第12話 お節介(その2)
米国で「Japan as No.1」の出版は1979年、そして1985年のプラザ合意。
以降、急激な円高で経営者の藤原は利益確保に海外調達を決め、上田はその先兵。
それは桃山・明治・昭和と、何かに追われて突出する、日本人の島国根性なのか。
朴部長は38歳、釜山海洋大学を出て一流の船会社で機関長にまでなった男である。彼は当時給料の良かった日本船に乗る為に、独学で日本語をマスターした。
オリオンへ入ったのは、高校と大学の先輩である李社長に誘われたからだが、本人は自分の会社を興すまで、というのが正直なところだった。
彼のようなエリートに取って、日本の存在は兄弟が骨肉を争うように愛憎相半ばする。しかも民族に強い思い入れがあり、物事を判断する時、明確な意思で白黒つけようとする。
この点、いくら上田が毎晩一緒に飲み、親密さを抱き始めているとはいえ、朴の毅然とした態度には教えられるものが多かった。
だがある日、地下の作業場で働くアズマが、
「上田シー、寒くて作業できない。みんなカンギ(風邪)で休みたい」
と言う。それは広がり、次から次へと寝込み、最後は6人が休んだ。
上田は金社長に、
「ストーブを入れろ」
と頼んだ。
だが金は、
「そんな金はない」
の一点張り。取りつく島もない。
仕方なく上田はまた東大門市場へ走り、石油ストーブを2台買った。それを作業場に入れると、皆が大喜びした。
その喜ぶ顔にほっとすると、今度は事務所に詰めていた朴部長が暗い顔をして現れ、こう告げた。
「上田さん、女工2人が高熱で、他も調子が悪い。でも医者に行く金が……」
朴自身、上田に要らぬお節介と言っただけに、その顔は苦渋に満ちていた。
だがこのままでは作業場も事務所も崩壊してしまう。
その現実を前に、手を貸さざるを得ない。金社長は、朝から部品の集荷に出ると終日戻ってこない。日々現場の悲惨さは、朴と上田の疲れた身体に用捨なく襲いかかってきた。
上田は朴に作業場を任し、今女工に倒れられてはと、事務所へ向かった。
だが中へ入ると、果たしてミシンの音が聞こえない。事務所に所狭しと積まれたオレンジ色のウエビングの中で、女工全員が蹲っている。
誰もがぐったりして、見れば頬が異常に赤くなっている。その倒れ込んだ状況を見て、上田は怯んだ。
だが年嵩の女工を起こすと、ポケットからありったけの金を出して、
「病院へ行け。残った金で好きな物を喰え」
そう言うと、女工の熱っぽい顔の細く切れ長の目が、ふっと和らいだ。
下手をすると彼女らが逃げる恐れもある。
だが狭いタコ部屋を見ているだけで、もう身につまされた。
(こんな事が、許されるはずがない)
そう思うと、上田はもう何もかも捨てて、自分自身が逃げ出したかった。
(帰りたい、日本へ、日本へ帰りたい……)
そんな餓鬼のような心の底からの慄きに、上田は脅えていた。
目の前で、なんとか立てる女工が弱った女工を抱き上げ、互いに庇い合いながら部屋を出ていく。
それを見送りながら、
(ここで俺がギブアップしたら……)
と、なんとか自分の心を繋ぎ止めようとした。
そして女工のいない部屋で、ひとり立ち尽くすのだった。
(つづく)




