表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ある殺人鬼の告白

作者: 光が丘 新

scene1「殺し、喰らうということ」


 今日も僕は殺した。今もハッキリと僕の手に残るのは、命が少しづつ消えていく()()感覚だ。


 僕が殺したのは今日が初めてじゃない。これまでも、何度も、何度も、殺し続けてきた。心が痛まないかだって? なら聞くが、お前は殺さずに何をどう得てきたというのだ? この世に生きる者はすべて、他の生きる者を殺すことでしか自分が生きていくための「糧」を得られないことぐらい、お前だってよく知っているはずだ。


 午前3時、急に風が強くなってきた。冬の冷たい北風は僕の体力を奪っていく。さっき殺した獲物の血が舗道にしたたり落ちる。()()()()()()が、今はすぐ家に帰って一刻も早く食事を始めなければ、こっちの命が危なくなる。


 倉庫街の一角にある朽ちる寸前のビル。錆だらけになった金属製の扉を開け、暗く湿った地下への階段を下ると、10メートル四方くらいの空間が現れる。これが僕の自宅だ。獲物を床に無造作に放り投げ、返り血で汚れないように衣服のすべてを脱ぎ捨てると、僕は獲物にむしゃぶりついた。口の中に鉄の味が広がる。これが僕の生きる糧だ。


 僕はいわゆるバンパイア(化け物)である。獲物を狩り、その血肉を糧にしなければ僕は死ぬ。それも48時間に一度は獲物の血肉を口にしなければ僕は「死」を迎えるのだ。つまり、僕は死を迎えないために二日に一度は確実に()()()()()()()()()()のである。僕に心を痛めている暇などあるはずがない。今日、獲物の血肉をたらふく喰らった僕は、このまま明後日の夜まで眠る。僕にとっての(眠る時間)はとても長いのだ。


 目が覚めるたび、口の中が生臭い。殺すことには十分に慣れたが、起きる度に感じる口の生臭さにはどうしても慣れない。昔観たバンパイア映画で、バンパイアが目覚めると必ず林檎をかじるというシーンがあったが、僕も目覚めると口の中をさっぱりさせるために必ず林檎をかじる。あの映画を撮った監督もバンパイアかもしれない。


 自宅を出ると、舗道にはうっすらと雪が積もっていた。気温が低い日は急いで獲物探しをしなければ体力がもたない。今日もいつもの狩り場へ足早に向かう。僕の狩り場は自宅近くの動物園だ。バンパイアにとって必要な血肉は、別に人間である必要はない。一定量の血肉を得られるなら人間でも動物でも構わないのだ。ならば動物の肉を買えばいいだろうだって? それで済むならとっくにそうしている。お前ら人間は死肉を好んで食べているが、バンパイアは死肉を食べない。バンパイアが死肉を食べない理由は、お前ら人間が自分で狩りをせず、生きた肉を食べない理由と同じだ。


 僕の好みは小型の草食動物だ。鳥類も美味いが、たくさん捕まえなくてはならないので面倒くさい。前に一度、肉食動物も試したが、とても獣臭くて食える代物ではなかった。もちろん人間もたくさん狩ったし、たくさん喰らった。人間は()()()()()()()が、現代の日本で人間を安定して狩るのは難しく、効率が悪い。その点、動物園なら安定した狩りが可能だ。動物が定期的にいなくなると、さすがに動物園の警備も厳しくなるが、日本には150か所以上の動物園があるから、狩りが難しくなればまた別の動物園の近くに自宅を移せばいい。


 いつもどおり、入口の高いフェンスを飛び越え動物園の中へ入る。僕は真夜中の動物園がとても好きだ。広い空間、夜の静寂、夜行性動物たちの賑やかさ、そのすべてが僕の「狩る本能」を強く刺激する。


 園内を歩いていると小型のシカが展示されているオリを見つけた。シカは昼行性のはずだが、一頭だけオリの中をうろついていた。「今日はこいつにしよう」僕は5メートルほどの鉄柵を飛び越え、シカのオリに入った。僕の姿を見たシカはすでにパニック状態である。逃げ惑うシカに手をかけようとした瞬間、眩い閃光と大きな異音が響き渡った。僕はすぐに理解した。この動物園で狩りをするのは3回目だが、今回はいつもより園の対応が早かったようだ。「待ち伏せか…」


 「動くな! もう逃げられないぞ!」拡声器から聞こえる声はおそらく警察のものだろう。暗闇のなか、僕を待ち伏せしていた警官たちから向けられたライトが僕の全身を照らし出す。まったく、冗談じゃない。僕は、あと2時間以内に獲物を仕留め、その血肉を口にしないとこの世界から消滅してしまうのだ。こんなところで警察と()()()()いられない。


 僕は思いきり唸り声を上げた。もちろん警察を威嚇するためだ。僕の咆哮は動物園中に響き渡り、その声に驚いた動物たちがあちらこちらで悲鳴のような鳴き声を上げている。僕を包囲している警察も、たじろいでいるのが手に取るように分かった。


 僕は鉄柵を飛び越え、目にも止まらぬスピードで闇の中に逃げ込んだ。


 動物園から逃げ出した僕は、夜の街を彷徨していた。タイムリミットはあと1時間。時刻は午前3時ちょうどだった。そのとき、点滅する街灯の下、段ボールにくるまり道端で眠る人間を見つけた。辺りを見回し、人の気配がないことを確認する。僕はその人間に近づき声をかけた。


 「今日、お前は僕の糧になる。心から感謝する」


 寝ぼけた顔で、不思議そうに僕を見る人間。次の瞬間、僕はその人間の喉笛を噛み切った。



scene2「怪物の飢えと回顧」


 今日の獲物を自宅に持ち帰り、十分に食した後、僕は考え込んだ。獲物を狩り、血肉を喰らい、眠り、目覚めるとまた獲物を狩る。それを続けなければこの命が保てない。「なぜこんなことになってしまったのだろう」


 僕が生まれたのは1833年。子どもの頃の記憶に唯一深く刻まれているのは、ずっと「飢え」を感じていたということだ。子どもの頃、常に何かを食べたかった。それはつまり、ずっと飢えていたということだ。そういう時代だった、などというのは「傍観者」の台詞だ。周りの人間が飢えて死んでいくのを目の当たりにすれば、時代のせいなどと知ったような口を聞けないだろう。


 食糧だけではなく、人格や感情さえも奪ったり奪われたりしながら、なんとか生き延びてきた僕たち家族だったが、6歳の冬、いよいよ行き詰ってしまった。食糧は尽き果て、牛や馬も、草も木も、助けてくれる人間も、何もなくなったその時、まず母親が亡くなった。そのあと、父親が亡くなり、兄弟たちも次々と動かなくなっていった。皮と骨だけの亡骸となった両親と兄弟たちを見て、悲しいという感情よりも「次は僕がああなるんだ」という恐怖と絶望を強く感じた。何か食べなければ、死がすぐそこまで近づいている。 


 這うようにして外に出て、朦朧としながらも食べ物を探し続けていた僕が見つけたのは、やはり飢えて動けなくなった山犬だった。山犬に近づき手を近づけると、その山犬は動けないなりにも牙をむき、僕を威嚇した。僕は、両手で山犬の首を力いっぱい絞めた。抵抗する体力の残っていなかった山犬は僕の手の中でゆっくりと死んでいった。僕はその山犬を自宅に持ち帰り、むしゃぶり食べた。そして、僕の生きる糧になってくれた山犬に心から感謝した。


 次の日の朝、僕の身体に不思議なことが起こった。身体は一回り大きくなり、筋肉は隆々と盛り上がっていた。その日以降、僕は怪我をしても痛みはなく、傷もすぐに治った。身体だけではなく、気力も充実していた。心身ともに力が漲っていた。


 僕の身体の変化が「異常なもの」であることはすぐに理解できた。それまでは三日くらいは食事にありつけなくても我慢していられた。正確にいうなら我慢するしかなかったのだが、今は二日間何も食べなければ耐え難い空腹感に襲われる。それは、これまで感じたことがない()()()()()だ。その日から僕は飢えを満たすために人間を襲った。世の中すべてが飢餓状態のとき、自然界の動物は極端に少なくなる。そのとき、最も身近で、最も数が多い命はたまたま人間だったのだ。


 飢えを満たすと、僕の身体はますます大きくなり、年も取らず、気力も増していった。ただ、だんだんと昼間の明るい時間が苦手になり、睡眠時間が44時間になった。44時間眠り、4時間で狩りをして血肉喰らい、また眠る。すでに僕はもう人間が食糧にしか見えなくなっていた。このとき僕は、自分が怪物になったことを自覚した。



scene3「ある警察官の証言」


 怪物は小学生くらいに見えました。しかし、その両眼は真っ赤に染まり、唸り声はまるで大型の肉食獣のようでした。衣服は身に着けていたので、人ごみに紛れ込めばただの少年に見えるでしょう。でも、あの怪物と対峙した者なら誰でも分かるはずです。あれは、決して人間とは相容れない、どんな言葉でも言い表すことができない異端の存在です。


 怪物と対峙した時、私は自らの死を覚悟しました。恐怖よりも、諦念と絶望に満ちた感覚です。あれこそ、まるで()()()される前の家畜のような心境なのかも知れません。正直、あの怪物が目の前から消えてくれたとき、心から安堵しました。


 怪物の情報はずっと昔から断続的にもたらされています。数十年前から全国で定期的に動物園から動物がいなくなる事件が起こっていました。始めは、イタズラや金目的の略取、他の動物の仕業など、さまざまな憶測が飛びましたが、ある動物園の防犯カメラが怪物の姿を捉えたことで事態は一変しました。そこに映っていた怪物は、信じられないスピードで走り、飛び、動物を捕らえています。まるで信じがたい映像でしたが、他の動物園の防犯カメラにも同じ怪物の姿が映し出されていたことから、怪物の存在が証明されました。 


 私もその映像を確認しましたが、そこ映っていたのは間違いなく私が対峙した、あのまるで少年のような姿をした怪物でした。でも、その怪物の映像が撮られたのは、今から30年前なのです。つまり、私が対峙したあの怪物は、30年前と全く同じ姿だったのです。


 警察内部でもさまざまな意見があります。「そもそも怪物などいない。あれは特殊な身体能力を持つ人間だ」という意見がほとんどですが、それは、あの怪物と対峙すれば誤った認識だと分かります。いや、対峙しなければ誰も怪物の存在など信じないでしょう。あなたは、自分の命を諦めさせられるような「存在」に出会ったことがありますか? 私はもう二度と、あのような思いをしたくはありません。



scene4「この世の終わり」


 目が覚めると、またあの生臭さを口中に感じた。いつものことながら僕はこの起きた瞬間が嫌いだ。生臭さから始まり、急いで狩りをし、血肉を味わい、そしてまた眠りにつくというたった4時間だけの僕の一日。僕はそんな一日が始まるこの瞬間が本当に嫌だった。でも仕方がない。この毎日を繰り返さなければ、僕は死ぬ。


 僕は林檎をかじりながら、今日からどこへ狩りに行こうか悩んでいた。あの動物園には、また警察が潜んでいるに違いない。あの動物園を狩り場にできない以上、また別の動物園の近くに引越しをしなければならないが、冬の引越しは苦手だ。僕は寒いとすべての身体能力がグンと落ちる。さらには危機察知能力も落ちるので僕にとって冬の引越しはとても危険なのだ。


 冬の間の引越しを諦めた僕は、近くにたくさんいる人間を狩ることにした。まずは街を歩き、人の目が届かない狩り場を探す。夜の街には人の目が届かない場所が少なくない。ビルとビルの隙間、まるで森のような広い公園、照明の無い駐車場、その他にもたくさんの狩り場候補がある。


 問題は、その狩り場に人間を誘い込む方法だ。僕には狩りをする時間が限られているので、待ち伏せしているだけでは確実に狩りが出来る保証はない。だから僕はこの時代に人間を狩る場合は、必ず狩り場に人間を誘い込んでから狩りを行っている。人間は単純だから、狩り場の近くでうろうろしている僕を見ると、わざわざ人間側から声をかけてくれる。そこで僕が「助けて」とか、「困っている」などど言うと、まるで自ら火に飛び込む蛾のように、狩られる者自ら狩り場までやってきてくれるのだ。


 僕は今日の狩り場に、木が鬱蒼とした森のような公園を選んだ。ここなら自宅にも近いし、人の目も全く気にならない。それに運が良ければ、公園を根城にしている人間を見つけることが出来るかもしれない。


 真っ暗な公園の入口。公園の中は所々薄暗い外灯に照らされている。しかし、公園の大部分には暗闇が広がっていた。ここを根城にしている人間以外、真夜中に()()()()()()この公園を訪れる者はいないだろう。僕はまず、ここを根城にしている人間を探すことにした。


 真夜中の公園には、静寂に包まれた暗闇には時折風に揺られ擦れ合う木々の音が響く。何より面白いのは、公園に残っている昼間の()()たちだ。ベンチの下にはタバコの吸い殻や空き缶が散乱し、芝生の上には人間の子どもが遊んでいたプラスチックの玩具が放置されている。昼間の残骸を見ながら、僕は昼間の情景を思い浮かべる。昼間の空は青く、どこまでも高い。太陽の光は公園で遊ぶ親子やベンチでくつろぐ人たちを優しく温め続けてくれている。僕はもう二度と昼間の明るさや温かさを体感できない。そんな僕に夜の公園はひとときだけだが昼間の愉しさを空想させてくれる。


 公園の中心近くには屋根付きの水飲み場がある。その奥にはいくつかのベンチが並んでいて、もし人間がいるなら()()だろうと僕は踏んでいた。暗闇のなか、目と耳を凝らして人間の気配を探る。


 「居た…」


 いくつか並べられたベンチの一番端、その上に段ボールと新聞紙に包まれた男が眠っていた。僕はそっとその男に近づく。やはり人間は危機回避能力がとても低いようだ。手が届くところまで近づいても一向に起き出す気配もない。僕は男がくるまっている段ボールと新聞紙を引き剥がした。突然の出来事に驚き飛び起きた男は、僕を見て目を丸くしている。男は口をモゴモゴしていたが何を言っているかは分からなかった。僕は男に告げた。


「お前は僕の糧になる。心から感謝する」


すると男はけたけたと笑い始めた。僕が男の喉を食いちぎると、男は自分の身に何が起こったのか気付かずに、口をパクパクさせながら絶命した。思いのほか簡単に狩りを終えた僕は、「しばらくこの公園を狩り場にしよう」と決めた。


 獲物を素早く自宅に運び、今日も無事に食事を終えた僕はすぐに眠りについた。その夜、とても久しぶりに夢を見た。ずっと昔の夢だ。僕ら兄弟は母に連れられ細い道を歩いている。とても心が弾み、みんな笑顔だ。どこに何をしに向かっていたかは覚えていない。ただあの時、飢えてはいたが、とても楽しかったという記憶だけが鮮明に残っている。次に目覚めたらあの時に戻っていたい、そう願ったが、翌々日目覚めたとき、僕の口中にはあの忌まわしい生臭さだけが残っていた。


 人間ではない僕が使ってもいい言葉ではないかもしれないが、この「人生」もそろそろ潮時なのだろう。僕はもう、十分に生きた。いや、本当に僕は生きたといえるのだろうか。ただ殺し、ただ喰らい、ただ眠り、また殺す。この悪夢のようなリフレインは僕に「生」をもたらしたが、それ以外のすべてを奪ってしまった。


 僕はもう狩りに行くのをやめることにした。もちろん、この空腹に僕の精神が耐えられたならの話だが。



scene5「犠牲者の追憶」


 俺があの公園で寝泊まりするようになったのは、4~5年くらい前かなあ。あそこは水もあるし、夜になれば人は誰も入ってこない。俺たちみたいに公園を寝床にしてる奴らにはもってこいの場所だよ。あそこは夜になると()()()()()()悪さするガキどももやって来ねえから安心して眠れるんだ。だからさ、アイツの姿を見たときはびっくりしたよ。アイツは何なんだ? いきなり現れて、いきなり襲ってきやがった。それにしてもあの目は怖えよなあ、俺も血気盛んな若い頃はいろんな奴とやりあったけど、あんな怖え目をした奴に会ったのは初めてだよ。俺はビビり過ぎて思わず笑っちまったよ。アイツは多分人間じゃあねえんだろ? あんなのが本当にこの世にいるんだなあ。


ところで、俺は死んだのかい? だったら、もういいだろう? 俺は休みたいんだ。もうこの人生にはこりごりなんだよ…。


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ