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みっくす爬虫類  作者: 更新は気ままに
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石竜子少女3

 俺は帰路についていた。


 竪ら別市は、公里巳建学園を境にして、発展している。

 公里巳建学園を中心として、北部には水蛇神社を中心とした自然の営み的な、昔ながらの風景が健在し、逆に南部には様々な商業施設が跋扈し、駅が通っている。所謂繁華街って奴だ。


 そんな、何の意図があって明確に分けているのか分からない、変な市である。


 何ともない、畑風景を見ながら自転車を漕ぎ、家の玄関前に着いた。やはり、以前住んでいたところよりも、断然に、格段に田舎町なので、目的の場所に着くまで相当な時間を有してしまう。田舎町の良いところは広大な土地であると、そう、実体験を元にして、学びを得たところである。


 まだお日様が頭上で見守っている時間帯での帰宅である。俺の声は一軒家の、2人で暮らすには幾分か広すぎる室内に響き渡る。


「ただいま、」


 その俺の言葉と共に、慌てたように、ドタドタと廊下を走る音が聞こえる。

 次第に大きくなってくる音に耳を済ませていると、見慣れた、でも見慣れない格好の彼女が現れた。


「え、何その格好? 新妻ごっこ? いやぁ、流石に実の姉に興奮する程人の道は外れてないので・・・」


「もう、何変なこと言ってるのかな君! 好意は素直に受け取っておくものなんだよ、そこに悪意があってもね」


「悪意があったら、それはもう好意じゃないでしょ」


「そうかな? えへへ。うん、おかえり。早かったね、不登校?」


 と、片手にフライ返し、制服の上からエプロンを巻いている彼女は実の姉、柊由良ゆらである。

 妙に身長が低く、可愛らしい声を見聞きしたものは、やはり、初見では妹と錯覚するだろうが、生憎、俺はこの家に友人を連れてきた事はない。まぁ、これからも連れてくることはないだろうが。それは、俺達が2人で暮らしている事にも繋がるのだが、それは、今、話す事ではない。

 むしろ、そんな話より、彼女が、姉である由良が制服にエプロン姿といった奇怪な姿をしている事の方が、よっぽど重大な話である。


「不登校って、由良ねぇじゃあるまいし、俺は、俺なりに高校生活をエンジョイしてるよ。今日だって、クラスの男の子に言い寄られちゃったしね」


「それは良い意味に聞こえないんだけど・・・まぁ、かな君は強いから問題ないのかな? うん。って、別に私は不登校なんかじゃないよっ!! ただ、自宅警備のバイトが忙しいだけで・・・」


「じゃあ、お勤めご苦労様です」


「うむ、よきにはからえ・・・って、そうじゃなくて、そうじゃないなら何で帰ってきたの?」


 靴を脱ぎ、鞄を箱近くに置いておき、取り敢えずは家に上がる。勿論手洗いうがいも済ませる。田舎は色んな虫がいるからね、変な病気に罹ったら一大事だ。いや、そんな辺鄙な環境ではないから、特出してそんな変な事にはならないと思うけど。まぁ、でも、木崎川さんの一件がある。変な程に用心して、悪いことはないだろう。


 リビングに移動し、由良ねぇから差し出された、キンキンに冷えた麦茶を一気飲みし、生を実感する。いやぁ、片道自転車で1時間の距離は、もはや労働だよ、時給貰えないのかな? ほら、学生の仕事は勉強でしょ? 通勤は仕事じゃないか。そっか。

 そんなふざけた事を考えながら、言葉を口の中で転がす。何と切り出そうか、何と言い出そうか、少しだけ悩んで、口を開く。


「いや、うん。怪奇って訳でも無いんだけど、幽霊って話でも無いんだけど・・・ほら、ここって少しだけ不思議な事があるみたいだからさ、ちょっと、その話を聞きたくて」


 不思議な話? と、由良ねぇは首を傾げた。


「不思議って言ったら・・・うーん、案山子、鴉、祭囃子とかなのかな? 不思議って話に断定するなら何だけど」


 少しだけ面食らう。いや、嘘である。めっちゃ面食らった。

 何それ、何その量。想像していたより、想像の遥か上をいく程の不思議事案である。どこまで、そこまで蟠っているのかこの竪ら別市は、と柊香奈太は戦慄し、おっかなびっくり、飲み干した筈のカラのコップに口を付けてしまう。水滴が知らない内に乾き始めていた唇を、ほんの少しだけ潤す。


 そんな俺の姿を見て、微笑し、しょうがないなぁ、と言いながらおかわりを注いでくれる。


「その様子じゃ、その三つじゃ無いみたいだけど、君が、かな君が出会ったのはどんな不思議なのかな?」


 優しく、だけど力強く、続きを促す由良ねぇの言葉に少しだけ気圧され、息詰まってしまう。

 ああ、これが由来ねぇだ。姿少しだけ変わってしまっているけど、これが、俺が、俺として、彼女を憧れの対象として見ていたあの頃の由良ねぇだ。


 過去の面影を薄らと、微かに、見えてしまった自分の心の弱さに、少しだけ苛立ちを覚えながら、彼女に、彼女の話をする。木崎川さんの話だ。



・・・・・・・



「うぅん、それって、不思議な事じゃなくて、不思議そのものだよね? しかも神様と来た。いつからかな君は救世主になったのかな? 無知で、無謀な行動は、姉として見過ごせないんだけど」


「別に無知でも、無謀でも、無茶でも何でもない。俺は、俺なりに、俺なりの考えがあって・・・」


「ふぅん。その考えって?」


「・・・その神としての、存在価値を無くす」


「どうやって?」


「神を知る人が居なくなる」


「・・・それ、本当に言ってるの?」


 やはり、無謀だったみたいだ。


 まぁ、それは考えても、考えなくても分かることだ。ここ、竪ら別市の人口は一万と少し程。私立の大きな高校があるとは言え、それが人口の増大の繋がる理由にはならない。近くに駅があるからね。電車通学でも十分通える距離感である。

 だけど、そんな人口の増加が殆んど見込めないと言っても一万の数は相当量である。しかも、その場所が田舎であればあるほど、俺の、香奈太の『神を知る人が居なくなる』の方法は、無謀とも言えるものになる。情報は、ネットより、口伝えの方が、信憑性も、信頼性も、継続力もあるのだ。しかも、それが神繋がりの話ならより一層。寝る前の昔話的なサムシングで語られていたら目も当てられない。


 恐らく、その事は、俺が口に出さなくても。言葉少ない、この返答だけでも、由良ねぇが理解できるのだろう。だから、今の、彼女の表情は、柔らかくとも、優しさはない。


 じゃあ、どうすれば良いのかと、注いで貰ったコップを手に取る。


「まぁ、でも、分かったよ。うん。かな君も年頃だもんね。うん。お姉ちゃんとしては、身を削ってでも助けたいって思える人に出会えた事が素晴らしいと思うよ、うん。想いは否定しないけど、考えは改めた方が良いけどね」


「うっ」


「甘いし、甘っちょろい。いやぁ、お姉ちゃんとしては守ってあげたくなる、そんな母性が溢れてくるから良い事尽くし何だけど、でも、その甘えから危ない行動に出るのは、あんまり誉められたものじゃないからなぁ」


 そう言った由良ねぇは手に持ったフライ返しを台所に戻し、焦げ臭かった痕跡を隠すように換気扇のスイッチを入れる。場違いが轟音が、静かだったリビングに響き渡る。そして、パンっ、と手を叩く音が聞こえた。


「よし、そうだったら、お姉ちゃんが一肌脱いであげましょうか! もう、しょうがないなぁ。全く、もう・・・」


 と、言葉とは違って、ウキウキ気分な彼女の行動は、少しだけ、変わった俺の心を揺さぶってしまう。

 恐らく、もう、解決するための場所も、方法も、手段も思いついている由良ねぇを、勢いよく立ち上がって、解決するのを、自分の手で食い止める。これは、彼女が、いや、本音を言えば俺が、一歩前進するために必要な事なのだ。


「ん、何? 今からお姉ちゃんかな君のために一肌脱ごうと思ってるんだけど・・・あ! まさか、ここで一肌脱げって話じゃないよねぇ?? んもう、年頃の男の子は本当に欲張りなんだから! じゃ・・・」


「いや、脱がなくて良いから。いや、本当に脱がなくて良いから!!」


 本当に、リアルで制服のボタンを外し始めている由良ねぇの手を止めさせる。やばい。本当にやばい。倫理的にも、存在的にも、本当の意味で迫害されるところだったぜ・・・。いや、目撃者は居ない筈なので、完全犯罪なんだけどね? でも、俺の中の、倫理が完全阻止してくるのだ。それが正解である。


 少しだけ、顔に浮かんでいた笑みが薄れた由良ねぇの顔がこちらに向く。


「じゃあ何の為? 確か、かな君って、居ないものを居ないものとして思う、幽霊反対派の人間だったと思うんだけど。どうして、何のために、そんな自分が大好きな、かな君が私を止めるのかな? いつものように、私に全部任せてくれれば、それで全て解決するんだけど」


「それは・・・それは、」


 それは少しだけ過去に遡った、由良ねぇと、両親の話に繋がるのだが、それは俺が、俺個人が解決する話なのだ。解決する話で、自己満足な、自己犠牲で、聞き分けの無い子供のような、我儘で、決めつけている話だ。

 だからその事に対して、俺以外の、由良ねぇを巻き込むわけにはいかない。巻き込むわけにはいかないのに、やはり、巻き込んでしまう。


 どうしようもなく、どうしようもない自分に苛立ちを覚えながら、必死に言葉を紡ぐ。


「でも、でも・・・首を突っ込んだのは俺だから、俺が解決しないといけない。解決しなければならないんだ。例えそれが、聞き分けのないガキの戯言だとしても、俺は、俺を変えなければいけない。だから、彼女の、木崎川のこの一件は俺が解決する。俺が解決しなければいけないんだ」


 実際、俺はあの時、別に見えていなかった訳ではない。ただただ、単純に無視とか、そんな子供じみた行為ではないと、認識していたのだけど、でも、無視はできなかった。スルーしちゃいけなかった。だから、俺は、俺の意志で木崎川に絡みに行ったのだ。だから、俺の意志で、何とか君の言葉を押し退け、ここに帰ってきた。

 結果だけ見れば、やはり、俺は由良ねぇに頼ってしまっているのだけど、でも、それは、その話は俺の決別とも、決心とも言える。だから、俺は由良ねぇの前で、目を見て言わなければいけないのだ。


 決心付いた俺の目を見てか、掴んでいた俺の手をゆっくりと外した由良ねぇは


「変わったね、かな君。うん、変わっちゃった。勿論良い意味でだけどね?」


 と、いつもの優しげな声色で言った。でも、一瞬で、その優しさはなくなり、氷のような表情に変わった。


「言ったよね、私。考えたら分かるのに、考えないで話す人間が嫌いだって。かな君はそんな、私の大っ嫌いな人になっちゃってるんだよ? 理解出来るよね」


「うん、理解している。俺の意見は変わらないよ」


 彼女の氷は解けた。


「やっぱり、君は強いよ」


「え? それってどう言う意味・・・」


 俺の問い掛けにスルーして、由良ねぇは、


「じゃあ、まずは調べる事からだね。まぁ、生憎と相手はそこまで気難しい相手では無いからね。頑張ってね〜」


 と、返事を待たずに、由良ねぇはリビングを後にし、二階へと続く螺旋階段へと登っていった。


「黒のレース、か」


 特に意味はない。


 強い、と由良ねぇは俺に言った。だけど、本当はその言葉は俺が言うべきものなのだ。


「由良ねぇの方が圧倒的に、想像よりも手強いよ」


 取り敢えずは、そのままで、玄関前に放置している自転車に跨って、公里巳建学園より、北部に位置している、木崎川さんの話曰く、前身の水蛇神社があった図書館へ向かおうと思う。天気は、雲が流れる、青と白が交互に入り混じる、良い天気だった。




・・・・・・・



 竪ら別図書館の歴史は長く、240年もの歳月、その場所に鎮座しているらしい。長寿だ。

 そして、竪ら別の名前が付く通りに、やはり、竪ら別の資料が沢山纏められ、勿論、その中に水蛇神社の文献があったし、石竜子神社の文献もあった。取り敢えずはそれらを無造作に引き出し、積み上げ、適当な席に着席する。よし、さぁ、授業そっちのけで、勉強するぞぉ〜、と学生的には正しい勉強を、公里巳建の生徒としては正しくない事を始めようと、ページを開くその直前、「あ、」との、隣の隣の席に座っている女子の言葉で、俺の行動は妨害された。

 何だよ、図書館は静かに、仲良く、清く正しく使う場所だろ? おしゃべりは南部のおしゃれなカッフェでもしてろよこの野郎、と睨みつけようと顔を上げると、その女子はこちらを見ていたようで、ガッツリと視線が合った。俺は彼女の名前を知っている。いや、知らない人間は居ないのだろう。

 野蛮な一件の後、素直に優れた人間の巣窟、と言えなくなってしまった、少しだけ優秀な人間の集まりである公里巳建学園、一年の入学試験で満点合格を叩き出した勉強神、柚芽巳ゆがみしゆんちゃんである。


 スラっとした、スタイルの良い姿は、もうそれはそれは眼福で、制服の下で佇んでいる双丘は、日和山と言っても過言では無いだろう。ベリーショートで、短髪な彼女は運動も活発で、文武両道的な話を、初日の自己紹介で聞いた覚えがしている。花のような柔らかな顔立ちの彼女は、意外と活発なのだと、少しだけでも、彼女に踏み込んだ人間なら容易に分かってしまうことだ。


 俺は彼女の事は少しだけ理解しているつもりだ。

 引っ越してきた時、都会寄りな、駅の近くで、迷子の少女を、一緒に母親の元へ送り届けた仲なのだから。


 少しだけ、視線が合い、言葉が詰まり、やっぱりこれは無視ではいけないよな、と考えてこちらから声を掛けた。


「外の、喫茶店で話をしないか?」

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