最後に見た幻
出発の時、彼は私の懇願に笑顔で答えた。
「大丈夫だよ。俺は最強の魔皇なんだ、今度も絶対に勝ってきてやるさ」
「本当?」
「苺さんに嘘をついた事があるか?」
「…そうね。わかった、待ってる」
「あ、そうそう」
「え?」
「これ、持っておいてくれ」
彼はそう言って、つけていた魔法銀の指輪をくれた。
「いいの?これは…」
「わかってるさ。魔力を生み出すマジックアイテムなんだろ?
なあに、魔力を使い切る前にけりをつけてきてやるよ。
だから…な?」
そう笑顔で言う彼の瞳は、どこか重々しい雰囲気を漂わせていた。
「わかった。
それじゃ、気をつけて」
あれから20年。
戦争は終わった。
向こうの国の王が暗殺され、新たに変わった女王が私達の国との戦争をすぐにやめさせてくれたのだ。
そして、後に女王は自ら私に謝罪に来てくれた。
向こうの国と協議して、戦争で荒れ果てた国土を合同で直していく事にした。
最初は互いにわだかまりがあったり、物資や資金が足りなかったりしてなかなか上手く進まなかった。
でも、それも時間の経過と共になくなっていった。
そして、私達の国と向こうの国は完全に復興した。
向こうとは平和条約を結び、互いに侵攻することなく、助け合っていくことになった。
その後すぐ、あちこちで異人による事件が出てきた。
また、あの時に戻ったのだ。
でも、あの時とは明確に違う事がある。
彼は、もういない。
あの日、彼が戦争に行くと言ったのは、本当は私の前で死ぬ事が耐えられなかったから、だったのだろう。
私は、彼の体に限界が来ている事はわかっていた。
人間を魔皇にするのはリスクの高い行為だ。
それに、成功したところで寿命は伸ばせない。
正直、彼がああしてくれてよかったと思ってる。
私も、目の前で彼の死を見るのは耐えられない。
こうして穏やかになった国を眺めていると、やはり平和は素晴らしいものだと痛感する。
そして、やっぱり彼には生きててほしかった。
そんな気持ちも湧いてくる。
夕方、ケデー大橋の再建作業中に出てきたという物を引き取った。
それは一部焼け焦げた、古びた手記だった。
誰のものなのか、読まずともわかった。
手記を読んでみた。
殆どのページが焼け焦げていたり、血や泥で汚れていて読めなかったけれど、最後のページだけは読めた。
最後のページを読み終わったその時、私は一人静かに泣いた。
帰ってくると言ってたのに。
最強だと言っていたのに。
涙を拭い、ふと机上に置いていた銀の指輪が目に入った。
指輪は、あの日と同じように、光を反射して輝いていた。
思えば、こうなる事は初めからわかっていたはずだ。
サンライトの指導者は、その一代限りの、絶対の立場を終生、守りきらなければならない。
故に、どうやっても他者と結ばれる事はないし、子供を授かる事もない。
それが、私の…
最高司祭となり、莫大な人望と名声、権力を得た者の定めなのだから。
でも…
たとえ、どうやっても手に入らない幻だったとしても…
たとえ、私が見続けていただけの夢だったとしても…
覚めないでほしかった。
まだ、一人の女としての理想を追わせて欲しかった。
「ああ…
せめて最後にもう一度、あなたに…」
気づいたら、おかしな場所にいた。
ここは…どこかの山の中?
いや、違う。
忘れもしない、ここは。
彼に初めてあった山だ。
「どうして…」
すると。
「…!?」
信じられない事だけど、目の前に、彼がいた。
最後に別れたあの時と、全く同じ姿で。
「なんで?あなた…どうして…!」
「エミナさんに頼んでおいたんだ。
最期に、幻でいいから苺さんに会わせてくれ、ってな。
ほら、エミナさんは幻を見せる能力を持ってるだろ?」
最期という事は、もう彼は死ぬのだろうか。
「…そんな。
でも…よかった。生きててくれて…」
「そりゃあ、俺は最強の魔皇だからな。
でも、もう体が限界なんだ。
この体で苺さんに会う事はらもうないだろう。
あの日、苺さんに言ってなかった事があったんだ。
「「ありがとう」」。」
言葉を先取りし、わざと合わせた。
彼は驚いた様子だった。
「…どうしてだ?」
「あなたの手記。読ませて貰ったわ。
絶対勝つ、って言ってたのに。やっぱり、騙してたのね」
私は、目を熱くしながら言った。
「それはごめんな。あ、それともう1つ。
苺さん、俺はー
「あなたが好き、でしょう?」
また言葉を先取りした。
「わかっててくれたか…
じゃ、もう思い残す事はないな」
そうして、彼は振り向こうとした。
「待って!」
「ん?」
「いつか…帰ってきてくれる?」
「…ああ、必ず帰ってきてやるさ。
俺は、苺さんがいなきゃ駄目なんだ。
っと、もう時間だな」
彼の体が、透明になっていく。
「あなた…」
私の視界は、とうに熱いものに覆われていた。
最後に、言った。
「ありがとう。愛しています…」
彼はそれを聞いていたのかはわからないが、最期に笑顔で言ってくれた。
「ありがとう、愛しているよ…」
私の見た幻は、そこで終わってしまった。
でもこれはきっと、夢や幻なんかではない。
ありがとう。さようなら。
楽しかった。またね。




