第5話 技術屋のせめぎ合い(その2)
商社の中で、例えば技術部の部署で要求される営業は、いわゆる技術営業である。
自社で物をつくる訳ではないが、すべからく技術的な裏付けを持って、物を売る。
だが経営は経済学部卒が席巻して、技術屋が入る余地はない。それが昭和である。
上田は専務室隣の企画室で6階にいる。矢部のいる技術部は4階である。矢部は上田より年長で職責も一応上だが、専務直轄の企画課長に対する遠慮から、一応敬語を使う。
互いに造船所出身だが、元来構造は他の部門と相性が悪い。船体の構造に固執し、規則でがんじがらめの世界だけに始末が悪い。そう思う上田に、矢部は不倶戴天の相手だった。
「こんな物って車のベルト、ベルトですよ」
「君に聞かなくとも、そんな事は分かってる。だがこんな予算で出来る訳ないっしょ――」
上田が矢部を苦手なのは、四国生まれだという男が、大学が東京というだけで標準語を使うことである。上田が淡路生まれで四国に恨みでもあるのか、何かにつけて衝突した。
「出来る訳ないって言うても、これは専務命令でっせ、嫌なら専務に言いなハレ――」
その口ぶり、いかにも憎たらしい。
それは大阪弁とも違う上田独特の物言いだった。
「なんでうちで作るんだね。これは専門メーカーの仕事で、我々が手を出す物じゃない」
矢部の言い分は正しい。
本来ベルトは用船する自動車メーカー側が仕様を決める。カーラッシングベルトは、甲板上で車を固定するものだが、大切なのはどれだけ車を多く積むかである。
もし詰めた間隔でベルトを締めて、隣通しがぶつかっては意味がない。
片端をシャーシのアイ、肩端を甲板の金物にかけて長さを調整し、バックルのハンドルで固定する。乗用車であれば車1台にベルト8本で、決して動かないようにするのである。
古くはワイヤー式だったが車体を痛め易く、近年は化繊ベルトが主流である。ただ両端は金属なので、人差し指を曲げた形にプレスした鋼製フックが用いられる。
単にベルトと呼ぶが、ズボンのベルトと違い、多くの技術と品質管理が求められるのである。
「この図面だと、両端フックの板厚が数ミリで最大1.2トンの破断など、あり得ない」
矢部は上田の言葉を無視して、独自の技術論を宣う。上田も構造は苦手だが、一応技術屋の端くれだけに、矢部の言わんとすることは分からなくもない。ただやはり虫唾が走る。
「あり得ないって言うても、実際NAJOCはそれを使ってると、書いてますやん」
そう上田は、机上の受話器に向かって反論しようとするが、相手は聞かない。
「フックの板厚上げれば重い。だから熱処理で樹脂コーティングだか、それで1本2.5ドルなど、冗談よしこさんだよ、君――」
矢部が演説する理由はミエミエだった。要は社内営業なのである。いかに自分が専務要求を短時間で検討したか、それを彼の後に座る村上部長にアッピールしているのである。
(おっさん……、いい加減にせいや――)
と思うや否や、上田は指で電話のフックを押すと受話器を戻した。
「えっ――」という、声にならぬ声が部屋で上がる。
だが上田はそれも無視して、座る椅子を窓の方へ回した。
(つづく)