四品目:レモンピールと、はちみつレモン
私は焦っていた。
この国に限ったことではないけれど、私の感覚ではこの国はそれが顕著だと思っている。
それはアイドルを作り出すということ。
ネットニュースしかり、雑誌しかり『可愛すぎる』とか、『○○すぎる』とかという謳い文句をよくみる。それしか考え付かないのか? と思う程に。本当にうんざりだ。頭悪いんじゃない?って疑いたくなる。っていうかキモい。
それはさておき――
「――何て言うかさぁ、そういうプレッシャー跳ね除けてこそ一流、それを踏み砕いて飛躍してこそ超一流とか神とか言われるんだろうけどさぁ……」
「まぁ、仕方がないんじゃない。性急過ぎる。生き急ぐ。結果が全てなんだから。それが出来ないと根性が足りないや精神が弱いってね」
「……」
「まぁ、わたしみたいに勝ちだけに拘っても怪我して終わるだけだよ。『石の上にも三年』先ずは基礎をしっかり磨きなさいな。出来ないと、壁にぶつかると目先を変えるってことをするけど、それは時と場合によるわね」
「どういうこと?」
「良い意味では思考が柔軟、視野が広い、臨機応変、縦横無尽、天衣無縫とか探求心がある。悪い意味では安易な考えに逃げているだけだったり、一つのことを極められないってことだったり、 頑なで柔軟な考えや臨機応変が出来ないってことだから。まぁどちらにしても基礎がしっかり出来ていなければ、結果は長続きしないわよ」
「……うん」
「でも、三年も待てないのよね外野ってさ。才能があるイコールすぐに活躍できるって思っていたり、広告塔として未熟なのに第一線でって戦場に送り出したりね。まぁ、それは昔からね」
飛べれば何でも良い、と離発着も儘ならない訓練生が早急に訓練を切り上げられ、パイロットが戦闘機に搭載されて戦場の空へ上がったんだからと、お姉ちゃんは言った。死ぬのだから帰りの燃料なんて必要ない。だから離着陸が下手でも構わなかったとも。
「1~3年は基礎をしっかりと学んで習得して土台を作って、4~6年が勝負。残り2年と余力があるなら、好きなようにやれば良いのよ。ただ4~6年の間に実力が発揮できて優勝とか出来るようになって人気が本物になって、綺麗なままでいたければすっぱり引退するべきね。自称ファンというのは衰えた姿を受け入れられずアンチになるからね」
お姉ちゃんにパートナーが出来なかったのはお姉ちゃんの求める基礎の基準に達していなかったから、条件を満たせなかったのだ。後、ヒモ男。パートナーになるのだから生活と練習費を持てとか。
まあ、そうでなくても女性がリードするなんて美しくない。
「でも、まぁ、紗羅みたいな若い才能を、それがあろうが無かろうが巧みに言葉を使って、その気にさせるのが大人の腕の見せ所だから。それに乗ってしまうのも、それは大人に早くなりたいという自立心と、なれるといった自信だし、また、そう言ってくれる大人を頼りたいとか信じたい、支えにしたい子供心なのよね。それを思考停止のイエスマンになって狂信してしまったら孤立してしまうんだけど、信者を巧く離さないように思考を誘導する仲間もいるわけだから、どうにもならないわよ」
大人の巧い言葉や自称ファンの称賛に乗るにしろ、乗らないにしろ、どちらにしても軽食のようなヒロイン―― 簡単に摘まめるヒロイン――スナックヒロインやちょろインなるな、ということらしい。
♪
わたしは紗羅の話を聞きながら質の悪いのにひっかかったかなぁ、という思いだ。
ストーカー、変質者とたいして変わらない写真をスクープと言って撮る者や、いい加減な憶測の信憑性が全くないデタラメな記事。それでも極めて稀に当たるから、たとえいい加減な記事であっても半ば真実と化してしまう。
――まぁ、チラリズムとか身体の一部に異常な執着を持つ人たちや、野次馬を喜ばせる為にあるようなものだからね。
「紗羅が言った『プレッシャーを跳ね除けてこそ』、なんて向こうの勝手な言い分で、アンタたちさえ放っておいてくれれば何も問題はないんだけどね」
「うん……。報道の自由、言論の自由は良いんだけど、此方がお姉ちゃんが言ったようなこと言うと批判になって、炎上とかになっちゃうんだよね……」
「ファンにしろ記者にしても異常出来れば過剰なのは、『過ぎたるは猶及ばざるが如し』なんだけどね。“毒”になっては、ね」
大人がした子供の成長を妨げてどうするのだ。そんな者は害悪でしかない。
――十五歳の高校生かぁ。
バイトが出来る。中には中学卒業とともに社会に出る子もいる。けれどまだ未成年だ。
子供で、お小遣い程度は自由に稼げるという中途半端な時期だ。中にはそれで家計を助けていたりする者もいるだろうけれど、それでも自分一人を支えるのは難しいのではないだろうか。
――そう考えると子供タレントとか、ジュニアアイドルって凄いよなぁ。中には親の年収越えたりとかあるって聞くし。よく知らないけど。
会話の間に、と思い、手を伸ばすが、指が空気を摘まむ。
「ん?」
疑問に思い、視線を伸ばした手に向けると、そこにあったはずのものが無かった。
――無い? わたしのおやつが……。
「ごっめーん。止まんなくて、さ。つい……」
紗羅が頭を下げ、その前で手を合わせている。
「いや、ついって言う量じゃないでしょ。あれは……」
「こう……なんて言うのかな? モヤモヤ~っていうか、ムカムカ~ていうか」
「苛立ち、焦燥感、不安とか?」
「うん! そういう感じ。お姉ちゃんに話を聞いて貰えるだけで少し楽にはなるんだけど、目の前にお姉ちゃんが作ったおやつがあってさ、食べないわけにはいかないじゃん? 食べないって選択肢なんてないからさぁ、食べてると落ち着くっていうかさぁ……。爽やかな甘味が癖になるんだもん! 美味しかったんだもん」
次において置けば良い、と多めに作ったそれを妹は全部平らげてしまっていた。
「……食べるなとは言わないし、怒っても無いけれど、そういう食べ方気をつけなさい。過食症や拒食症に陥るよ」
グラニュー糖がまぶしてあるから余計に求めてしまったんだろう。
不安を抑えるお薬の効果と、甘いものや食べたい物を異常に求めたり、食べてしまうという飢餓感、欲求がそれらを食べて落ち着いたり、ストレスが和らいだりするのは同じ効果だからだとか。
「レモンに飽きたとか言わないでよ? 冷蔵庫にはちみつレモンもあるんだから」
「うん。言わないよ。出来ればゼリーもあったら嬉しいな」
「……次、作る時にね」
「やった!!」
わたし用に作ったのはレモンピール。此方がメインだ。何故ならわたしが食べたかったから。はちみつレモンは果肉が残ったから作ったに過ぎない。どうせ、後で紗羅の為にはちみつレモンを作るのだ。今回はレモンピールを作る理由が逆になっただけ。
○
レモンピールとハチミツレモンに使うレモンは国産がオススメだ。
ボウルに塩を入れ、少量の水を加えて混ぜる。そうして次に塩を擦り付けながらレモンを洗う。
洗い終えたら水で塩を洗い落とす。レモンを四等分に切って、皮と果肉に別ける。フライパンに水を入れて湯を沸かす。
皮を5mm幅に切っていく。切り終えた皮を水が沸騰したフライパンに入れる。それを三回繰り返す。
それが終わったら、よく水気を沸騰切ったレモンの皮をフライパンに投入し、レモンと同量のg数のグラニュー糖を入れ弱火(中火)で加熱して、10分ほど混ぜ続けて煮詰めていく。
バット(※野球のバットじゃないよ。調理器具だよ)にグラニュー糖を広げ、そこへレモンの皮を並べて、箸で混ぜながらグラニュー糖をまぶしていく。
まぶし終えたら、そのまま冷蔵庫で1日置けば爽やかな甘味が病み付きとなるレモンピールの完成だ。
煮沸消毒したタッパーにはちみつとレモンを入れ、1日漬け込む。これだけではちみつレモンの完成だ。