第4話 交換条件(その2)
10月のオスロは、日本の秋に比べれば気温が低い。だが藤原の世代であれば、
ベストシーズンであろう。紅葉に魚料理、そしてワインとくれば最高である!
その日藤原は、ベルグの案内で郊外を巡り、オスロで心休まる時間を持つことができた。
彼が案内してくれたのは、リニュアルされたバイキング記念館と、冬仕舞いに忙しいヨットハーバー。気がつけば二人は昼食も忘れて、昔話や船の話に花を咲かせたのだった。
日が西に傾く頃には自宅へ招き入れて、ワイフの手料理を振舞ってくれた。野菜にサーモンや鰯を絡めた日本でいう酢漬けや、ハム&ソーセージの数々。酒は嗜む程度の藤原だが、出された白ワインを堪能した。
ベルグはオルセンとのアポを忘れはしなかった。
夕方、オルセンに電話がつながった。
日曜の夜だが、彼は藤原の電話を喜んでくれた。今から二人で家に来いとまで言う。さすがにそれは遠慮したが、丁重に断らねばならないほど。
彼もまた人懐っこく、何よりも人との出合いを大切にする海の男だった。
藤原は「不躾ながら」と、新造船の件を切り出した。するとオルセンは二つ返事で、明日午前中に会社へ来いと言う。彼は藤原の目的を分かった上で、ひとこと付け加えた。
「私からも頼みたいことがある。ちょうど良かった。君は幸運の女神だよ……」
そう言う。だがその訳は言わない。詳しいことは明日と言って話はそれで終った。藤原はほっとした。不安は残ったが、すぐにアポが取れるなど、幸運以外の何物でもなかった。
10月7日月曜午前9時、藤原はタクシーでNAJOCの事務所へ向かった。
ベルグの話では、ホテルから15分ほどの距離だと言う。
車は市街地を抜け、ゴルフ場の仲のようなロータリーから郊外へ。
古いベンツのタクシーは、北欧では珍しいほど秋晴れの中を行く。窓から入り込む風が日本の秋風とは違って、冷たくとも裏さみしいところが少しもない。
やがてタクシーは、余りにも牧歌的な景色の中へ入っていく。
さすがに藤原も行き先に不安を抱くほど、深い森の中だった。
(つづく)