男が、ゆっくり奥へ歩いていく。年の頃なら六十代後半、意味もなく顔を見た。
(えっ……、どこかで見たような……)
藤原は気になって男の姿を目で追う。
どこか見覚えがある。藤原も駐在していただけに知己も多い。だが思い出せない。誰だったかという思いが苦痛になり始めた時だった。
「そうだ、ベルグさん……」
と、思わず声が出そうになった藤原は、立ち上がって男の後を追った。
もう少しで声を掛けようとした時、男は腰を屈めて座った。
違った。他人の空似であった。その顔は似ても似つかない。
男の顔は、陽気なベルグの赤ら顔ではなく、厳格なドイツ人風であった。考えてみればもう、現役を引退して何年か経つ。週末のロンドンにいるはずはなかった。
(酒の好きなベルグ、元気にしているのか)
と、彼の笑顔と共に良いことを思いついた。
(彼に電話を入れよう。きっと彼なら引退した今でも、新造船の情報は持っているはず)
そう思うと藤原は席には戻らず、男の横を通り過ぎて、電話ボックスの方へ向かった。
(運も実力の内、やってみな分からへん)
生まれが寺のせいか、人生の転機には必ず言葉が浮かんでくる。
だが藤原は、そんなことを考える余裕もなく、気が急いていた。
胸ポケットから手帳を出しBergという名を頭に浮かべた。するとこの姓は山の事だと初対面で言うベルグに、山男が船を扱うのかと冗談を言って、二人で笑った事を思い出した。
(人生、目標が決まれば後は勝負するだけ。下手な鉄砲でも打てば、それで道が開ける)
そう鼓舞して、電話を掛けたのだった。
(つづく)