二品目:焼きとり飯とパリパリ焼きとり皮
仕事を効率良く回すためには付き合うしかないと、参加した飲み会。
酔った上司に肩を回されたり、お尻を撫でられたり、卑猥な冗談には同じような空気で付き合わされ、それに笑顔で冗談で返す。
飲めない酒を飲まされ、誘うようなボディタッチには微笑で相手の手をそっと押し返す。
それがパワハラ、モラハラに対するマニュアルだったりする。
わたしが大事にしているのは妹の紗羅と趣味の時間、小学生の時からの親友の日向とランチやお茶をする時間だけが楽しみだ。
それ以外は毎日、気持ちを動かされることもなく、無感動。機械仕掛けのお決まりの流れ。
――それでもめっきりご無沙汰なんだよね。アニメとゲーム。
アニメはたまに神とか良作があれば録画して見ているけれど、ゲームは面倒になった。
薄いシナリオ。サブクエと素材集めに時間を取られて、ゲームは中途半端な仕上がり。後日ダウンロードコンテンツやアップデート。無料なら良い。微妙だ。中途半端なゲームを完成版にするには為に、さらにお金が必要となる有料DLCを購入しなければならない。
DLCなんて無い次代の一本に気合い入れて作られているレトロゲーが流行るわけだ。
「彼氏……恋愛かぁ……」
毎回、毎回、飲み会で「付き合っている人は?」とか「あとは彼氏だけ」とか「結婚だな」とか言われたり、しょうかいするよ? どう? どんな人がタイプ? 趣味は?」とか聞かれるんだけどさ、はっきり言って興味がない。
恋愛脳や恋愛厨ならまだしも、恋愛や結婚なんて、自分の時間を相手の為に使えるかどうか、その余裕が心にあるか、だ。
恋愛なら別れて乗り換えればいいけれど、結婚なんてウン十年と続くわけだ。
自分の時間を相手に使える、そう思える相手に出会えてこその恋愛であり、結婚に至れるのだと思う。
さらに子供だ。
――はっきり言ってわたしには無理だ。
わたしはわたしの時間が大切な自分ファースト人間だ。
「…………」
しかし、そんなわたしも何時か孤独を感じることがあるのだろうか。孤独を自覚して、淋しさからペットを飼い、猫なで声の赤ちゃん言葉で語りかけるようになるのだろうか。
――無いわー。
想像したけれど考えられない。たぶん、プラモデルやラノベ、マンガと声優さんやアニソンを聞いているだろう。
――今と変わんないなぁ。
まぁ、ペットショップのケースに並ぶ商品を見て可愛いと思えるのは、自分が躾も世話もしないからだ。
ひよこなら鶏になって卵を産む雌が良い。鶏になれば捌けば食べられる。
――それまでが面倒だな。
ほろ酔い気分でコンビニに立ち寄り、おつまみのおやつとサイダーを物色する。
――焼きとりの缶詰か。焼きとりも良いなぁ。でも甘いタレがなぁ。塩……って気分じゃあ無いんだよね。
悩んだ挙げ句、焼きとりは辞めて、小魚、蜂蜜醤油の甘辛揚げ餅、塩揚げ餅、いかピー、雀の卵が入ったおつまみとサイダーを選び、山の幸の形のチョコクッキーを紗羅に買って買えることにする。
――焼きとりかぁ……。確か冷蔵庫に鶏ももあったよね。一皿分、小鉢分くらいは皮あるかなぁ。焼き鳥を混ぜたごはんも良いね。
タレは甘過ぎないように作ることに決め、家路を急ぐ。
「お姉ちゃん、お帰り!!」
鍵を出したところで妹がリンクから帰って来た。
「ただいま。紗羅もお疲れ。すぐにごはん作るから、紗羅はお風呂お願い」
「りょーかーい」
ぴっと敬礼する。
「お姉ちゃん……酔ってる? また、飲まされた?」
「お仕事だからね~」
「仕事だからって飲めないのに飲ますのってパワハラ、モラハラだよ!」
「そこにセクハラだからね」
「……変なことになる前に辞めれば?」
「そうも簡単にはいかないんだよ」
社会に対して潔癖なところは、まだまだ子供かな。
夢や理想だけでは生きてはいけない。汚さ、狡さと折り合いをつけていかないといけない。
「だから精神を病んじゃうんだよ……」
ポツリと呟いてお風呂場へ向かう妹に、そうだね、と同意する。
アニメで大冒険、友情、根性、修行、努力に変身して戦うのが中学二年生くらいの少年少女なのは、夢や理想と現実の間で揺れ動く心の力が溢れているからだと何かで聞いた。
中二病、イキる大いに結構なことだ。
将来の自分へ、とか理想の自分へ宛てた手紙や文を書いてたなぁ。それを疑いもしなかったから。
それを失った時は戸惑った。他を疎かにしていた付けが回ってきた。でもその頃には、親や周囲の大人におんぶに抱っこで居られる年齢じゃなくなっていて、なんとか自分を立て直さなきゃって必死になってたなぁ。
一人で立って居られる大人になりたくてもがいていた時期だ。でもどうしても大人に頼りたくて支えて欲しい時期でもあって、でも出来なくてフラストレーション溜めて、アドバイスが堪に障って反発したり、当たったり、上手くいかなくてフラストレーションをまた溜めて、悪循環になってた。
それに疲れて、誰かの意見に自分を委ねて、その理想を自分の理想でもあると憧れたり、尊敬したり、同調してしまうのだ。
――流行こそが正義。それに興味がなかったり知らなかったりするのは悪ってね。
そういう同調圧力がうんざりでボッチやってるんだけどね――と鶏肉を解凍しながら考えていると、妹がやってきた。
「お姉ちゃん、今から何作るの?」
「焼き鶏飯と残った皮をパリパリに焼いて醤油を絡めた焼き鶏だよ」
「出来上がっても遅くなるのが嫌なら、ヌードルもミニワンタンスープもチルドもあるから好きにして食べな」
「うん。でも待つよ。少しでもお米が食べたい気分」
「出来たら呼んだげるから宿題してな」
「はーい!」
解凍が終わった鶏肉から皮を取り除いて、出刃包丁で叩き切ってフライパンに移して焼いていく。その間にモモ肉を一口大に切ってもう一方のフライパンで焼いていく。
その間に醤油ダレつくりだ。ニンニク、生姜、そして味醂と砂糖は甘くなりすぎないように入れて混ぜる。かなり大雑把だけど、慣れだね。
皮と肉を返して焼いていく。
皮から油がもの凄く出て来た。普通ならキッチンペーパーなどで取り除くのだけれど、タレの旨味に利用する為、皮を肉を焼いているフライパンへ移す。醤油ダレを空いたフライパンに入れ、混ぜて一煮立ちさせていく。
肉と皮を混ぜたフライパンから皮の油を取り除いて、熱々ごはんをボウルに移すと、焼いている肉と皮を別別けて肉の方だけにタレを投入して絡めると、肉をごはんに混ぜて、タレをかけて混ぜる。茶碗ではなく、カレーやら焼き飯にも使う皿に装おってカットした海苔を乗せて、これで焼き鳥飯は出来上がりだ。あとは何度か油を拭き取り、カリカリに焼き上がった鶏皮にタレを絡める。
――モモ肉の時もそうだけど、焼いてるにおいが苦手な人もいるかもだけど、油が焼けるにおいだけでも空腹感を刺激してくるのに、タレのにおいにが加わると凶悪になるよね。
最後に七味を散らして完成。
――異世界行ったら聖剣とか加護とかチート能力何かより、このにおいと料理だけで魔王倒せるかも。
胃袋をこうガシッと掴んで屈服させる感じで……。
掌を上にして掴むジェスチャーをして、一人クスクスと笑ってると――
「お姉ちゃん……それ、握り潰してるよ。圧縮魔法が掛かってる料理が出来るってチート能力になるんじゃない? もしくはお姉ちゃんの料理を食べた人は見えない胃をお姉ちゃんに掌握されて、お姉ちゃんの気分しだいで遠くに離れていても、握り潰すようにするだけで相手を抹殺出来るとか? うん、凶悪だね……」
妹がニュッと顔を出して半眼でわたしを見ていた。
「体内から爆殺とか?」
わたしは妹の話に答える。女暗殺者的能力チートなら相手を腹上死させたりするんだろうけど、自分の料理で満腹にした相手を爆死させる腹爆死は自分で言ってて可笑しくなった。
「嫌すぎるよそんな料理……」
引くわー、と紗羅が言う。
「安心しなさい。紗羅はその対象ではないから」
「そう願うよ」
そんな下らない話をしながらの食事。紗羅は自室に戻らずに勉強していたそうで、匂い、あと調理中の音が止んだことでキッチンに来たと笑う。
自分が作った料理を一緒に食べて美味しいと笑顔をくれる。わたしは幸せだ。
「皮も美味しい。お店で売ってるのぐにゅぐにゅして甘すぎるから苦手意識あったけど、お姉ちゃんのなら私も食べれる」
紗羅はひょいパクっと箸を伸ばして小鉢からパリ皮焼きを口に運ぶ。
「食べて良いけど、胃もたれとか胸焼け――」
「若いから大丈夫」
今のはわたしのハートにクリティカルした。効果は抜群だ。
「お姉ちゃんだって若者。今が旬じゃない?」
いや、疲れがね、隈がね……。上手く化粧で隠してるけどね……。メイク落とすと何か暗いんだよ。
つまらない大人になるもんかって思ってた時期がわたしにもあった。仕事にも外の人間関係にしてもつまらないと思う、わたし自身がつまらない人間だからだ。
「プラモデル作ってゆっくり癒されるのも悪くないものだよ」
「そういうもの?」
「そういうものです。スマホの着信もありふれたニュースも時間――煩わしいものを気にしなくて良いからね」
「お父さんとお母さんやおじいちゃん達が私を帰国に賛成したのが良く解ったよ……」
帰国は妹自身の希望だったけど、両親や祖父母は手放しで喜んだだろう姿が目に浮かぶ。
休日スマホは音鳴らさない、家電(※電話機)もインターホンもガン無視だからね。
その例外が紗羅や日向だからね。
「私には違いがわからないよ。箱が違ったり大きさが違うだけでしょう? 同じ機体3~4機あるよね? あと戦艦大和の大キャストモデルのパーツ組み立てていくのとか、他にも作られずに、もしくは作りさしだったりするのが箱積みされてたり……」
「作ってるよ。ちょっとずつだけど……」
目を逸らす。
「……その隈と疲れって、それを遅くまで作ってるからでしょ?」
「だって時間が足りないんだもん。今作らなきゃ人間何時死ぬかわからないんだよ?」
呆れたようにため息を吐く妹。
「ほど程にね」
紗羅はお皿を流しに持っていくと、そのままお休みっと自室に向かった。
行儀が悪いと解っているけど肘をついて、箸で鶏皮を弄り、詰まんで口に運ぶ。
「だって仕方がないじゃない? 古い頭の硬い人には忙しくしているとポーズをアピールしなきゃいけないんだからさ……」
今の時代、在宅勤務も出来るし、錬金術だってある。
「それが理解出来ないからなぁ……父方の祖父母は……」
コネ入社など御免だ。人間関係が余計に面倒くさいし、お見合いを奨めてくる祖母や叔母もうざい。
大切な人と交流が続けられて、この邸ごと異世界転移出来たら良いのに。
――そんな上手い話があるわけないんだけどさぁ。
活動の拠点となる家は大切だ。
――良くないけど、洗い物明日でいいか……。
リビングのソファーに座り、手の届く所においてあった袋を取り出す。
電気店で買ったプラモデル。町の模型店って見ないよね。家電を新調するよりプラモデルを頻繁に電気店に買いに行く。取り寄せもして貰った。電気店なのに、そっち方面では数ヶ月に一度録画用のBDを買うだけ。
――それもやっぱりプラモデルを買うついでだしね。
今日からは墨入れだ。
こうして夜は更けていく。