五品目:関東煮
私のお姉ちゃんの作る料理には季節感がない。例えば、お姉ちゃんが食べたいと思ったなら夏でもおでんを作る。
ちなみに“おでん”と言っているけれど、お姉ちゃん曰く「わたしが作るのは“おでん”じゃないわよ。正しくは“関東煮”ね。まぁ、わたしが作ろうとしているのは“おでん”とあえて言うのなら、“姫路”で食べらている“おでん”ね」ということらしい。
「ねぇ、お姉ちゃん“関東だき”と“おでん”ってどう違うの?」
“関東だき”の具材の一つである牛スジの下拵えをしているお姉ちゃんに問いかける。あと、関東だきなのに関西地方の姫路なのか。
「おでんを漢字で書くと御茶椀とが御所の『御』という字と田んぼの『田』というで『御田』なの。料理というなら元々は豆腐、こんにゃく、里芋、ナスとかを串に刺して、甘く味を調えた味噌を塗って食べる“味噌田楽”のことで、『御田』は女房言葉ね」
「昔のご令嬢や奥様に仕えた女性の?」
「……転生令嬢ものにはまってるのね」
「うん、まぁ……」
「それで、焼いた『焼き田楽』と煮込んだ『煮込み田楽』があって、そのどちらも『御田』って言っていたんだけど、焼いた方を『田楽』、煮込んだ方を『おでん』というようになったのよ」
味噌田楽は室町時代に登場した料理で、江戸時代に焼いたのを『田楽』、煮たのを『おでん』っていうようになったんだって。
「昆布出汁の『煮込み田楽』を甘辛い味噌に着けて食べるものだったのが、銚子で醤油が造り出されると、醤油、砂糖、みりんで甘辛く煮込んだ『おでん』が作られて、それが関東に広がったの。ちなみに関東地方の『関東』に『煮る』という漢字で『関東煮というのよ」
これは関西では煮ることを『炊く』というからなんだって。
「ようするに関東“風”ということかな。関東では濃口醤油出汁。関西では薄口醤油出汁に、牛すじ、薩摩揚げ、まる天、タコ、さえずり(クジラの舌)、コロ(クジラの皮)、がんもどき、梅焼き(卵と砂糖、すり身を梅の花のかたに流し込んで焼いたたかまぼこ)を煮込んだ関西独自の発展を遂げたのが関東煮なの」
でも、由来は諸説あるらしい。発祥は大切だけど突き詰めると戦争になるという。だから、美味しいならそれで幸せ、それで良いじゃない、と。あとは、個人の好みの問題で気に食わなければ食べなければ良いと、お姉ちゃんは笑った。
――文句言わないでおこうっと。
文句を言ったが最後、私の食生活はコンビニお弁当とか、カップ麺とか、一品おかずのチルドになるだろう。
――お姉ちゃんのごはん美味しいから文句なんてないんだけど。
結婚する男性は大変だなっと思う。お姉ちゃんをお母さん代わりにして、自炊、洗濯、掃除が出来ない男性だと、味付け一つ、「あ、実は俺、この味付け苦手なんだ。母さんの作るのは――」とかいうと、お姉ちゃんは一生、旦那に料理とか絶対作らない。「じゃあ食べなくて良いよ。今からでも自分で気に入る味の作れば?」とかいいそうだ。絶対。
そこから、旦那の洗濯も「お母さんにして貰えば?」とか。
――家のお姉ちゃん嫁に向かねぇ。
でも、その旦那さんのお母さんの料理がスーパーのお惣菜だったり、コンビニの一品チルドや冷凍食品だったらどうするんだろうか? とんだ赤っ恥だな。
「なに? その残念な人をみる眼は?」
「な、ななんでもないよ。ホントダヨ?」
「まぁ、良いけどさ」
深く追及されなかったことに私は胸を撫で下ろした。
♪
わたしは紗羅の疑問に答えながら牛スジと青ネギの青い部分を水を沸騰させていた鍋に入れて灰汁を取りながら20分茹でていく。
ただ、妹の目が、とても失礼な感じだったのが引っ掛かるけど、追及しないで上げることにした。
茹でたお湯を捨て、鍋に新しく水を入れてさらに20分茹でる。あと、茹で卵も別の鍋でつくっていく。
湯沸し器で沸かした湯で2センチの厚さに輪切りにした大根、薩摩揚げ(ひら天)、まる天、玉ねぎ天、がんもどき、厚揚げ、揚げボール、こんにゃく、餅入り巾着、焼き竹輪、じゃがいもなどの油や灰汁を落とす。
「おでんと関東煮の違いというかルーツはわかったけど、さらに姫路版ってなに? 特に“版”って」
と、いう紗羅の質問にも答える。
「『姫路版』っていうのはね、おでんに生姜醤油をつけて食べるの。ルーツも食べ方も様々あるみたいだけれどね」
茹でたゆで卵の殻を剥き、牛スジを一口サイズに切っていく。
水10カップ、薄口醤油、みりん、白だし大さじ3、砂糖、生姜(チューブでも可)は煮たてながら好みの味にしていく。
出汁と生姜醤油の煮たつ匂いって食欲をそそられるけど、料理を作ってると匂いや調理だけでお腹いっぱいになる感じがする。煮たった出汁生姜醤油に具材を入れていく。煮込み用の牛スジとボイルされたおでん用の牛スジの二種、他の関東煮の具を入れていく。
あとから生姜醤油をつけて食べる方法とは違って、わたしはゆっくり具材を煮込みながら出汁と生姜醤油の味を染み込ませていく。
「いい匂い~。これ、ダメなやつだ。いっぱい食べちゃうよ絶対」
と、くつくつと音を立てる鍋を覗き、そう言いながらも、紗羅は体重増加には気を付けているからセーブするのだろう。
少量でも紗羅が色々楽しめるように具材を一口にしてあるのだ。揚げボールと大根、卵以外だけど。
ちなみにわたしはタコが苦手だ。だから入ってはいない。その代わり、明日はタコさんウインナーを入れるつもりだ。うん、何となく気分だ。
「味見♪ 味見♪」
小皿と菜箸を持ち紗羅がやって来た。
「まだ早いよ?」
「でも待てないよ」
「ダメよ。お姉ちゃんは忠告してあげる」
わたしはとあるポーズをとる。
「『兵は拙速を尊ぶ』というけれど、煮物と戦士の回復と巨神兵だけは早すぎてはダメだってな」
「お姉ちゃん……本当にダメ?」
「ダメよ」
「よろしいならば戦争だよ!」
「ほう。面白い事を言う。我が混沌を生みし槌オータマと魔剣サエバシュテインの錆びにしてくれるわ!!」
「く、なんてプレッシャー! でも私は負けない!! キッチンと食卓という戦場を駆け抜ける!! 見よ!! この聖剣エクスハシバーを!!」
紗羅が鞘(スライド式の箸箱)からエクスハシバーを抜きはなつ。
「精肉となったものたち、野菜たち、そして育てた作り手たちが美味しく食べて欲しい、好き嫌いをなくして欲しい、残さないで食べて欲しい、捨てないで欲しいという願いを束ねた聖剣の輝きを知るが良い!! エクスハシバー!!」
「終焉の炎に焼かれて消し炭となれ!!」
わたしはコンロの火を少しだけ強くした。
――さっさと煮て、今食べる分だけ取ろう。
あとは、ゆっくりで良い。
「お姉ちゃん! 薩摩揚げと玉ねぎ天とぷるぷるの牛スジお願い!」
「はいはい」
具材はまだある。減った分を補うために多めに買ってきたのだ。
二人で遊んでいる内にボイルされていたおでん用の牛スジはぷるぷるのトロトロになっているんだけど。
お姉ちゃんだけ味見ずるい? 味見は料理を作った者の特権です。紗羅には美味しく出来たのを食べて貰いたいから待ってなさいな。