八品目:焼きおにぎり
生姜とにんにくが豚肉と溢れる肉汁の旨さをさらに引き立て、竜田揚げ粉を使っているから普通に作るより衣が芳ばしく、お姉ちゃん曰く自己主張の激しいカレーに勝っていた気がする。むしろカレーに何ら工夫することなく、パッケージの基本に忠実なレシピ通りに作ったからか、ミルフィーユかつがカレーの美味しさを引っ張っていた。
しかし、しかし、それを忘却の彼方に追いやるほど――
お風呂に入った私はカレーうどんも食べずに、部屋へ戻り、ベッドに身体を投げ出す。
「づがれだ~」
ガッツリとミルフィーユかつカレーを食べたあと、笑顔の素敵なお姉ちゃんにみっちりと練習させられた。
「なんなのあの体力お化け……。私が苦労してるのをあんな完璧かつ優雅に華麗に繊細にダイナミックに演じるなんて……。あと、本当にケガしたの? 四回転飛んだんだけど、あんなの現役続けられるじゃん!!」
もう、と愚痴りつつ、やっぱりお姉ちゃんのパフォーマンスに魅了されたのは事実だ。
身長が高く、手足が長く、スタイルも良く、それを十二分に理解して活かす才能……。
「勿体無いなぁ……」
日向さんもマティア先生もお姉ちゃんに『「ぼく」って言わないの?』って言ってたけど、どういうこと? いや、女の子でも『ぼく』っていう子が居るのは知ってるけど、もしかしたらお姉ちゃんも『ぼくっ娘』なのかな? どうして止めたのか気になる。
――急に帰国と同居で迷惑かけてる?
身体は疲れて眠りたがっているのに、脳が眠りを妨げている。思考が散漫なのはそのせいだ。今夜はどうも眠れそうもない。長い夜になる、と意識した途端に空腹感が頭をもたげてくる。
「う~何か食べたい……」
カップ麺やうどん系じゃない。ましてやカップスープ系でもない。カップワンタンスープがあったはずだけど、気分的に違う。
然れど身体は鉛のように動かず、ぐだぐだと考えていると部屋のドアが叩かれた。いや、叩くにしては音が低いところから聞こえた気がした。
『入るよ』
体力お化け――もとい、お姉ちゃんが入ってきた。
「起きてるじゃない」
「うー」
「おにぎり、置いておくから、お腹が空いたなら、あとで食べなさい」
「ありがとう。お姉ちゃん大好き! 結婚しよう!!」
「はいはい。紗羅がお嫁に行けなかったらね」
お姉ちゃんは座卓に持ってきていたものを置くと部屋を出ていった。
声には出さないけれど、自分が行けなかったらじゃないんだね、と内心で呟く。
もそもそと身体を起こし、緩慢な動きで床に四つん這いで座卓まで進む。
座卓に置いてあるリモコンで部屋の明かりを点ける。座卓に置かれていたのは、おにぎりはおにぎりでも焼おにぎりだ。ラップを取ると、作り立てだからふわりと醤油の芳ばしいが匂いが届き、頭をもたげていた空腹感が牙を剥く。
「米……」
あと、おまけで唐揚げ一個と玉子焼き一切れ。
手を合わせていただきます、と小さく呟いて焼きおにぎりにかぶり付く。
「はう~。美味しい……幸せだよ~」
みりん醤油の味が安らぎを感じるのは気のせいだろうか?
ナイフの形をした爪楊枝みたいなのを唐揚げに突き刺して口に運ぶ。美味しいけれど、たぶんお姉ちゃんの手作りじゃないね。お姉ちゃんのは少し七味が利かされていてピリッとしている。玉子焼きをナイフ爪楊枝で切って食べる。ふわふわ。うちの玉子焼きは甘くない。
二個目の焼きおにぎりを食べ、温かいお茶を飲むと、まったりと和んでしまう。お腹もくちくなったところで睡魔がやって来た。
「明日になったら本気だぁす……」
なんて、明日になっても本気出さない人のようなことを呟いて、布団に潜り込む。洗い物は妖精さんがキッチンの流しに持って行ってくれるに違いない。
「今出来ることなら明日でも出来るからね」
妖精さんが持って行ってくれなければ、明日の朝持って行って、洗えば良いよね、なんて考えて目を閉じた。