特別な僕の特権
やめてくれよ。僕は"特別"なんだから。
そんな目でみられるだけで、あー、もう無理だ。ここには居れない。
そうしてなにも言わずに出てきてしまった。
携帯がガンガン鳴ってる。
もうクビなんだから、僕に電話するより新しい奴をとっとと探せよ。こんな事した奴にはどうせ給料も渡さないんだろ?
何もかも経験済みだ。
工場で餃子を包むだけの仕事。
頭がいい僕からしたらクソみたいな仕事だったけど、バイトのサキさんが可愛くて、サキさんを見たいだけで続けてた仕事。
でもサキさんは、あの頭が悪すぎて背が高いだけの男と付き合うことになったって。
噂ずきのババアが教えてくれた。
「あんたもご愁傷様だね。」って。
は?って言ったら「あんたがサキちゃんばっかり見てるの、みんな知ってるよ〜。」って鼻をならしながら、いやらしい目でこっちを見てきた。
やめろ、僕は"特別"なんだ。そんな目で見られたら、もうここには居れない。
早く家へ帰ろう。
そして帰ってママに工場へ意見を言ってもらおう。
ママならあのババアを辞めさせることぐらい朝飯前だ。
だって、いつだってママは僕を守ってくれた。
小2の時、お漏らししてクラスのみんなから笑われた時。ママが先生に「あなたがトイレに行きなさいって言わなかったから、この子はあんな思いをしたのよ。責任取りなさいよ。この子を守りなさいよ。」って意見を言ったら、僕は別室登校になった。
別室登校になったら、大人たちがみんな優しくなった。
勉強しなくても体育をしなくても、誰もなにも言わない。
僕は頭もいいし、運動もできるから、学校に行くだけでいいってママ言った。
そうか、僕は頭もいいし、運動もできるから、学校へ行くだけでみんな褒めてくれるんだ。
僕は卒業するまで別室で一人で過ごした。それは僕に与えられた特権だから。
でも中学へ行くと別室なんてなかった。
みんなと同じ教室へ行くと、なんだろう、みんなが頭が悪すぎて、僕はここにいる人間じゃないって思った。
それをママに言ったら、次の日校長先生が家へやってきた。ママは中学校で「先生の教育の仕方のせいで、うちの子が学校へ行けない。責任取りなさいよ。この子を守りなさいよ。」と意見を言ったらしい。
そうして1人、ぼくは中学校でも別室登校になった。
これは僕に与えられた特権だ。
高校入試は全て不合格。
なぜだろう?僕は頭が良くて運動も出来るのに。
ママに言ったら「あたなは"特別"なの。だからそれでいいのよ。」って言って、訳がわからない呪文を毎日唱える集会に連れて行かれた。
毎日毎日呪文を唱えるだけで過ごす日々。
その頃からママが変わり始める。
着るものにも無頓着になり、ご飯も一日一食になった。
会話と言えばお金の話ししかしない。
ママは俗に言う"お嬢様"で働いたことがない。この大きな家だって、お爺ちゃんが遺したものだ。
遺産でなに不自由なく暮らしていたのに、何故?
問い詰めると、どうやら集会に行く度にお金を払っていたらしい。授業料ってやつだ。
僕は"特別"だから、お金がかかるらしい。
それならば、僕が働いて稼ごう。
大丈夫。僕は"特別"だからなんでも出来る。
まずはコンビニ。
1時間もいれなかった。レベルが低すぎて、会話が噛み合わない。
何も言わず家へ帰った。そして、ママへ報告して意見を言ってもらった。
次はファーストフード店。
ポテトを揚げる仕事。頭がいい僕がする仕事じゃない。けど、教えてくれる女の子が優しくて3日続いた。4日目「何回も同じこと言わせないでよ!」って女の子が叫んだから、もうここには居れないって思った。
そして何も言わず家へ帰った。そして、ママへ報告して意見を言ってもらった。
あれからもう20年経つ。
何十回同じことを繰り返しただろう。
でも、何十回も繰り返せるところも僕が"特別"だって証。
ママは最近僕が仕事を辞めても意見を言わなくなったけど、流石に今日のことは黙っちゃいないだろう。
僕を守るために。
家へ着く。
「ママ〜」と叫ぶけど、返事がない。
また寝てるのか。最近ずっと寝てるんだよな。
あ、いたいた。布団の上。
「ねー、ママ、今日は最高にムカついたよ。ババアがさ、僕のこと馬鹿にしてきたよ。こんなに頭がいい僕の事を。ね、聞いてる?ママ?まだ寝てるの?」
ママは返事しない。
最近皮膚もカサカサで、僕が動かしてあげないと固まったままだ。そして、なにも食べないんだよな。
あー、しょうがない。
今日もいつもの呪文を唱えてママに元気をあげよう。
その前にママのワンピースを着ないと。
僕がママになって元気になるね。工場にも「あんなババア辞めさせろ。」って意見も言っておくよ。
だって、ママ、息してないもんね。
そんな身体じゃ言えないもんね。