第2話 大聖堂近くのレストラン(その3)
商船の寿命は20年から25年。新造船に発電機を納めれば部品は最後まで売れる。
故にメーカーも、その部品を扱う商社も、船主の指定を取ることは重要である。
ただ新興船主のNAJACに、何の伝手もなく船主工作を請負うのは無謀だった。
ナミゾウの装置は一隻で八千万円は越える。船主指定が取れるか否かは別として、問題はナミゾウが新日本に幾ら口銭を払うかである。
上田の話では新造は6隻一括で、納期から逆算すると契約のタイムリミットは10月末。つまりあと半月で決めなければ失注する。それだけに武田は焦っているに違いなかった。
「造船所は、何と言っているのですか?」
藤原はあくまで順当な質問から始めた。
「リードヤードは東海ですが、うちの出足が遅く、船主はフィンランドのボルツラを指定していて、取りつく島がないのが実情です」
(ほう……えらく正直に出てきたなあ)
内心そう思いながら、藤原は話の落し所を探った。
上田の話では、実際のところ武田は日本側の船主が決定権を持つと判断して、オスロへのコンタクトを怠ったらしい。すべては武田の判断ミスが原因だった。
「分かりました。多少昔の伝手があります。とにかく明日、オスロヘ飛んでみましょう」
「えっ、本当ですか――」
「その代わり、高いでっせ……」
藤原に勝算がある訳ではない。
実際コネもない。だがそれが藤原の仕事の流儀であった。
「はい……、2%で、いかがでしょうか」
武田のオファーに、藤原は表情を変えない。
「まあ、取れるかどうか……、ですな」
そう呟いて藤原は、コーヒーカップを手にした。
しばらく逡巡した武田は、身を乗り出して言う。
「3%でお願いします。これで精一杯です」
と言って顔を上げた武田の目は真剣だった。
(この男も追われている。重役への道が消えるか否かの土壇場なのだろう。だが今更、この時期に先の見えない仕事を受けるのか)
藤原は自虐的になりながらも、心の底から熱いものが湧き上がるのを感じた。
ただこれは、灯滅せんとして光を増すことかも知れない、と覚悟をしていた。
(つづく)