旅立ち
「・・・な、なんだこれ!?」
荷物をまとめてとりあえず遺跡に戻ったアレンたち。
だが、入った瞬間に飛び込んできた目の前の光景に、声を上げる。
どういうわけか、遺跡の中央に立っていたカオスの石像が砕け散っていたのだ。
「石像が・・・何で・・・」
「〈継承者〉が現れたからだ」
石像を見上げながらクゥが呟く。
「〈継承者〉・・・?」
確かネオが、アレンのことをそんな風に呼んでいた気がする。
すると、クゥは真剣な眼差しでこちらに顔を向けてくる。
「お前のことだよ。お前のように聖核を躰に持った人間を、総称して〈継承者〉と呼ぶ」
「・・・どういうことだよ?ていうか、何が何だか・・・」
「・・・そうだな。まずは、俺が知っていることを話すとするか」
クゥは空中に浮かびながら腕を組む。
「―――〈始祖の聖典〉に書かれてあるように、〈聖魔大戦〉で勝利した〈ユグドラシル〉や〈イヴ〉と〈古代の十二闘士〉、そして俺たち星天精霊は、それぞれ戦争の後に眠りに就いた。でも、〈始祖の聖典〉には書かれていないあることを、十二闘士たちは眠りに就く前に行ったんだ」
「あること?」
アレンの言葉に、クゥは無言で頷き、そのまま続ける。
「―――十二闘士たちは、一つの術を己にかけたんだ」
「術?」
「ああ。・・・それは、〝この世界に再び災厄が訪れる時、自分たちの力を自分たちが認めた人間に託し、共に戦えるようにすること″だ」
その言葉に、アレンは目を見開いた。
その瞬間、頭の中で全て結びついた。
「それって・・・」
「ああ。つまりお前は、カオスが認め、その力を継ぐ者―――カオスの〈継承者〉だ」
クゥの言葉に、右手に埋め込まれた聖核を見つめる。
確かに先程、アレンはカオスの魔装を振るった。
〈継承者〉―――十二闘士に選ばれ、その力を振るう者。
改めて考えると、何だが身震いしてきてしまう。
「でも、カオスは何で俺を・・・それ以前に、なんで十二闘士は人間に力を貸すだなんて決めたんだ?
また十二闘士たちが戦う方が効率もいいのに・・・」
アレンの疑問は最もだった。はっきり言って、やり方が回りくどい。
それに、わざわざ〈継承者〉を決めること自体がよく分からない。
すると、クゥは遠い瞳をしながら、静かに口を開いた。
「・・・十二闘士の真意はよく分からねぇ。でも、よく言ってたよ。
世界を救えるのは、〈世界樹〉や〈二大天使〉、精霊や自分たちでもない。
世界を救えるのは、多くの感情を持つ人間だと・・・」
「人間が・・・?」
「俺にもよく分からねぇよ。対して力を持っていないし、歴史を見ても、戦争や争いを引き起こしているのは人間だ。でも・・・あいつらは言っていた。自分たちは、見守るもの。
本当に世界を変えていくのは、人間たちだ、ってな」
「そう、なのか・・・」
人間が世界を救う―――本当にそんなことだ出来るのだろうか。
けれど、十二闘士たちは、確かに何かを感じて、人間たちに託したのかもしれない。
「んで、十二闘士たちと共に戦った俺たち星天精霊は、その〈継承者〉たちを見守る、〈導く者〉として選ばれた。だからこの遺跡で眠ってたんだよ」
身体を軽く曲げながら、クゥは言った。
「俺たちは〈継承者〉によって眠りから覚める。お前が俺を目覚めさせたんだよ」
「でも、お前を目覚めさせた時はまだ・・・」
「確かにそうだが、その後すぐに〈継承者〉になったんだ。聖核こそなかったが、お前はカオスに認められていたんだ。あと、石像が壊れたのは、あの中に聖核が眠っていたからだ。ちなみにもう一人の精霊・レンは、闇の闘士・ヤヌスの遺跡で眠っている」
そこで言葉を切ると、クゥは険しい表情を浮かべた。
「だが、本題はこれからだ。・・・さっきのネオって奴が持っていた石・・・。
―――あれは間違いなく、砕け散った〈アダム〉だ」
その言葉に、アレンは息を呑んだ。
〈二大天使〉と呼ばれし、〈知恵〉を司る〈アダム〉。
聖なるものと伝えられてきた存在が、あんな組織に手を貸していると思うと、訳が分からなくなった。
「何でアダムが・・・というか、何であんな禍々しい感じになってたんだ?アダムって聖なる石なんだろ?そもそも〈聖魔大戦〉で死んだって・・・」
「俺もそう思っていた。・・・しかも、アダムは〈魔〉を退ける強大な〈聖〉の力を持つ者・・・。それなのに何で・・・」
「もしかして、〈死を呼ぶ闇〉に貫かれたせいで、悪い奴になっちまった・・・とか?」
「・・・考えられなくもない。生きていたしても、欠片になっちまったせいで、一つ一つのアダムの力は弱まっていたはずだしな」
クゥの言葉にアレンは腕を組む。
だとすると、欠片となって弱まった〈アダム〉は、人間を利用しているのだろうか。
「アダムは人間の力を借りて、元に戻ろうとしているのか?」
「その可能性は高いな。他にも、いろいろと分からないことだらけだが・・・。それを考えたところで、仕方がない。仮説を立てるにしても材料が足りないし。とにかく、今はあの穢れたアダムをなんとかしねーと」
「だよな・・・壊せばいいのか?ズバーンと」
考えもなしにそう言うと、クゥはものすごい勢いでまくしたて始めた。
「お前、アダムをそんなに簡単に殺せるとでも思っているのか!?それにそんなことしでかしたら、絶対にバチ当たるぞ!」
「そ、そうか・・・悪い」
かなり罰当たりなこと言ったようだったので、アレンは素直に謝った。
そもそも欠片となっても生きているのだから、壊したとしても更に細かい破片になるだけだとクゥは言った。
「でも、じゃあどうすればいいんだ?」
「・・・とりあえず、〈アダムの欠片〉を全て集めるんだ」
「集めてどうするんだよ?」
「決まってんだろ。俺たちの手で元の姿に戻す」
「も、戻す!?」
クゥの言葉に耳を疑う。
あの禍々しい状態の〈アダム〉を元に戻したら・・・何をしでかすか分からない。
それこそ、世界を滅ぼしてしまうかもしれない。
「そう慌てるな。確かに今のアダムをただ戻せば、大変なことになる。
だからこそ、それと同時に他にやらなくちゃいけないことがある」
「やらなくちゃいけないこと?」
「穢れたアダムを完全に元に戻すためには、まずアダムを元の形に戻す。だが俺やお前たち〈継承者〉では、あの穢れを多少は祓えても、完全には祓えない。
でも、あの穢れを完全に祓うことが出来る人がいる」
頭をフル回転させて考える。しばらくすると、アレンは一つの答えに辿り着いた。
「それって・・・」
「そう―――〈生命〉を司る〈イヴ〉・・・あの人しかいない」
「イヴ・・・」
二大天使の一人であり、〈アダム〉と対の存在である〈イヴ〉。
〈イヴ〉のことを知っているクゥが言い切ったのだ。恐らく、〈イヴ〉ならあの穢れを完全に祓えるのだろう。
「けどその前に、他の〈継承者〉を探さなきゃな」
「他の〈継承者〉?」
「アダムを集めるということは、あの〈黒き薔薇の剣〉を相手にしなきゃならない。
人数は多い方がいいに決まっている」
奴らが何のために、そんなことをしようとしているのか分からない。
だが、あんな理不尽なことを平然とやるような奴らを、許すわけにはいかなかった。
アレンは先程の事を思い出し、拳を強く握った。
「・・・〈黒き薔薇の剣〉は放っておけない。村をあんな風にされたからだけじゃない。
たくさん人を苦しめていることも・・・だから、このままにしてはおけない」
「ああ・・・。恐らく〈継承者〉が現れたのも、アイツらのせいかもしれないしな」
「・・・世界のためになんて、デカいことを言うつもりはない。
だけど、せめて・・・せめて、目の前で苦しんでいる人のために、俺は戦う!」
覚悟を決めた瞳を見て、クゥはフッと笑みを零した。
「その意気だ。それに、お前にはあともう一つやることがあるしな」
「まだあるのか?」
「お前の父ちゃんのことだ」
「え?」
クゥはそう言うと、空中でくるっと一回転した。
「お前の父ちゃんは、何か明確な目的があって旅をしていたはずだ。
そしてそれはたぶん・・・〈黒き薔薇の剣〉が深く関わっているはずだ」
「それは―――」
「気になるだろ?お前の父ちゃんが、必死になってやろうとしていたこと―――」
「・・・ああ」
「なら、一緒に探そうぜ。
ていうか、息子に隠し事している方が悪いんだからな。何をしようとしていたのか探すくらい別にいいだろ」
「クゥ・・・」
アレンはしばらく考えると、静かに頷いた。
「俺も知りたい・・・父さんが何をしようとしていたのか」
「んじゃ、決まりだな」
「ああ!」
―――こうして、アレンとクゥのやるべきことが決まった。
一つの目は〈継承者〉を探し、〈黒き薔薇の剣〉を倒して〈アダム〉を集めること。
二つの目はどこかに眠っている〈イヴ〉を見つけること。
そして三つ目は・・・ランディが何をしていたのかを探すこと。
「これからよろしくな、クゥ!」
「おぅ!」
二人はそう言うと、元気よくハイタッチを交わした。
そんなアレンの腰には、父から譲り受けた二本の短剣が。
そして首には、母のペンダントが下げられていた。
―――旅立つ前に、アレンたちは再び村に戻った。
この想いを、一生忘れないために。
己の気持ちに、区切りをつけるために。
そして今もなお、傷ついている人々を救うために。
アレンと、クゥ、一人の少年と精霊は静かにその場を後にした。
✤
――――カオスの遺跡と離れた森のある場所に、精霊たちが集まった。
そこにあるのは、二つの小さな墓標―――。
それは、母・ミレイアと父・ランディの墓標だった。
精霊たちは、それを慈しむかのように墓の傍を漂っていた―――。