第5話 技術屋のせめぎ合い(その1)
世間ではよく「理系と文系」と言うが、その理系にも色々あって、複雑である。
例えば船の世界にDECKとENGがあり、造船の世界は艤装・機装・船穀等とある。
詳細は省くが、それぞれ皆「偏屈」で、水と油/犬と猿/不倶戴天なのである!
藤原は会議後、用があると言うオルセンにタクシーを呼んでもらい、ホテルへ帰った。
部屋に戻ると、さっそくベルグに電話を入れる。
やはり日曜日のお返しもあり、夕食に招待した。
睡眠不足と会議の気疲れで、ベッドに横になりたい気もしたが、まずは日本へのファクスを書いた。内容が内容だけに、それを見た時の上田のふてくされる顔が浮かんだ。
(やはりベルトは技術部へ任せるか)
すべて上田にやらせせれば、藤原としては楽である。だが技術部を無下には出来ない。それに物がラッシングである。ここはやはり技術部かと思い、その旨を書き込んでいった。
この判断が正しいと思いながらも、組織を育てる難しさを、藤原は感じていた。ただこれが後で煮え湯を飲まされることになろうとは、この時の藤原は知る由もなかった。
10月8日火曜の朝、専務室次長の上田は、藤原の船主訪問結果を気にしつつ会社へ出ると、オスロからファクスが入っていた。
なんと驚いたことに藤原は、NAJOCとの話を決めたとある。
しかもナミゾウの発電機だけでなく、ベルトのおまけ付である。
藤原の指示はナミゾウの担当は上田で、ベルトは技術部の矢部に任せるとある。それを上田は苦虫を潰したような顔で読んでいた。だが専務命令は絶対である。
技術部は部品販売から生じたエンジニアリング部門として、昭和47年に藤原が設立した。修理・機器販売・設計の3部門があり、船乗り出身の村上部長が総括している。
矢部次長は四国の造船所で構造設計にいて、それを村上部長がヘッドハンティングした。商社も技術が必要な時代となり、彼の設計能力を見込んでの採用である。
ただ中途採用というのは甚だ難しい。
藤原子飼いの上田も、大手造船所の機装設計からの中途入社で、後から入社した矢部とは犬猿の仲なのである。
互いに過去の栄光を担って、なにかと衝突を繰り返していた。藤原から見れば目くそ鼻くそなのだが、彼らのプライドは途方もなく偏屈なのである。
何はともあれ上田はファックスをコピーして、社内配布用のトレーに入れた。
始業時間が過ぎて上田の電話が鳴った。
彼の想像通り、それは矢部からだった。
「上田さん、これ、どういうこと――」
上田は矢部の声を聞くなり、耳を離した。矢部が電話口で口から泡を飛ばしている。それが目に見えた。上田は抑えていた腹の虫が、ムクムクと動き出していた。
「なんですか、そこに書いてあるでしょ」
「こんな物、出来る訳がないでしょ――」
確か矢部は四国生まれなのだが、常に標準語、それが上田には鼻につく。
そのまま受話器を机の上に置いて、上田は仕事を続けた。
(つづく)