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井崎の場合:01



 僕にはたまに彼女がエイリアンに思えることがある。それはたとえば彼女がポットにお湯が沸くのを待っているときだったり、鳥籠の中に閉じ込めておいているインコに向かって呼びかけているときだったり、僕の手に触れたあとで震えながらトイレに駆け込んで、その美しい口元にキラキラと煌めく吐瀉物の跡を付けながら帰ってきたときだったりする。ようは、普段は隠されている彼女の本質が、平凡な僕との生活の中で露わになってしまうときだ。

 僕が彼女のことをエイリアンだと錯覚したのはここ2、3年のことで、僕が彼女と初めて出逢ったのは10年前の春、決戦間近のコロッセオの兵士たちが集う控室さながらな緊張感がぎちぎちに充満している、目新しい教室でのことだった。


 新しい場所へ(おもむ)くときは、自分がどこから来たのかを申告しなければいけない。そして、新しい人たちに出逢うときは、自分が何者であるかを申告しなければいけない。それは僕にとって酷い重圧だった。どこで生活を営んでいるのか。何年生きてきたのか。何が好きか。何が得意か。この先どういう風に生きたいか。僕についての情報が細分化されていくほど、僕が知っている僕自身はその情報の奥深くへと(うず)もれていく気がしてならなかったからだ。

 それでも、高校生になったくらいのことで自分の立ち回りを劇的に変化させられるほどの豪胆じゃなかった僕は、それまでの流れに(のっと)って無難な自己紹介をした。彼女は窓際後方の席で、トリの務めが自分に課せられていることを惨めに感じているらしかった。

 華がある子だと感じたのだ。当時一度も異性とそういう関係を築いたことのなかった僕の尺度では(いささ)か説得力に欠けるかもしれない。けれど、彼女は頭が(いたずら)に小さくて、胴体がやたらに細くて、大人のそれから取ってつけたかのように両手足が長くて、とにかく教室の頂点に君臨するには十分な素養を備えていた。日陰の小石の僕からしたら、彼女は燦々と煌めく陽光の下にしか咲けない華のように映った。

 彼女も彼女で、じつに無難な自己紹介をした。彼女は存外場を乱さないためには自己主張を(わきま)えられるタイプなんだと、僕はまた違った印象を抱き、それからクラスが変わるまでの1年間、2人の間で言葉らしい言葉が交わされることはほぼ無かった。


 高校2年生の夏、僕は来たる大学進学にあたって両親の懸念を少しでも縛りつけておけるだけの肩書きを求め、生徒会役員に立候補した。幸い──でもなんでもない、僕は勤勉かつ面白味がない男で、度胸だって持ち合わせておらず、そのため、不埒(ふらち)な遊びに参加せずにコツコツと努力値を積み上げられていただけだった。結果的に、生徒会長や副会長などといった花形と上手い具合に釣り合いを取れるというだけの──たぶん、それだけの理由で、生徒会庶務に任命されることとなった。

 そのときの会長はハキハキと快活に喋る、いいカッコしいの器用なものぐさだった。当時人気だったジャニーズのウエダだかヤマダだかに風貌が似ていたので、表舞台へ上がるたびに黄色い声援を貰っていた。

 副会長は1年生のときに同じクラスだった例の彼女で……今なお言えることだけれど、彼女を他の誰かに喩えることは難しい。彼女は誰にも似ていないからだ、と、そんなことは勿論あり得ない。2000年代に生まれた僕らは大人たちが想像しているよりも遥かに多くの人間を目にしている。だから誰にも似ていない人間なんてこの世に1人として存在しないことも知っている。彼女だって、髪型やら目鼻立ちやら背格好やら、みんなに分かるように喩えられる人間がいることにはいるだろう。しかし、それはあくまで彼女を構成する記号の類似に過ぎない。もしも、彼女が誰それに似ているとここで喩えたとしたら、瞬時に彼女は()()()()()()()()()()()()()という情報の奥深くに埋もれてしまう。当時、ミズハラキコに似ていると持て囃されていた彼女は、だからこそ今のエイリアンな彼女とはまるで違う風に映っていた。

 それでも今思えば、僕はもう既に彼女の振る舞いからエイリアンの片鱗を見出していたのだ。あれは確か、生徒会で共に野球部と陸上部からの苦情処理に見舞われている最中のことだった、と思う。

 このままいくと生涯死ぬまで払拭できそうにない〝スポーツバカは阿呆〟という僕の偏見はここを出発点にしている。詳細な内容は忘れたけれど、なんでも元々は大の仲良しだった双方の部長がプライベートで揉め事を起こし、お互い後輩部員から慕われているがために部全体を巻き込んでの抗争に発展し、部活動そのものに影響するほどの険悪なムードが出来上がったと……わざわざ匿名でグラウンドの使用に関する苦情が寄せられている辺り、部長らが本当に慕われているのかどうかは謎だ──なにせ、グラウンドで部活動を行っているのは(くだん)の野球部と陸上部のみだったのだ。大人になった今でこそより思うけれど、両部の顧問はいったい何をどう取りまとめているつもりでいたのだろう。

 とにかく、僕と彼女は2人きりで生徒会室にいた。折角こんな新地獄のような校舎から解放される夏休みが近づいているというのに、夏休み期間もぶっ通しで部活動を続けるらしいスポーツバカたちから生徒会役員ならではの前期延長戦を言い渡されたようで、僕は思わず、内側に疼くピリピリを口元から零していた。

「こんな幼稚な喧嘩、今どきの高校生がすることじゃない」

「どうして幼稚ってわかるの?」

「……喧嘩なんてぜんぶ幼稚だよ。なんでも、どちらかが我慢すればいいだけの話でしょう」

「随分と高尚な人間なんだね」

 ダークブラウンの長机の向こうで微笑んでいる彼女は、頬にかかる黒髪を払ってからそう言った。険のある言い方だったけれど、ノミの心臓の僕は何故だか──当時はまだ解明できていなかった──ぜんぜん平静でいた。

 僕が「そうでもないよ」と返すのを待たずに、彼女はなおも話を続けた。まるで周囲を飛び回っている羽虫を鬱陶しがっているときのような感じで。

「井崎くんはたぶん、我慢しなくてもいい状況にいるから、我慢すればいいだけだとか言えるんだよ」

「それは、そうかもしれない。だけど、いざというときに我慢できる奴は、前もって〝我慢すればいいだけだ〟とか言ってた奴だよ」

「それは、そうかもしれないね。井崎くんは、我慢するの嫌じゃないの?」

「喧嘩になる方が嫌だから」

「マトリョーシカみたいな考え方だね。井崎くんは我慢で妥協してるんだ。そうじゃないと、永遠に嫌なことが続いちゃうから」

「永遠に続くことなんかないよ」

 彼女は眉根を寄せて、口元をちょっと歪めた。造形の美しい彫刻品が不意な衝撃によってひしゃげてしまった瞬間の光景がふっと脳裏に浮かんだ。

「井崎くんは、大人になるって一体どんなことって訊かれたら、我慢することって答えるんだろうね」

「たぶん」

「性欲とかも? みんな?」

「社会的にしちゃいけないことは、なんでも我慢しなきゃいけない、んじゃないの? 大人なんだったらさ……んう、知らないけど」

 男女2人きりの状況ではタブーと言える話題を彼女の方からぶっ込んできたことに、僕は否応なくドギマギした。

 性欲を我慢する。それは大人として、というよりも社会の一員として必須の項目だ。がしかし、まだ誰とも一緒に果てをみたことのなかった僕は、性欲について言及してからというもの、若干の情けなさと不明瞭な不安に取り憑かれ始めていた。

「わたしね、最初の自己紹介のとき、噓ついたの。あんこもホッケーも好きじゃないのに、好きだって言った。でも、その噓はまだ誰にもバレてない。みんなにとってのわたしは、あんこやホッケーが好きなわたし。それでなんの問題があるのかっていったら、当然、なんの問題もない」

「はぁ……? 最初の自己紹介って、1年生の時の?」

 彼女はこくりと頷いた。

「どうしてそんな変なことするの」

 彼女の眼光が火花のように散った。

「ガキだから。わたしはたぶん、大人になれない」


  ぜんぶ噓さ そんなもんさ

  夏の恋はまぼろし

  噓じゃないさ うぶじゃないさ

  夏の女は まやかし


 彼女は呪文を唱えるように口ずさんだ。そのとき、僕はようやく(おのの)いた。僕はこの時点で既にうっすらと察していたのだろう。

 彼女が我慢ならないことは、我慢をすることなのだ。他者のために細分化される情報の奥深くに自分自身が埋もれていくことを、彼女はどうにも受け入れることができない。そんな危なっかしい拒否反応を麻痺させていくための環境に身を置いているにも関わらずだ。

 当時、狡猾な無法者が溢れる教室で生き延びていた僕は推察した。彼女はただの思春期で、将来的には従順な性質を帯びるための反動の役目をばかり担っている刹那的な反骨精神に操られていて、他者からの影響に感化されない純然たる自分自身にこそ価値があると信じ込んでいて、それ以外の価値にしがみつく人生など死んでいるも同然だと考えている。それは1人の大人として、じつに嘆かわしい事態だといえた。

 思春期真っ盛りの同級生たちは、死にたくもないけれど生きたくもない、そんな言葉を垂れ流しながらなあなあと日々を過ごしている。そうして時折り、大人にならなければならないという不可避の事象から逃れようとして、嗜虐心や自傷衝動、大人としては決して許されない、社会的に良しとされないあらゆる欲を解放しようとする。大人たちがそういった時に決まって揶揄するヤンチャという言葉は、だからこそ、大人になることを厭う者たちにとっては余計に〝ヤンチャでなくなった大人たち〟への反骨精神を煽る文言になり得るのだろう。

 彼女がどうしてこうも延長を(こいねが)うのか、分からないばかりではなかったがために納得できなかった。大人になってしまえば、良くも悪くも、もう決してそれ以上の嫌なことにぶつからなくなる。僕はそれを楽だから良いことだと捉え、彼女は……おめでたいのだ。この世に生を受けたことへの感想が、おめでたいのだ。

 この世界で強制的に生存本能を植え付けられてしまった僕らに唯一残されている生存戦略は、我慢すること──ようは、諦めることだ。絶頂まであと少しだった怠惰な夢から覚めるように、そういうものかと諦めることだ。

 その中の一つが〝大人になること〟だったから、これまでずっと、大人たちは生き延び続けてきた。


 彼女はその後間もなくして、見事、野球部と陸上部間のいざこざを解消した。実績と期待が釣り合っている花形の副会長は、どういう手を使ったのかは知らないけれど、庶務がボケっとしている間に業務を全うしてくれたのだ。おかげで僕は累計数日程度しか外に出ない退屈な夏休みを満喫することができた。

 そんな風に優秀で人望の厚い彼女だったけれど、後期になってからはお昼休み中に携帯を使用することを禁止しようと声高に訴える老齢の女教師に加勢したことでさざ波のようなブーイングを喰らっていた。利口なくせに、どうしてあんなに不毛な損を(こうむ)ったのかと同棲してすぐの頃に訊いたら「あんまり覚えてないけど、やっぱり、ご飯を食べているときくらい、みんなと会話できたほうがいいと思ったんじゃない?」──とのことだった。

 彼女はたくさんの人を嫌っているくせに、人をたくさん好こうとしているきらいがある。天邪鬼な寂しがり屋は、自分自身を認めてほしいと(こいねが)っている。〝本当のわたしを見て〟と、口には出さないまでも懇願している。僕は惚れた弱みにつけ込まれてそればかりを努めている。そして、彼女ばかりを見つめた僕の眼は時折り彼女を透視するのだ。狭苦しい部屋に秘匿(ひとく)された可憐なるエイリアン。僕に対する好意も、あるいは敵意も、未知数過ぎて計れない。


 高校時代の彼女との思い出はざっと思い返しただけでもこれくらいだ。その後10年弱ほどの時を経て、僕と彼女は思いもよらぬ再会をする。まあ、人と人との再会なんて、みんな予想通りにはいかないものなのだろうけど。



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